第20話 黒い青年、再び

 そんな二人の様子を見ていたら、スピカが不憫で切なくなった。リムがスピカを遠ざけているのは自分のせいなのだ。それがわかっている今はスピカに申し訳なく思う。


 リ厶はずっと一緒にいてくれた。だから自分は両親がいない寂しさもなく、こうして過ごすことができた。なのに今のリムはどんな言葉も聞いてくれない。過去にあった何かがリムを縛っているようだ。


 けれど過去は過去。何があったにしても自分を犠牲にしないでほしいし、何も罪のないスピカを雑に扱わないでほしい。リムはどうしたら自分の声を聞いてくれるだろう。また学校終わりに喫茶店でグダグダしたり、授業面倒だねとか、そんな話がしたい……。


「……ミュー、あのさ。魔物がこの世にいなければって思ったことはねぇか?」


 不意に隣に立つベリーからの重い質問に、ハッと彼を見上げる。

 先程までの明るさはなくなり、ベリーは眉を歪ませて悲しそうな顔をしていた。


「だって魔物がいなかったら、ミューも親を失うことがなかった。今も楽しく家族で過ごすことができて、あの幼なじみとも仲違いせずに過ごせたかもしれねぇのに」


「そんなこと――」


 否定しようとしたが。ベリーは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。


「気を使うなよ、だって本当のことだろ。魔界の門が開かなきゃ、オレらがこの世界に入り込むことはなかった。もし魔界の門が閉じられるってなったら魔物なんか全部向こうに送り返して、人間だけの平和な世界をつないでいきたいとか。そしたら力を与えることもなく――」


「そんなことないよ!」


 声に力が入る。そんなこと考えてもいなかったから。

 ミューはベリーの手を握りしめた。


「確かに僕の両親は魔物に殺されたよ。でもだからって魔物全部が悪いわけじゃない。ベリーやセラみたいに楽しくて優しい魔物だってたくさんいるんだ!」


 今じゃ二人はとても大切な存在。それを伝えたくて握る手に力を込める。


「魔物だって、この世界に生まれてきたんだ。みんな共存するのは当たり前だよ。けれど僕達は弱い。助けてもらわなければ生きていけない。それでも、もし自分に生きる力が備わったとしても。魔界の門を閉じたいとか、そんなことは思わない」


 魔物全てが消えてしまったら、人間だけじゃ、きっと寂しい世界だ。


「ベリーとセラのこと、僕は大切だ。まだ出会って日は浅いけど、二人のこと、僕はとても大切だよ。これからもずっと一緒にいたいよ!」


 思いをベリーにぶつける。本当の本当にそう思っている。二人のことがもっと知りたい、二人ともっと仲良くなりたい。なんならキスだってもっとしてもいい。それぐらいに二人が好きになっている。


「……なんだかなぁ、結構情熱的だな、お前」


 ベリーは優しい表情で笑い、つないだ手を握り返してくれた。あたたかくて大きな手。力強くて胸が高鳴る。


「オレも知り合ったのがお前みたいな優しい人間ばかりだからな……だから人間のこと、全然憎いとは思わねぇ、お前のことも……ホント、人間って優しいヤツが多いよな。大丈夫だ。オレもお前を守るからな。ずっと前から、それは決めてたんだ」


 ずっと前から?

 その言葉の意味がとても気になった。ずっと前からって、ベリーと出会ったのはまだ数日前なのに。


 その言葉の意味を問おうとした時、背後に何かの気配を感じ、ベリーと共に振り返った。

 そこには見慣れないが――一度見たら忘れられないほどのインパクトがある、全身が黒い衣服の、あの青年がいた。


 青年は、にこやかに手を上げて「こんにちは」と言った。ベリーが自分を庇うように腕を広げる様子に一触即発の緊張感が走った。


「てめぇ、数日前にミューの前に現れた黒いわけのわかんねぇヤツだな」


「そんなにかまえないでよ。ボクは何もできないんだから、そんなに怖がる必要はないよ」


 青年はベリーの威圧にも全く動じず、鋭い視線も気にしないとばかりに飄々としていた。


「ところで君達さぁ、大魔法陣って知ってる? 人間が魔物を召喚する時に使う魔法陣と同じなんだけど、なんせ大がつくからね。ものすごく強大な力が働く魔法陣なんだ」


「……何を言ってるの」


 まるで軽い噂話でもするように語り出す青年に、ミューは不信感をあらわに見つめる。


「ほら、あれだよ。力が弱い人間だと力の強い魔物は召喚できないでしょ。けれどその大魔法陣があれば力の弱い召喚者でも強い魔物を召喚できるんだ。その代わり満たさなきゃならない条件はあるんだけど……それができたらすごくいいよね? 力の強い魔物をパートナーにできるんだから誰にも負けなくなるよ」


「力の強い、魔物……」


 嫌な予感がした。もしこの話をリムにしたら、どう思うだろう。リムは二日前の夜に誰かと寮の外で話していた。

 だから……もしかしてと思う。


「その話、リムに――銀色の髪をした男子に言わなかった……⁉」


 追求したが。青年は口元に手を当て、とぼけるように首をかしげた。


「どうだったかなー、ボク、あんまり記憶力ないから覚えてないや。あっ、でも君達が探している人物なら知ってるよ。緑色の髪がかっこいい天魔」


「てめぇっ、いい加減にしろよっ」


 イラ立ったベリーが拳を握りしめた。


「さっきから聞いてりゃ、何を企んでやがる! とりあえずその天魔はどこにいる!」


「そんなすごんでばかりいないでよ。だから地魔は低能だって言われるんだ。もっと知能を増やすべきだよね、天魔みたいに自分の同族を喰って力を上げれば効率がいいのにね。でも地魔って群れるっていうか仲間意識が高いから、やらないんだよね」


 恐ろしい言葉を聞いた気がして、ミューは足を一歩後ろに退く。頭から血の気が引く。


「何それ、冗談でしょ……」


 今の言葉の意味するものは。

 青年はずっと愉快そうに笑っている。


「だって魔物って相手を喰って力をもらって強くなるでしょ。天魔は頭が良いから、どうやったらすぐに強くなれるか、みんな知ってるんだよ。一番は人間を喰うことだけど、人間を襲うのは魔協定に反するから色々面倒なことになるからね。頭が良くて力のある同族を喰うんだ。ちなみに地魔はなるべく喰わないよ、地魔は頭が悪いからね」


「ふっざけんなよっ!」


 ベリーがイラ立ちを爆発させ、腕を大きく振り払う。素早い攻撃だったのに青年は後退し、いとも簡単にかわしていた。


「ふふ、やだねぇ。これだから地魔は……あっ、君達の友達なら、この近くにある神社で見かけたよ。あそこ使われていないお堂があるもんね、何かするならちょうどいい」


 青年は、また怪しく笑うと。その場から煙が消えてなくなるように姿を消した。やはり普通の人間ではない、不気味な存在。


「クソッ……あいつ……まさかな」


 ベリーが歯噛みしている。

 あいつとは今の青年のことか。まさかと言うことはベリーには思い当たる節があるんだろうか。

 胸騒ぎがする。とりあえずセラが心配だ。この近くにある神社のことはもちろん知っている。行く以外に考えはなかった。

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