第10話 黒い魔物と黒い青年

 小さい頃のことを思い出した。家が隣近所だったリムとは小さい頃からよく遊んでいた。

 両親が魔物に喰われた、あの日もだ。

 自分とリムは自宅二階の部屋にいた。それは何の変哲もない、真っ昼間のいつものことだった。


 突然、一階の部屋の窓が割れたような音がした。驚いて階段を駆け降り、リビングに向かうと。窓ガラスが割れ、風に揺れる白いカーテンが血で汚れ、両親は床に倒れていた。

 そしてリビングにいた大きな黒い魔物の口には両親のパートナーである魔物が喰われている最中だった。


『お父さん、お母さんっ!』


『ミュー、逃げよう!』


 リムが両親に駆け寄ろうとする自分の手を引く。

 だが黒い魔物の視線は小さな獲物を逃すまいとこちらを捉え、グルルとうなっていたのだ。






 ベットで横たわったまま、はっきりしない頭でパッと目を見開き――次のことを考えた時には、ミューの思考は瞬時に覚醒した。


(そういえば、僕達って、あの後、どうなったんだろう)


 今までそのことについて深く考えたことがなかった、いや思わないようにしていた。両親が魔物に襲われ、死んだ悲しい出来事だから。ただその事実だけを覚えているが、その後を自分は記憶していない。


(なんで助かったんだろう。あの黒い魔物の視線は確かに僕達を捉えていたのに)


 黒い翼が背中に生えていた。翼の先端に鋭いかぎ爪が生えていてコウモリのようだった。黒髪と同じように瞳も黒く、容姿も、全てが黒かったのが印象に残っている。翼があるから、あの魔物は天魔だったのだろうか。悪魔みたいな禍々しさが全身から溢れていた。


 けれど容姿は覚えていても事態を覚えていない。僕はどうしたんだろう、リムも僕を連れてどうしたんだろう。いくら考えてもわからない、自分のことであるのになぜだ。


 しばらくそんな感じで己の記憶を右往左往させた後、学校に行くために身支度を始めた。静かに準備をしていたつもりだったが気配に敏感なのだろう。昨日と同じように壁に寄りかかっていたベリーと、イスに座って足を組んだまま寝ていたセラが眠そうに、うなりながら目を開けた。


「ん、おぉ。ミュー……人間の朝って早ぇなぁ……あぁ、ってか腰が……さすがにいてぇかも、あはは」


 壁際の窓からは朝日が差している。ベリーは朝日の当たる自分を見て「おはよう」と言い、長い腕を上に伸ばした。

 セラも少し肩が凝ったのか、深呼吸をして身体を伸ばす。そして自分を見て、冷たい印象の宿る緑色の瞳を驚いたように見開き、壁際にいたベリーも「おおっ?」と声を上げた。


「な、なに、どうしたの、二人とも」


 二人の様子に、こちらもドキッとする。理由をたずねると二人は口を揃えて「目が」と言った。


「目?」


 ミューは机の上に置いてあった手鏡を手に、自分の顔を覗き込む。そこにはいつもの見慣れた焦げ茶色の髪をした自分の姿。

 だがその瞳は明らかにいつもと違う色をしていた。


「えぇーっ!」


 その異質な光景に思わず叫ぶ。右の瞳が赤くなり、左の瞳が緑色になっている。カラーコンタクトを入れたように。だがそんなわけはない、何もしていないし、自分はカラコンを入れるセンスなど持ち合わせていない。


 けれど角度を変えて何度見ても自分の瞳はしっかりと赤と緑色に染まっている。昨日までの茶色はどこへやら。でもちょっと宝石みたいで自分のことだけど、きれいだと思った。まるで目の前にいるベリーとセラの瞳みたいだ。


「えーと、これってさ……もしかしてパートナーと同じ色の瞳になるの? 召喚すると」


 そんな身体の影響があるのかと思ってセラに聞いたが、セラは否定するように首をひねる。どうやらそんな事実はないようだ。


 じゃあなんだ、突然変異? よくわからないが自分の身体に何かが起きているようだ。悪影響とかないといいけど、瞳だけじゃなくて全身が赤と緑になるとか? あとでトト先生に聞いてみよう。


「とりあえずちょっとかっこいいよね、オッドアイとか神秘的」


 自分の瞳をしげしげと眺めていると、ベリーが「お前って前向きなのな」と面白そうに笑った。セラは相変わらずの無表情だ。


 のちに登校してトト先生や保健の先生にも聞いてみたが、召喚したからといって瞳がパートナーと同じ色になったという事例はないそうだ。けれど健康面には問題ないだろう、あまり気にしないようにと言われた、大丈夫かな、そんなので。


 二体召喚に続いての自分の身体の変化。なんだか普通じゃないことばかり起きている。面白いと思う半面、今までと変わったことが起こると大丈夫かなという不安もある。


 自分はそのへんが贅沢かもしれない。自分の変化を望むのに、いざそれを手にすると怖いなと尻込みしてしまうのだから。


 ……大丈夫、別に、怖いことは起きてない。別に周りに嫌われたとか命の危機とか、そんなではないし。


 次は何が起きるのか、そんな不安は頭の片隅に置き、気分転換をしたくて。昼休み、木々に囲まれた校内の中庭を歩いていた時だった。

 後ろから近づく人の気配に、ミューは後ろを振り返った。


「こんにちは」


 そこには短い黒髪に黒い瞳、スラッとした細身で背が高いけれど、上下ともに長袖の黒い衣服で身を包んだ青年がいた。

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