第3話 夜に蠢くノ怪物(ノケモノ)達


 買い出しの為に、マンションを出た五人。


 咲はお館様のツッコミのダメージから立ち直れずに、茉由まゆに手を引かれて歩く。


 顔を青褪めさせている咲や茉由に気を遣った木場は、二人に聞いた。


「咲も茉由も欲しい物があれば遠慮するな。許しを得ているなら泊まっていってもいいんだぞ?」

「もっちろんお泊りですよ!はげまるお館様が出たら帰りますけどね……茉由は?」


 咲はしょんぼりとしつつも茉由に問いかける。


「明日は日曜日ですし、家主様がお泊りしておいでよって言ってくれました!」

「ならばいい。日宵と梔子は?」

「わ、私は……あの、また、よろしければ……」

「梔子は木場がいれば、それのみで良かろ……?!」


 日宵はそこで絶句する。

 梔子の髪の数本が首に巻き付いたからだ。


 きりり、きりり…とくい込む髪に、冷や汗を掻きながら話の方向を変えた日宵。


「……家事見習いじゃから、木場の手伝いをするのが身になるんじゃろう」

「何を言っているんだ?俺は皆を労う為の役割を任されて久しいが、流石に人に教えられるようなものではないぞ」


 呆れた顔をする木場に、梔子の目に光が戻った。

 首から圧迫感が消え、ほう、と思わず溜息をつく日宵。


 すると。


 突如、夜の街に悲鳴が上がった。


 銀行の前でうつ伏せになり、必死に手を伸ばす翁。


「それは孫の……孫の治療……!だ、誰か!」

「アンタみたいなユルいの待ってたんだよ!じゃあな!」

「ご馳走様なー!」


 そう言ってビッグスクーターで走り去った二人の男達。

 木場の目に怒りが宿る。


 が。


 既に動き出した者達がいた。


「爺ちゃん婆ちゃんに酷い事すんなぁ!逃さない!」

「咲ちゃん!茉由も怒った!」

「茉由、こぉい!」


 茉由を背に乗せた咲。


「咲、茉由。すぐに追いつく。これを見失うな」


 親指の指輪を浮かせて握りしめた木場の拳から、一匹の蝙蝠が空へと羽ばたく。


「はーい!茉由、しっかり掴まってなよ!」

「うん!」


 咲は駆け出した。


 木場が翁を見やると、梔子と日宵が既に介抱している。


(お館様も、きっとご覧になられているだろう)


 木場は蝙蝠の視界に集中しつつ、翁へと歩み寄った。



 しばらくして。


 咲は茉由を背に、幹線から外れた道路を走っていた。

 木場の蝙蝠を目印に、スクーターを捉えたのだ。


「もっと早く!ぎゃああ!まだ足音が側に!」

「くっそ!何なんだよ!ヤバすぎだろ!」

「ひああああああーっ!」


 夜の道路にの悲鳴が響き渡る。


 傍から見ればスクーターが爆走しているようにしか見えていない。


 だが。


 だんだんだんだんだんだんだんだん!


 男達のすぐ後ろで、茉由の能力によって共に身を隠している咲が、腹に響くような足音を鳴らしつつ追走しているのだ。


 そして、咲は絶好調だった。




 

(この人達を懲らしめて、爺ちゃんのお金を返してからちゃんとごめんなさいだね!でも、でも。もしかしたら。この人達は愛情が足りなくってグレたんじゃ。そっか!愛情なら私に任せて!咲の事も愛してね!ひゃあ!二人一緒になんて……咲ハーレム?!咲ハー?!もうばかえっち!そんな男の子は捕まえちゃうぞ!)


妄想が止まらなくなった咲は、握りしめていたペンダントを制服のポケットにしまい込んだ。

 

 解放された力が、瞬時に茉由の能力を打ち消す。


「さ、咲ちゃん……?」


 キャハハァ。


 咲が茉由の方に振り向いた瞬間、


「きゃあああ!」


 茉由は悲鳴を上げた。


 頬まで裂けた口は、口裂け女たる所以。


 だが、ひゅごう!ひゅごう!と息を吐く口から時折べろんと舌を覗かせ、乾いた笑顔で血走った白目を剥く咲は、茉由の理解を遥かに超えていた。


「きゃああ!きゃあ!……あぅあっ?!」

 

 キャハハハハー!


