第24話 死神の再来

 セラが刺された、一体誰に?

 痛みに呻くセラを見て、吐く息が震えた。あのセラが倒れている……これは現実?


(セ、セラの、後ろに……)


 セラのすぐ後ろに誰かがいる。


(なんでっ⁉)


 そこには険しい表情で血のついたナイフを握りしめるリムがいた。

 リムは「ごめん」と細い声で呟くと、血のついたナイフを大魔法陣の中央に投げた。洞窟内にカランと軽い金属音が響く。ナイフは意思を持ったかのように、きれいに円陣の中央に転がっていた。


 すると円陣の唸り声のような音がひときわ大きくなり、金色の光が濃くなる。光は円陣を、中央に光る文字を浮かび上がらせ、洞窟内全てを映し出すまでに輝き出した。


「ヤバい、大魔法陣が動き出したぞ!」


 ベリーが叫ぶ中、間髪入れずにリムが動く。


「新たな魔物を今、ここに召喚する! 開け、魔界の門!」


 それは召喚者が魔物の召喚時に発する言葉。それを合図に魔法陣が本格的に動き出す。魔法陣は召喚者の持つ天地の力に左右され、魔界の門の向こうから召喚者に合う魔物を選んで連れてくるのだ――普通ならば。


「ミュー、気をつけろ! この大魔法陣は天魔の血を使って魔法陣自体がゆがんだ力を持っている。ゆがんだ力は悪意に満ちた魔物を呼び寄せるぞっ! あいつが、くるっ!」


 光の円陣が激しく輝き、風を巻き起こす。

 ベリーは大魔法陣の発動を抑えようと魔力の玉を放ったが大魔法陣は微動だにしなかった。


「発動が止まらねぇ、くそっ!」


 砂煙が渦を巻く。強い衝撃波を受けた岩壁がピキピキと音を立てる。光が眩しいぐらいに点滅し、円陣からあふれ出す。ヌメッとした嫌な空気を感じる。背筋がゾッとして、この場から逃げたくなるような恐怖心が芽生えてくる。

 発動した大魔法陣は、もう止められない。


「リム、なんてことをっ! たくさんの天魔を犠牲にして、こんなこと――」


「言っただろっ! 俺は力を手に入れるならなんでもするって! 俺はお前のことを――」


「嫌だよ! そんな力で僕は守られたくなんてない! やめてよ、リム!」


 リムは目を見開き、叫んだ。


「俺はもう、お前が喰われるところを見たくないんだよ!」


 大魔法陣の光が小さな球体となって激しく飛び散った。

 あまりのまぶしさにミューは目を閉じた。

 今、周囲では何が起きているのだろう。目を閉じた先は黒の世界だ、何も見えない。

 けれど周囲では何か起きている。何かが、肌を震わせる……何かが。

 目を閉じている間に辺りの風は止み、音がなくなり、周囲は一瞬にして静まりかえっていた。


 ゆっくり目を開く……あんなに激しくまばゆい光に満ちていた大魔法陣は光を徐々に消していき、ただの光らぬ円陣となった。風も空気も何事もなかったようにシンと、気持ち悪いぐらいに静かになる。


 暗闇でも見えるようになった視界でミューは辺りを見回す。ベリーも周囲を警戒している。地面にしゃがむセラも傷を押さえ、苦しげな呼吸で成り行きを見ている。


 何が起きたんだ。いや、ちょっと待って。その前に今のリムの言葉はなんだろう。


「……リム、何、今の言葉。僕が喰われた? 僕がいつ喰われたっていうの? だって僕はここにいるよ」


 リムは答えず、下げた拳を握りしめていた。手の甲にはよく見れば乾いた赤黒いシミがベットリとついている。それはセラのものか、それとも先程息絶えていた天魔のものか。

 リムは何を知っているのだ。


 リム、答えて、そう問いかけようとした時。どこからか足音が聞こえた。それはすぐそばに来ていた。暗がりから黒い物体がヌッと現れるように、その存在は現れた。


 視線を向けるとそこには何度も姿を現している、あの黒い衣服の青年がいた。青年が笑うと自信に満ちあふれたその表情に全身が震えた。


 この気配、どこかで感じたことがある。小さい頃だ。黒い魔物に会った、あの時だ。

 とうとう現れたのだ。


 ミューは息を飲んだ。青年の姿に重なるように全身が黒い毛で包まれ、黒い翼を生やした死の象徴でもある、あの魔物をぼんやりとだが見たような気がした。


「……やっと出られたぁ。魔界の門の向こうって地味な世界でさ、おいしい食べ物がないし、華やかなものはないし、退屈極まりないよ。その点こっちの世界には、おいしい食べ物がたくさんある。にぎやかで見てるのも楽しい。だからやめられないんだ」


 青年は自分の手を見つめ、ニヤけている。


「けれどこの身体じゃ、まだたいした力が出そうにない。せっかく魂が戻ったんだ。早くたくさんおいしいものを喰って元の身体を取り戻さないとね」


 青年のその姿は恐怖でしかない、けれどミューは声を振り絞った、君は誰なの、と。

 青年は目を細めて笑う。


「君とは何度も会っているけど本当のボクと会うの初めてだね。いや、初めてではない、昔会っている。けれど改めて自己紹介するよ。ボクはタナトス、天魔だよ。死神とも呼ばれるけど」


「ミュー!」


 慌てたベリーがこちらに駆け寄ろうとした。

 だがその行動はタナトスに阻止される。タナトスがミューに向かって手を広げたのだ。


「地魔、そこを動くな。いつでもこの人間を木っ端微塵にすることくらいできるんだよ。そうなったら君はまたパートナーを失うんだよね、嫌だよね、また“自ら死ぬ”のは」


 ベリーは舌打ちし、その場に留まる。

 ミューは怒りが沸々と腹の底から湧くのを感じながら深く息を吐いた。


「タナトス……昔、僕の両親を喰ったんだよね」


「よく覚えてるね。そう、あの場には君もいた。だから君と会うのは初めてじゃない、久しぶりというところだね。君のおかげでボクもこうしてなんとか生き長らえることができていたよ。君も良く無事だったね」


「どういうこと?」


「このボクに半分以上は喰われていたのに。その身体を」


「……喰われた?」


 何かで打ち抜かれたように、ミューの頭の中は真っ白になった。

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