悪い期待

「お久しぶりですね、ゼノ三等官」


ゼノが部屋に入るとそこは綺麗な植物が沢山ある書斎だった。


その部屋の真ん中にあるテーブルの向こう側に座っているテラが挨拶をする。


「は……はい」


「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ、大した話はしませんから」


「は、はあ……」


(十分大したことある様な気がするんですけど……)ゼノは緊張したままホラを見つめる。


「とりあえず、お掛けになって下さい」


テラが席に着くように促す。ゼノは言われるままにイスに座った。


ユビキタスは部屋の中に入ることはせず、扉の前で立って待つらしい。


「まずは……ゼノ三等官」


ホラが先に口を開く。


「はっはい!」思わず声が上ずる。


「色々大変でしたね、よく戻ってきてくれました」


テラは柔らかい笑顔を向ける。


「あ、ありがとうございます……」


そんな優しい言葉をかけられ、ゼノは気が抜けて少し泣きそうになった。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


テラが真面目な顔になる。


「今回の件は私の監督する警備部の不備が原因で起きました」


そう言うと彼女は立ち上がり頭を下げる


「申し訳ありませんでした」


「いえ、そんな事は……」


ゼノは首を振る。


「いえ、代表として頭を下げるべきです」


テラはそのまま続ける。


「それにゼノ三等官は半分巻き込まれたも同然です、貴方に生じる責任は無いのですが……」


彼女は少し黙ってから口を開く。


「私は少し期待していましてね」


「え?」


(期待?)ゼノが不思議そうな顔をするとテラは微笑んだ。


「ゼノ三等官なら、きっとやってくれると」


テラはそう言うとイスに座り直し腕を組む。


「さて、前置きが長くなりましたが……」


一度目をつむる。


(何するんだろう……?)


そう思った時、テラの目が開く。


その目は先程とは違い悪巧みをするような眼差しであった。


「ゼノ三等官」


ホラは優しく言ったが、ゼノはもう逃げられないと悟った。


「あなたの実力を見込んで特別な仕事をしてみませんか?」


特別な仕事……ゼノの心の中で警報が鳴る。


(まさか……)


テラの笑みを見て確信する。


(また、厄介な事件に巻き込まれるぞ……!)


「百聞は一見にしかず、見せた方が早いでしょう」


テラは立ち上がるとゼノの横に立ち肩をポンと叩く。


「ついてきなさい」


テラに促されてゼノも席を立つ。


二三歩進んだ瞬間、別の部屋に変わっていた。


「わっ!?」


ゼノは驚き周りを見渡す。


部屋は古風なヨーロッパの図書館の様な部屋で、大量の書類と本が棚をひとりでに移動していた。


「ここは、私の資料室です。さぁ、こっちに」


テラに言われるままついて行くと、大きな書見机に付属してるであろう、これまた古風な椅子に座る様に促される。


「すいません、騒然としてて……仕事の途中でしてね」


テラはそう言いながら手で資料を漁りだす。


「確かここら辺に……いやこれは?ん?」


テラが漁りながら悩んでいると1冊のファイルを手に取る。


ゼノに向かい合う形でテラも椅子に座る。


「そう、これを……どうぞ、ゼノ三等官」


テラから渡されたファイルには『極秘』と書かれている。


「あの……これ何ですか?」


「それはお楽しみです」


テラはおどけるように答える。


(そんな事言われても!)


ゼノはファイルとテラを交互に見るが、テラは微笑んだままである。


(見ないと終わらなさそう……)


ゼノは決心してファイルを開く。


そこにはフォルスの顔写真と経歴が載っていた。


「これは……!」


ゼノは思わず声を出す。


「読めますか?」


「えっ?はい……」


ゼノは頷いた後にバッと振り返る。前に座っていたはずのテラはいつの間にか後ろで一緒に資料を見ていたのだった。


元OCO保安部戦闘班所属


戦闘班入隊2年での二等官という異例の出世を遂げるも、異世界での常習的裏賭博などの為懲戒処分を再三受けた後、ディヴェデの蜂起事件に加担し、現在まで逃走中。


「これは……フォルスの経歴ですか?」


「ええ、その通りです……次のページを」


ゼノは次のページをめくる。そこには今回のゼノが巻き込まれた事件の発端となった襲撃事件の詳細が事細かに記されていた。


「あなたも見た通り、『鍵』を盗んだのは液体状の能力です」


テラは次のページをめくるように指示する。


「しかし、それは貴方があちら異世界で遭遇したグラキエスの能力でもフォルスの能力でも無い」


ゼノがめくるとそこには大量の名前のリストがあった。


「OCO内部にその能力を持った内通者が居ます。それが、容疑者のリストです」


「内通者を探し出せって訳ですか?」


「その通りです、方法は問いません」


「それって……フォルスの口を割らせろって事ですか?」


テラはその言葉を聞くと笑顔で答える。


「そう取っていただいても構いません」


「そ……そんなの無理ですよ!!僕素人ですよ!?」


ゼノは声を上げる。


(だいたい、あんなのどうやって口を割らせるんだ!!)


そんなことを考えているとテラが口を開く。


「もちろん、考え無しで頼んでいる訳ではありませんし、新人イビリでもありません」


そう言うと一通の封筒がテラの手に飛んで来て収まるとそれをゼノに手渡す。


「尋問許可証と紹介状です受け取って下さい」


ゼノが封筒の中身を見ると、そこには『尋問許可証』と『テラ直筆の紹介状』が入っていた。


(これって……)


テラの方を見るとニコニコ笑っている。その笑顔には少し圧を感じた。


「尋問の前にまずは研究部に行って、この紹介状を渡して下さい、"交渉"に有利な資料を渡すように指示でしているので」


どうやら僕にこの仕事をやる以外の選択肢は与えられないらしい。


「勿論、本件は極秘事項ですので、D3と一部特別な統制官しか知りませんので、そこの所はお願いしますね」


テラは笑顔のままそう言うとゼノの手を引っ張って立たせる。


「それではよろしくお願いしますよ……ゼノ三等官、全ての世界の均衡を保つ為に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る