第26話 覚醒

 小さい頃は力も身体も弱くて足も遅かった。同年代の友達には『能無しノロマ』と、よくバカにされていた。


『ミューってこんなこともできないんだ』

『ミューってホント運動できないよね』

『足も遅いし、ジャンプ力もないし』

『ミューって何が得意なの?』


 子供は悪意がなくて正直だ。相手の気持ちなど考えもせず、ズバズバと真実を口にしてしまう。


『うるさいぞ! ミューをバカにすんな!』


 そういう時、必ずと言っていいほどリムが現れた。リムは心無いことを言う友達に言い返してくれた。自分と違い、リムは当時から頭も良くて運動もできて。周りに比べ、一歩レベルが高い存在と言っても過言ではなかった。


『心配すんな、あんなヤツらの言うことなんか気にしなくていいんだ。俺がいつでも守ってやるから』


 リムはいつもそばにいた。幼少、小学生、中学生。自分も成長と共に少しは体力がつき、足の速さも平均的になり、いじめられることはなくなったけど、それでもずっとそばにいてくれた。


『高校も、もちろんお前と同じ場所に行くからな。親にはもっとレベルの高いとこに行けなんて言われたけど、お前のいるとこじゃないとイヤだ。つまんないもん』


『でもリムは頭がいいんだし。もっと上を目指してもいいんじゃないの? 僕みたいな普通の人間といても何もいいことないじゃない』


 謙遜してそう言った時、リムはムッとした顔をした。


『普通ってなんだよ。頭がちょっといいと普通じゃないのか。頭が悪いヤツは普通じゃないのか。普通じゃないとダメなのか?』


 そういうわけじゃない、と言おうと思ったが。うまく言葉が出てこなかった。そんな様子を見かね、さらに文句を言われるかと思ったが。

 リムは呆れたようにフッと小さく笑っただけだった。


『……全く、ミューはいつもそうやって自分が何もできないみたいに言ってるけどさ。頭が悪かろうと良かろうと、この地上に生かされてるんだから別に悪いもんじゃないだろ。それにお前、普通がイヤだって言ってるけど。普通って一番難しいんじゃないの。だって悪くもないし、良くもないだろうけど、ちょうどいいくらいを保ってるってことだろ、それでいいじゃん、何が悪いの』


 リムは何があっても自分の味方だった。自分を守ってくれようとした。だからこそ、その優しさが仇となり、こんな結果になってしまった。みんなに恐怖を与える存在の復活に加担するという残念な結果に。


 ベリーとセラのおかげで洞窟を脱し、気づけば神社の前に移動していた。洞窟を潜ってだいぶ時間が経っていたのか、空はすでに日が沈み、暗くなりかけていた。


(どうしよう、とりあえずこれからどうしたらいいんだろう……いや今はリムのことだ)


 見上げていた視線を神社の境内に戻すと――リムは地面に手をつき、泣き崩れていた。

 タナトスを復活させたこと、ここにきて自分の命を守ってくれた大事なパートナーを犠牲にしてしまったこと……その責任を感じているのだろう。


「リム……」


 ミューはリムに近づき、膝を折って彼の肩に手を置いた。何を言ったらいいか、言葉は見つからない。せっかくスピカと和解できたというのに悲しい結末だ。それでも落ち込んでいる時間はない。 


「……リム、タナトスをなんとかしよう。このままにして、おけないでしょ。何か方法を考えよう。もう一度魔界の門の向こうに帰す方法を――」


「誰を魔界の門の向こうに帰すって?」


 不意に聞こえた声に、その場にいた全員が息を飲んだ。


(くっ、こんな早く出てきちゃうのか……)


 ミューは声のした頭上を見上げた。

 信じられない、いや信じたくなかったというべきか。空を飛んでいるのは……一枚一枚の黒い羽根を光らせ、黒い翼を広げているのは。まぎれもない、あの死神だった。


「なんの力もない天魔だけでボクを止められるとは思ってないよねぇ……さて、ボクのご主人様、食事の時間だよ。魂ごと全ていただくからね!」


 タナトスが勢い良く滑空し、リムに狙いを定めていた。


(リムが、喰われるっ!)


 その事実を察した途端、頭がズキンと痛み、身体が熱くなった。こうするのだ、と誰かに教わったわけじゃないが、身体が“こうしろ”と勝手に動いた。自分の身体はタナトスに向かって腕を伸ばし、手を広げた。


 すると手の平が、火の塊に触れているように熱くなった。そうかと思えば目の前で火の塊が具現化された。


 赤く黒い火の玉……火がグネグネと生き物のように揺らめき、中心は黒く輝いている。

 なんだこれ、と思う前に。

 その塊をタナトスに向けて放っていた。そんな攻撃が来ると思っていたかったのだろう。

 タナトスは黒い翼に火の玉を受け、目を見開いた。


「な、なんだよこれ。君になんでこんな力がっ⁉」


 タナトスが怯んでいる隙に、ミューはもう一度タナトスに向かって火の玉を放った。

 今度は足に命中した。火が衣服を焼き、焦げたような肌色があらわになる。まだ復活して間もないから、それほど力もないのかもしれない。


 タナトスはくやしそうに「クソッ!」と焦げた煙を霧散させ、空の彼方へ飛んで行った。


 タナトスがいなくなった。リムもベリーもセラも無事だ。

 そのことに安堵した途端、


「良かった……」


 意識が遠退いた。

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