 今や、茉由は哀れ、微かな下腹部の冷たさと咲のインパクトに涙目になりつつ強風に揺られる洗濯物のよう。


 そして数分後。


 男達へとダイブした咲とともに全員が地面で転がる羽目になったのだった。

 


 茉由が、横たわる咲を抱いて座り込んでいる。


「いたたた……うう……咲ちゃんのバカバカ……」


 そう呟く茉由の前に、蝙蝠と入れ替わった木場が梔子の身体を抱えて現れた。


「茉由、咲、大丈夫か?」

「咲ちゃんは怪我ないみたいです。私は色んな意味で傷だらけです……」


 そう言って自分の下半身に目を落とし、涙目でプルプルと震える茉由の頭を梔子がそっと撫でる。


 子供服売り場も行かないとな……と考えていた木場の眼前で、突っ伏していた男の一人が目を覚ました。


「ぐ、うううう……」

「お、目を覚ましたか。お年寄りの金は返してもらうぞ?後は警察が来るまで大人しくするんだな」

「ふ!……ざけんじゃねえ!お前も化け物の仲間か?!」


 男はフラフラと立ち上がりナイフを取り出したが、ぬらり、と真横に出現した日宵に腕を掴まれた。


「やめておけ。おとなしゅうお縄につかんか」

「うわあああ!お前、どこから!」


 男は必死に手を振りほどこうとする。

 が、日宵の手はピクリとも動かない。

 そこに。


 しゅるしゅる。


 這いずって逃げようとしていた仲間とともに、梔子の髪が二人を拘束していく。


「何だ?!髪?!やめろ、離せ化け物どもぉ!」

「ひ、ひぃ……許して下さい、もうしません!」

「いい加減、大人しくなさい。でないと……」


 梔子の髪の一部が、スクーターを持ち上げた。


「これを、乗せますよ?」


 怒りを隠そうとしない梔子に木場と日宵は冷や汗を流し、茉由はびっくぅ!もじもじ、もぞもぞとし始める。


 そんな茉由の傍に黒い渦が巻き、そして。

 一人の和服の少女が出現した。


「「「「お館様!!!」」」」

「うむ。……お?お?」


 お館様と呼ばれた少女、久世宮由良くぜみや ゆらは茉由の傍にかがみこむや否や、にやにやと笑いながら茉由の頬をうりうりと指でつつき始める。


「お館はまやへてくだはいやめて下さいよう」

「茉由。仕様しようのない奴じゃな、ほれ」


 放られた小さな巾着を受け止めた茉由に、微笑む由良。


「こ、これは……」

「お主が今一番ほしかろうもの、だの」


 茉由の顔が、ぱあっ!と輝いた。


「お館様!!ありが……」

「いつまで経っても童子だの。お漏らしするとは、の」

「ぎゃー!」

「良うやった。こ奴らは連れてゆくぞ?」


 茉由の絶叫が、夜の道路に響き渡った。



 

 由良に空間転移で連れ去られていった男達。


 そしてその由良の伝手で、病院に運ばれた翁に無事金を手渡した木場達は、買い物の続きの為に街を歩いている。


「お館様のいじわる……いじわるいじわるっ!」

「お館様が警察……追われる方じゃないなんて……!」

「ま、そう言うな。それを言うなら俺もだ」

「そんな!木場さんはステキなっ……あぅ」

「ま、悪事を為す妖魔も多いしの」


 茉由、咲、木場、梔子、日宵と話を紡いでいく。


「さ、後はのんびり過ごすとするか」

「ま、茉由……お風呂に入りたいです……」

「じゃ、私も茉由と一緒に!梔子さんも一緒に入ろ?」

「あらあら、いいですね」

「おい、うちの風呂そこまで広くないぞ……」

「儂等はゆるりと酒でも飲むかの」


 ノ怪物達の夜はまだまだ続くのであった。


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夜に集う 〜ノ怪物達の夜〜 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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