第9話 分け与える方法

 そろそろ寝る時間だ。支度をしようと立ち上がった時、視線を感じて(なんだろう)と思い、振り返った。

 そこには赤色と緑色、二人の視線。


「あ、ミュー、忘れてんだろ〜? 最低でも一日一回、オレらは力をもらわなきゃならねぇんだよ、寝る前にちょこっと頼むな」


「あ、そうか、ごめん。なんだか花に水あげるみたいだね……どうしたらいいの?」


 ミューは一番近い距離にいる、イスに座ったセラに近づき、方法をたずねた。

 するとセラは「では指を出してください」と本日二回目である指差しの指示をしてきた。


(ま、また口に含まれるのかな……)


 なら昼間のことは練習だったと思えば心の準備はできる。これを毎日、これからはやらなければならないんだから。


 セラに向かって右手の人差し指を突き出すと予想通り、セラは指を見た後、伸ばした左手でその指を押さえ、口に含んだ。


 しかし今度はさっきと違ってなめるのではなく、カリッと歯を立てて噛んできた。思わず指を引きそうになったがセラの歯が食い込んでいて引っ張ったら余計に痛いと思った。


 痛みは一瞬だったが。いきなりの痛みに身体がビクついてしまった。痛みの次は、セラのあたたかい舌が指を包むようにまとわりついてくる。


(ひ、ひぃ……ゾクゾクする……)


 そしてセラはゴクッと喉を鳴らした。血を飲んだのだ。痛かった、怖かったけど。なんだろう、すごくドキドキする。目の前のすごい魔物が、セラが、自分を必要とする瞬間――いや、自分というよりは人間の一部を必要としているだけなんだけど。

 それが優越感を覚えさせてくれるのがたまらない、と思うのは変だろうか。


 セラはもう一度喉を鳴らすと指を解放した。見れば指から血がにじんでいたが流れ出てはいなかった。


「止血はしてあります。少し力が入ってしまって申し訳ないです」


 痛みを与えたことにセラが謝ってきた。セラも謝るんだ……そう思うと自分の方が気後れしそうになった。


「い、いいよ別に大丈夫……ちょっとびっくりしたけど」


 これが力を分け与えるという行為。その代わり、自分は二人の力を日夜借りられる。召喚者である以上、これは毎回やらなければならない……次はベリーか。


「ベリー……」


 壁際にいるベリーのそばへ行き、膝を折って指を差し出す。セラと同じ指では嫌かなと思って、ベリーには小指を差し出した。


「小指でも大丈夫?」


 ベリーの方が牙が鋭い。噛まれたら、かなり痛いかもという恐怖がある。噛みちぎるようなことはないだろうけど。


 ベリーは赤い瞳をまばたかせると、指と自分の顔を見比べ「ちょっと怖がってるな」と図星をついてきた。

 そんなことない、と言おうと思ったが。実際、怖気づいているから何も言い返すことができない。


「人間も大変だよな〜」


 ベリーは困ったように苦笑いしている。


「お前らの一部をもらうには何かしら痛みが伴うもんな。痛くない髪の毛でもいいんだけど髪だとちょっと力が足りなくて、まとめてもらわないといけなくてさ」


「そ、それだとハゲちゃうよね?」


 そんな一言を返すとベリーは笑った。


「ははっ、かわいいお前がハゲたら困るな。まぁ、一つ痛みを伴わない方法もあるんだけど、でもちょっと刺激強いかも……どうする?」


 どうすると言われても。そんな方法があるのなら、そうしたいと思う。

 けれど後ろにいるセラが一つ咳払いをして「ミューは子供ですよ」と意味深なことを言った。


 なんだろう、子供には刺激が強いからダメってことかな。そう言われると余計気になる……一回だけなら大丈夫だろう。


「いいよ。それ、試してみる」


「えっ、マジ?」


 言い出したのはベリーなのに。彼は眉を歪め、照れたように笑う。


「んーっと、そうかぁ、やるのか……よし、わかった! ……じゃあ目を閉じてくれ」


 ベリーの指示で目を閉じ、何が起きるんだろうと思いながら彼の行動を待つ。


(い、一体、何されるんだろ……)


 ドキドキする。いきなり胸をグサリと刺されるとか……ないよね。

 暗闇の中、待っていると。自分の頭の後ろと肩を何かが押さえてきた。多分、ベリーの手だ。

 そして大きな存在がゆっくりと近づくような圧を感じる。すぐそばでベリーが深く息を吐いたのがわかる。

 ……なんだろう、そう思っていると。


(……えっ?)


 自分の唇があたたかい何かによって塞がれた。手を動かそうと思ったが、とっさのことで脳に指示がいかなかった。


 何が起こっているのか。感覚だけで察しようと自分の神経が頑張っている。

 自分の唇を塞ぐものは、やわらかくて熱く、かすかに動いている。それによって閉じていた自分の唇が強制的に開かされると、唇よりももっとやわらかくて、あたたかい湿ったものが口の中に入ってきた。


 それが熱くてびっくりした。背筋がなぞられたようにゾクッとして、胸がじわりとした。やわらかいものは口の中をなめ尽くすように動き、歯の内側をなぞっていく。息を、口の中を、身体の中にあるものを。全て吸い尽くそうとしているかのようだ。


 逃げようとした身体は押さえられた手によってそれを阻まれる。全身がジワジワとしてしょうがない。心臓がものすごく速く動いている。なんだこれ、緊張がすごい、汗が止まらない。


(ベリーが、キス、してる……んだよ、ね)


 それを理解した途端、息が震えて声にならない声が出た。もうだめかも、意識が飛びそう。そう思っていたら唇が解放された。

 自分の身体が酸素を求めるように深く息を吸う、吐く声が震える。


 目を見開くと目の前には少し濡れている赤い瞳があった。自分を見つめ、戸惑うようにまばたきが繰り返される。


 ベリーは深く息を吐くと押さえていた頭から手を離し、頭を優しくなでてくれた。


「……やっぱりミューには刺激強すぎたかな、大丈夫か」


 その言葉に返事をしたかったが。想像以上に精神ダメージを負ったのと、息が乱れてまともにしゃべれない。


「ま、まぁ痛みを取るか、こういう方法を取るか……そんなとこだな」


 ベリーはそう言って自らの唇の周りをペロリとなめていた。

 その様子に、またゾクッとしてしまう。背後ではセラが冷静な声で「明日は私がその方法を使わせてもらいましょうかね」という仰天発言をしていた。


(……心臓に悪い……)


 身体がまたゾクゾクと、嫌だとは思わない感覚に震えそうになってしまった。

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