第18話 ベリーと……

「お前の瞳の色って変わっちまったけど、きれいだよなぁ。オレと同じ赤色……片方は気に入らないけど、あいつと同じ緑色だな」


 ベリーは優しい声音で言い、瞳をのぞき込んでくる。目の前にある彼の赤い瞳が血のようにも炎のようにも見える。


(は、恥ずかしい……非常に恥ずかしいよ)


 日中、セラが自分の力を奪うことをしてきた時のように恥ずかしい。

 けれどベリーは退かない。ずっと瞳をのぞき、己の唇をペロッとなめていた。


「ミュー、あのさ……まだちょっと早いけど、今日の分の力、もらっといてもいい? お前、この後に宿題ってやつあるだろうから、ほんの少しでいいから」


 ベリーは遠慮気味に言ってきた。力を奪われた方は疲れてしまうから、それを気にしてくれているのだ。

 ……でもどうしよう、どの方法で力を与えよう。簡単に思いつくのは二つしかないのだけど。


「今日は血、もらってもいいか? 指とか腕とか。ちょっと噛むだけでいいから」


 ベリーにそう言われると「いいよ」と容易く言いたくなるが。その鋭い牙を見ると「いや、やっぱり待って」と思う。

 だって絶対に痛い。ベリーは手加減してくれるだろうけど、それでも量がちょっとでは済まなくなりそうだ。

 だからベリーに力を与える方法は一つが消去され、もう一つしか残っていない。自分も痛くて血まみれになるより、そっちの方がいいと思う。


「き、昨日と同じ方法でいいよ。起きるから待って――」


 身体を起こそうとした時だった。少し背中を持ち上げたところで、自分の両肩は優しい力で上から押され、再びベッドの上に戻った。


「ベリー……⁉」


 さらに両手首を押さえられ。自分の身体の上に、重くならないようにと配慮してくれながらベリーが乗っかってきた。


 とっさのことに言葉が出なくなる。自分を見下ろす赤い瞳と――自分の力を求める欲をまとった怪しい瞳。その妖艶な瞳を見るだけで魅了される。


(こ……怖いけどかっこいい)


 すごくドキドキする。ベリーのパートナーだった人も、こんな感じだったのかな。


 ベリーが顔を近づけてくる。その行動に自然と目を閉じていた。

 押しつけてくる唇の温度、それが予想以上に熱く、自分が溶けそうだ。最初は優しく触れていただけに……それが段々と力が強くなって舌が口内に入ってきて。口の中の全てを吸い尽くす勢いで動いている。

 その熱さと勢いに身体がゾクゾクしてくる。逃げ出そうとしても手首をつかむ力がそれを許さない。


 身体のあちこちに変な力が入ってしまう。苦しいのに、なぜか気持ち良くて、頭が変になりそうで。自分の意思とは無関係に身体がよじれ、小さくうめいてしまう。 


 ベリーは少し唇を離すと震えるような息をゆっくりと吐いた。そんな熱い息が首筋に触れ、思わず「うっ」と声が出た。


「ミュー……」


 名前を呼ばれ、薄目を開けてベリーを見る。

 彼は苦しげに眉をひそめていた。


「ん、な、なに……」


 絞り出した声でたずねると、ベリーはさらに苦しげな表情で息を飲んだ。赤い瞳が戸惑うようにまばたきを繰り返している。


「ミュー、お前、なんでそんなに……なんつーかな……色っぽいんだよ」


 ベリーの言葉に、ミューは顔全体がと熱くなった。


「へ、なっ、何それっ」


「だってそんな……なぁ」


 ベリーが手首を押さえていた手を移動させ、今度は首筋に手を当てた。

 不意にきた、慣れない刺激にまた声が出てしまい。ベリーは何かをしぼり出すように深いため息を吐いた。


「やっべぇー……お前、やべぇよ」


「な、何がやばいの」


 自分はただ魔物に力を与える行為を受け入れているだけだ。ベリーだってそれはわかっているはず。過去のパートナーと何度もやっているだろうに。


「ベ、ベリーは慣れてるでしょ、こういうの。僕は君とセラしかいないんだからっ。キスなんてしたことないから。だからどうしても、なんか変な感じになっちゃうんだよ、恥ずかしいけどさっ」


「そ、そういうことを、ためらいがちに言うなよ。抑えるのが大変になるだろう」


 ベリーは自らの“何か”を沈静化させようと再び深呼吸する。あんまりやってると過呼吸になりそうで心配だ。


「……あのなぁ、オレだって人間と同じだって言っただろ。キスなんて誰彼かまわず、するもんじゃねぇし、気に入ったヤツにしか、しねぇよ……ちなみに前のパートナーとのキスは……こんなに艶めかしくなかった」


「……へ?」


「オレらにとって、キスは力をもらうってだけに過ぎないけど、相手がそんな顔を赤くして気持ち良さそうにしてくれたらさぁ……オレだって興奮しちまうんだよ」


「え、えぇっ⁉」


 とんでもない言葉。ミューは今まで力の入らなかった首を持ち上げ、目を全開にベリーを見上げる。

 赤い瞳は恥ずかしそうに視線をそらした。


「わ、わかってるよ! 別にお前に他意はねぇ。ただオレに力を与えてくれようとしてるだけだって。それにオレが変な気を持ったって、お前にそういうことをすることはできねぇ、力を奪われてお前が死んじまうからな……あ、乗っかっちゃってごめんな」


 ベリーはゆっくりその場から退き、窓の方に向かって歩くと。窓を開けて「はぁぁぁ」と変な声を出していた。頭を冷やそうとでもしているのだろうか。


 ミューも身体を起こすと静かに熱いため息を吐いた。生きた心地がしなかった。魂がどこかに行ってしまいそうな感覚だった。


 けれどベリーの優しさを感じた。ベリーの正直な思いを聞けた、それは嬉しい。

 嬉しいけど。ベリーの心をこんがらがらせてしまって申し訳なく思う。


(ご、ごめんね、ベリー……力を分けるのもなかなか大変だよね)


 ふと、ある言葉が脳裏に浮かぶ。

 人間と魔物の関係は深くつながることができない。愛を抱いてはいけない。

 だけどこんなドキドキすることが続いたら、それは……先のことを望んでみたくもなるんじゃないか。とてつもない緊張だし、恥ずかしいけれど。


(ベリーのことも、セラのことも嫌じゃないし、むしろ好きだし、興味はある。そりゃあ僕も人間だもの……)


 ベリーにバレないように小さく細く深いため息を吐いていた時、窓際に立っていたベリーが「あっ」と声を上げた。すでに暗くなった中庭に何かを見つけたらしく、窓枠に手をかけて外を見ている。


「お前の友達が外にいんぞ。誰かと一緒に。ほら、あの木の辺り、銀色の髪のヤツ」


 そう言われ、思いついたのはリムのことだ。ベリーはさすが魔物だ、外が暗くても外が見えるのだ。


 自分も確認しようと立ち上がりかけたが「あ、二人とも、いなくなっちまった」とベリーが言った。

 仕方なく、再びベッドに腰をかける。


(……こんな時間に何していたんだろう。誰かと会っていたのかな。変なことに巻き込まれないといいけど)


 リムのことを気になりつつ、窓際に佇むベリーの背中も見つめつつ。


「……宿題やんなきゃ」


 現実に戻らなければと自分を叱咤し、頭をガシガシとかいた。

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