第11話 黒い青年とリム

 その青年がもちろん教師ではないと、この学校の生徒だからわかる。かといってOBという見た目でもないし、落ち着いて微笑を浮かべる姿は散歩中の一般人という感じでもない。

 青年はズボンの両ポケットに手を突っ込み、ミューから少し離れた位置まで歩いてくると、フフッと笑った。


「今日もいい天気だね。気持ちがいいよね、こういう日って」


 青年は空を仰ぎ、ニコニコと愛想の良い笑顔を向けた。素敵な笑顔だが全身黒ずくめというのがちょっと不気味で。ミューは少し身を引き気味にしながら「そうですね」と当たり障りのないように答えた。


「君、この学校の子だよね。魔物召喚したばかりかな? 君から新鮮な気配がする、とっても初々しい感じ。いいね、そういうの、ボク大好き」


 なぜそんなことがわかるんだろう。この人は結構な力の持ち主なんだろうか。もしかして新しい先生だったり? いやそれにしても奇妙すぎる。


 こちらが身構えて何も言えないでいると。青年は笑みを絶やさぬまま、さらに近づいてきた。細身だが何とも言えない圧力を感じ、近づく青年とは反対にミューは後ろに退いた。


 今はベリーとセラがいない。授業中は時折、どこかに出かけていて、いつもはすぐに戻って来るが今は戻らず。そのうち戻るだろうという軽い気持ちで一人で外に出てしまった。

 だから妙な気配のものに近づくべきではない、というより外に出た時点で、こんな怪しい人物に出くわしてしまったから。あとでセラのきつい小言は確定だ。


「ふふ、怖がらなくてもいいよ。ボク、今は何もできないし。身体はこうして存在するけど本当のボクはずっと封じ込められているんだ。この身体は不便だよ。大して力も出せないし、こうやって出歩くしかできないから退屈でさ……あっ、でも少しなら力を出せたりするのかな」


 青年はそう言うとミューに向かって左手を伸ばした。何か出される⁉ と思い、身構えたが青年の手から何かが放たれることはなかった。


「うーん、やっぱりできないか……忌々しいな」


 愚痴りながら青年は手を引っ込める。そんな青年を警戒しつつ「君は何者なの?」とたずねる。さっきからこの青年の会話がおかしい。身体は存在するとか、封じられているとか。

 それに人間みたいな感じがしない。見た目は人間だけど、まとっている雰囲気が違う。ということは、この青年は魔物なのか、人型の?


 青年は先程よりも口角を上げ、怖いくらいの満面の笑みを浮かべると。もう一度腕を伸ばし、今度は自分を捕まえようしたのか、手を広げた。


(ヤバい、捕まる⁉)


 危険を感じた時、ミューの身体は突如現れた何かにはじき飛ばされ、草の上へと横たわる。かすかな痛みが背中に走り、草の匂いがブワッと辺りに舞う。


(な、なに、今の)


 痛みに顔をしかめながら目を開けると、自分を吹き飛ばした誰かが身体の上に乗っていた。その特徴ある銀髪で相手が誰かは瞬時にわかった。


「リ、リム⁉」


 現れた存在に驚きだ、なぜリムが。

 リムは、かばっているような態勢のまま、自分を捕まえ損ねた青年を銀色の瞳で睨む。


「こいつに何すんだ。変なことしようとしたら許さない」


 強い口調のリムに対して、青年は面白がるように高笑いした。


「あははは、許さないだって? 面白いことを言うね、君みたいに力がない召喚者と大した力のない下級天魔でボクに何をする気? 消してみる?」


 リムのすぐそばには小さな妖精スピカが小さな羽を広げ、青年に警戒するような視線を向けている。戦う力はないみたいだけど。パートナーを懸命に守ろうとしている姿が、真剣な表情から伺える。

 青年はスピカの姿をジッと見る。見覚えでもあるような様子だったが、やがて視線は言葉を発したリムの方へ移された。


「うるさい、何がなんでもこいつだけは手は出させない。どんな手段をとってもな」


「へー、そこまで強い覚悟を決めてるんだ。面白いね、君……いやちょっと待て、君は前にも……そうかっ、あの時のか」


 青年は何か思い出したように息を飲んだ、と思ったら。この事態を心底楽しいと思っているように、また高らかに笑った。


「面白い、面白いよ! まさかこんなことになるなんてね。これはボクも封じられてる場合じゃないな、早くなんとかしなくちゃ。まぁ、とりあえず今日のところはおとなしく消えるとするよ。君の強いパートナー達も戻ってきたことだしね、ほらあそこ――」


 青年は空を指差す。そして「じゃあね」と言って、その場から炎が消えるみたいに一瞬にして消えてしまった。

 それと入れ替わるようにセラとベリーがものすごい勢いで空の彼方からこっちに向かって飛んできているが、何やら言い争っている気がする。

 やがて自分達の前に二人が降り立つと辺りは一気ににぎやかになった。


「ミュー! 大丈夫か⁉ オレらがいない間に何かあっただろう、悪かった!」


「全く、だから嫌だと言ったんですよ。そもそもパートナーのそばを長く離れるのは大変危険な行為です。ミューを失ったら私達も死んだも同然なんですよ」


「それはわかってんけど!」


「それをあなたがアレの気配がしたとか言って……そんなわけがないでしょう。アレはあなたと私で魔界の門に送り返したじゃないですか。あらたに召喚でもされない限りは――」


「だからってよ、あいつの存在は――」


 セラとベリーは変わらず、言い争っている。その内容も気になるのだが。


(……リム、なんで僕を助けてくれたんだ)


 今はそばにいるリムの方が気になる。昨日、あんなに突き放すようなことを言っていたのに。


「リム、君は――」


 言葉をかけようとしたところで。リムはハッとして立ち上がると。無言でスピカを伴い、この場から離れてしまった。

 一体どうしたのか。考えてもわかるはずはなかった。

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