第19話 天魔が行方不明
結局、あの黒い衣服の青年と会うことがないまま二日が過ぎていた。
この二日間で変わったことがある。
なんとベリーが漢字を書けるようになった。漢字の“一”しか書けなかったベリーだったが。
『ミュー! 聞いてくれよ! オレ、二と三を書けるようになったんだぞ!』
それはそれは嬉しそうに自慢していた。
ご褒美に、というほど自分は偉い人間ではないけれど。頑張った証にファーストフード店のハンバーガーを買っていったら、ベリーは両手を上げて喜んでくれた。
『次は四を書けるように頑張るからな!』
と、張り切っていた。そんな姿が勉強を頑張る小さな子を見ているみたいで、ほほえましかった。見た目は、いかついベリーの新発見だ。
だがそんなほんわかした一方、ちょっとした不安に襲われていた。
あの日、セラが“フラッ”と出て行ってから二日が経つのだが。未だにセラが帰ってきていないのだ。
ベリーは「あいつは何を考えてるかわかんないから心配すんなよ」と言って、大して深刻には思っていないが自分は心配だった。
「でも力を与えないとセラが野魔になっちゃうんでしょ」
「下級魔物だったら一日と持たないだろうけど。オレやセラはかなりの力が蓄えられているからな、最高でも一週間ぐらいは力はもらわなくても大丈夫なんだよ。でもその代わり、空っぽになりかけてたら満たす分の力をもらわなきゃいけないから、反動でお前が大変かもな」
要はダムみたいなもんだ、とベリーは笑うが。そんな恐ろしいことを言われ、背中がゾッとした。もしセラが力を枯渇した状態で帰ってきたら……失っている分、全ての力の補給を求めてきたら。
(……僕、魂まで喰い尽くされるんじゃないかな)
心配になったが。なったらなったで仕方がないかな、と。一応覚悟しておくことにした。死にはしないだろう、多分。
しかし本当に大丈夫だろうか。気にはなるので放課後にベリーを連れて探しに行ってみようかな。
そう思っていた矢先のこと。
どんな状況であれ学生としての本分は学業だ。今日も渋々それに勤しむために教室を訪れたのだが。教室に入るなり、クラスメイトの重たい会話が耳に飛び込んできた。
なんでも昨夜一晩で上級生の魔物が数体行方不明になったとか。
その話題に教室内がザワついている。
そして耳に飛び込んできた言葉には大きな衝撃を受けた。
「いなくなったの、全員上級天魔なんだって」
(……え?)
程なくしてホームルーム開始のチャイムが鳴り、トト先生が慌てて教室に入ってきた。
「失礼っ、ちょっとバタバタしてましてね」
ひとまず生徒が全員着席したのを見届けてから、トト先生は「おはようございます」と挨拶を述べた。
「さて皆さんも、もう耳に入っているかもしれませんが昨夜から不可解な事件が発生しています。これについては事件性があるのか。何が関係しているのかはまだよくわかっていません。今わかっているのは、いなくなっているのは上級天魔であることです」
今さっきの話は本当だったのだ。胸がグッと苦しくなった。
「今、先生方で調査を行い、警察にも話をしています。なので無用に騒ぎ立てるようなことはしないでくださいね。けれど注意はしてください。怪しい場所や怪しい人物には近寄らないこと。大事なパートナーを失うのは悲しいことですからね」
トト先生は話終わると、チラッとこちらを見た。その視線が意味することはもちろんわかる。いなくなっているのは上級天魔だ。このクラスで上級天魔がいるのは自分だけだ。
そして自分のパートナーである上級天魔は二日前から帰っていないのだ。
(セラ……)
嫌な予感。早とちりかもしれない。けど、そんな事件が発生しているならセラの身に何かがあったのかも、そう思うのが当然だろう。大事なパートナーなのだから。
『……ベリー、どうしよう。セラのこと、どうしよう』
頭の中でミューはつぶやく。
すると頭の中に響くようなベリーの声が返ってきた。
『心配すんなよ。何が起きてるかわかんねーけど、あいつはそこらの魔物に簡単にやられるようなヤツじゃねぇ。もしかしたらその天魔がいなくなってる事件のこと、調べてるのかもしれねぇぞ』
その言葉に少しだけ、気持ちが軽くなる。
『そう、だね……そうであってほしいよ』
とにかく放課後になったら探しに行ってみよう。
そう思っていると、トト先生の落ち着いた声が教室中に響いた。
「皆さん、こんな時ですから不要な外出は控えてくださいね。自分の身は自分で守るのも大切ですよ」
その言葉は自分を指しているような気がした。トト先生は結構、勘が鋭いから。
そんなトト先生の気づかいに(ごめんなさい)と心の中で思いつつ……放課後、ミューはベリーと共に学校の外へ出た。
学校内では事件が起こっていたが。外の世界は至って普通だった。天魔や地魔を連れた人々が買い物をしたり、道端で会話したり、 公園で遊ぶ我が子を魔物と共に見守っていたりと、いつも通りの日常が流れている。
「ベリー、セラの行きそうなところなんてわからないよね」
「わかんねぇなあ……お前の周りを離れてそんな遠くまで行くっていうことはねぇと思うけど」
「そっかぁ、うーん。コンビニとかショッピングモールとかにいるわけないもんね」
「オレだったらハンバーガー売ってるとこにいるけどな」
こんな時でもそんな冗談を言うベリーに「ハイハイ」と返し、ベリーと共に思いつく限りの場所を歩き回ってみた。
しかし何も手がかりはなく、時間だけが過ぎていく。
困った、本当に。セラは大丈夫なのか。
そんな気もそぞろになりながら、とある人気のない公園の前を通りかかった時だ。公園内の見覚えある姿にミューは足を止めた。
そこにはリムとスピカがいた。
リムは腕を振り払い、近づこうとするスピカに「近づくな」と威嚇していたのだ。
「お前も上級だったらよかったんだ! そしたら素材として使えたのにっ、ことごとく役に立たないヤツだな!」
リムは叫ぶとスピカから逃げるように公園の奥へと立ち去った。
そんなパートナーを、スピカは「リム!」と叫びながら、その背中を追っていった。
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