第4話 一人では限界があるらしい

「――ちゃま。お坊っちゃま」


 目が覚めると、黒髪メイドと目が合った。

 この世界で二番目に可愛い顔が、心配そうに俺を覗き込んでいる。


 その表情を見て、俺は魔術の練習をした直後に猛烈な苦しみに襲われたことを思い出した。


 ゲーム知識でのみ知っていた魔力切れの症状。

 強烈な倦怠感と吐き気、目眩などがあると読んだが、あれは想像を絶する苦痛だった。 


「どこか調子の悪いところはございませんか?」


 起きて早々に黙り込む俺を、心配そうに見つめる黒髪メイド。


「調子?」


「はい。覚えていらっしゃるか分かりませんが、お坊っちゃまは気を失って倒れていたのです。異変があれば医者を―――」


「その必要はないです」


 調子が悪い?確かに気持ち悪さはかなり残っているが、同時にエネルギーが全身に満ちているのを感じる。

 今の俺は、間違いなく気絶する前より充実している。

 そしてそれが何によるものかも知っている。


 ―――魔力の成長。

 筋肉と同じで、魔力は使い込むほどに総量が増していくのだ。


「ですが、万が一ということもありますし、男爵様もご心配になられましょう」


「別にそんなことないですよ」


 別に悲しくなんてないですよ。でも、本当は突っぱねてるだけで家族が恋しい。そんな顔を作って答えると、黒髪メイドは申し訳なさそうに顔を伏せた。


 ビンゴ、やっぱり俺はここで冷遇されている。


「という訳ですので、またしばらく一人にして頂けませんか?何かあれば呼んで下さい」


 その後、黒髪メイドはしつこく食い下がってきたが、まあ所詮ノルウィン専属のメイド。命令すれば従うしかないらしく、最後には渋々退室していった。


「よし」


 再び一人になれたことを確認した俺は、早速ベッドから降りて魔術の練習を始めた。


 試しに、先ほど発動を試みた魔術の詠唱を、もう一度してみる。


「炎の精霊よ、我が―――」


 さっきは、ここで魔力が切れて拒否反応を起こした。

 しかし今回はどうだろうか。体内を巡る熱にはまだ余裕がある。


「―――命に従い、原初の灯をここに示せ」


 身体の芯で燃える魔力を手先に集中させ、何とか詠唱を終える。すると、ライターほどの小さな火がポッと付いた。


 できた。


 魔術を発動できた!


「すげぇ!」


 夢にまで見た魔術。

 この程度の炎では、ストーリー本編ではなんの役にも立たないだろう。

 しかし、出来たこと自体がすごいのだ。

 日本では絶対に叶わなかった中二病的展開。

 あまりの嬉しさに、俺は同じ魔術を繰り返し発動させる。


 一度、二度。

 頼り無い炎が燃えては消え、三度目の発動を試みた瞬間、俺は魔力切れの症状に襲われた。


「うっ」


⚪️


 気付いたら床に寝そべっていた。

 魔力切れを起こして気絶したのだろう。ぶつけたらしい後頭部がじんじんと痛む。

 次からはベッドの上で訓練をすることにしよう。


 にしても後頭部が痛い。もう少し頭を使って行動するべきだったか。


 シナリオを越えてクレセンシアを救うには、相当の知恵と力が必要になるはずだ。

 今から頭を使うことにも慣れておかないと。

 もうヒキニートではないのだから。


「よし」


 気を改め、俺は早速頭を働かせることにした。


 やることはこれまでの訓練のまとめだ。


 まず、憑依した当初のこの身体ノルウィンの魔力量は、火属性第一階梯魔術フレイ一回分も無かった。

 これは最初の訓練で《フレイ》を発動させる前に魔力切れを起こしたことから分かる。

 フレイを1と数えて計算をしたら、俺の魔力量は1未満だったというわけだ。


 しかし二度目の訓練では、二回フレイの発動に成功し、三回目の途中で魔力切れが起きた。

 つまり魔力量は2~3未満と判断でき、一度の訓練で魔力の総量は数倍になったわけだ。


 もし毎回数倍以上に増えるなら、遠くない未来に俺はとんでもない魔力持ちになるわけだが―――どうなるんだろうか?


 魔力の成長は天井知らずではなく上限があり、その大小を才能と言うのだろうか?

 魔力量の上昇率は何に影響される?

 訓練の辛さ?毎回魔力切れを起こすまでやればいい?

 それとも発動させた魔術による?

 さらに時間帯、頻度、その他あらゆる可能性を考慮して、もっとも効率的な訓練方法を探さなければ。


 この身体に才能がないのなら、他のやつと同じ訓練を積んでても意味がない。

 より質の良いものを長時間、死ぬ気でやって追い付かなければ。


 にしても、最適な訓練を探すのは時間がかかるだろうな。

 この知識はゲームになかったから、手探りになってしまう。


 まあ仕方ない。とりあえず、データ収集と訓練をかねて、今回は水属性の魔術を発動させてみよう。


⚪️


 それから数日、俺は魔術の訓練と気絶を繰り返して、魔力量の上昇に関するデータを集めた



 その結果、


 魔力は余裕を持って残しても総量が上昇すること。

 ただし限界まで使った方が上昇値が大きいこと。

 魔術の種類によって上昇値に変動はないこと。


 この三つが判明した。


 つまり、毎日インフルエンザより数十倍辛い目に遭えという訳だ。

 それでクレセンシアが助かるなら安いもんである。

 実際、日に何度も死ぬような思いでやってるしな。


 ただ、そろそろこの訓練方法には無理が見えてきた。


 どうやら魔力切れによる失神から目覚める時間は、魔力の総量に依存するらしい。


 これまでは数十分~一時間ほどで回復したのだが、今は二時間以上かかってしまう。


 毎回そんな時間を無駄にしていると、魔術以外の技能が疎かになるだろう。


 ゆえに俺は、魔術は日頃から訓練するが、魔力切れまで追い込むのは就寝前だけにするべきだと考えた。


 じゃあその間は何をするべきか。


 勉強や体力作り。無限にある。


 とはいえ、流石にまだ五歳である俺が、一人でその環境を用意できるとは思えない。

 協力を募ることになるだろう。


 誰に頼むか、そんなのは一人しかいない。


⚪️


「すみません」


「はい?」


 ある日の朝、俺を起こしにきた黒髪メイドに、協力を頼むことにした。


 この可愛いメイドちゃんを、記念すべき仲間の一人目にするのだ。

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