第4話 汚された夫婦の最後、その報い。

優人さんが命を絶ったのは2日後の事だった。

連絡をくれた奥さんは泣きながら「部屋でドアノブにベルトをかけていて…、発見が早かったから今はまだ生きて居るけど危険で…、知り合いを呼ぶように言われたけど沖田には身寄りは居なくて、天宮さんしか思いつかなかったの」と言った。


何を言われたかわからず、らなんて返したかわからなかった。


とりあえず病院に飛んで行くとICUで管に繋がれた優人さんがいた。

その後はよく覚えていない。

抗菌だか防菌の服を羽織って中に入って優人さんの手を握って「死なないで」と言った事は覚えている。


あの日優しく抱き寄せてくれた手は力なく別の物に見えた。


廊下に戻ると奥さんはありがとうと言って手紙…遺書を見せてくれた。


「新作よ。あの日の遺書とはまた違う」


そう言われた遺書には「海さんへ」と言う書き出しで今までの感謝が綴られていた。

私はこの時まで奥さんが海さんだと知らなかった。

そんな空気を察してか「あの人、人前で名前を呼ばないから知らなくても仕方ないわ」と言ってくれた。


手紙の中には海で話していた事が書かれていて、キチンと新しい夢を探す事も考えたし、海で私に話を聞いてもらって少しだが生きる事も考えたがやはり奥さんにお金を残して新しい人生をやり直して欲しいと言うものだった。


「前のはお金の話と新しい夢なんてないから死ぬって内容だったわ。海が見たいと言われた時、私を想ってくれていると思った」

奥さんの言葉が痛かった。


その海に奥さんを差し置いて共に行ってしまった事や、やはり優人さんには奥さんしか居なかった事が胸に深く突き刺さった。


「この遺書、あなたのことも書いてあるのよ」

そう言われて読み進めると「天宮 美空様へ」と給与袋に書かれた文字と同じ文字が書かれていた。


私宛の言葉は「沖田塾最後の日、真剣に探しにきてくれてありがとうございました。死なせない為に出かけようと言ってくれてありがとうございます。海でたくさんの話を聞いてくれてありがとうございました。この前、帰りの電車でも言いましたが同じ電車に乗っても違う駅で降りるように我々は皆違う人生です。まだ若い為に距離感が乱れてしまい、私の人生を自分の人生のように思って背負い込みたくなってしまう気持ちも、それが天宮さんの優しさから来るものもよくわかります。ですが囚われずに前へと歩み出してください。たくさんの生徒達に教えてきた私は天宮さんに何かを教える時は教師の気持ちで居られました。天宮さんはとても聞き上手で優秀な生徒でした。私は死にますがどうか泣かないでください」とあった。


「読んだ?本当、一緒に頑張ってくれて同僚以上の家族みたいになってくれていたけど私達は沖田であなたは天宮、背負い込む必要はないわ」

奥さんは10歳くらいしか違わないのに大人だと思った。


数時間後、優人さんは死んだ。

泣き崩れた私を見て奥さんはピンときたらしく私を追い返した。


その後は葬儀にも参列させて貰えなかった。

バブルの亡霊は参列して変な噂が立つ事を拒んでいたので喜んでいた。



葬儀後、バブルの亡霊……母が発狂した。

私の知らないところで沖田 海さんの代理人弁護士が連絡を取ってきていて、私の優人さんへの気持ちがバレた。



父母…主に母は私に確認も取らず真偽を確かめもせずに全面的に罪を認めて何とか騒ぎにしないでもらおうと躍起になっていた。


その全面降伏の構えに納得のいかなかった海さんは私に手紙を書き、代理人弁護士が持ってきた。


手紙にはどんな関係かを包み隠さず話して欲しい旨と私のせいで夫婦の最後が汚された事への恨み言が書かれていた。

ご丁寧に封筒の中には切手の貼られた返信用の封筒まで同封されていた。


私は念の為に封筒に書かれていた住所と名前、それと電話番号を控えた。


そしてキチンと書いた。

海を見に行き、話を聞くまでは家族のような戦友として案じていた事。

話を聞き、死を決意している姿を見て惹かれてしまい関係を迫った事。

優人さんが最後まで拒んでいたのに無理強いした事。

それを書いて、夫婦の最後を汚した事を謝った。


次は弁護士を通さずに手紙がきた。


中には優人さんが実はもう一枚遺書を用意していて、海を見ながら私が恋を誤認していて優人さんに気持ちを打ち明けていた事、一度だけ関係を持った事。決して言い訳をせずに私を庇うように、若かりし頃の優人さんと奥さんが向こう見ずだったように今の私も同じ物だと書いてくれていたとあった。


そこまで遺書を読んでいて私を病院に呼んでくれていた事に驚いた。

これが一度限りの遊びならスルーするつもりでいたが泣き崩れる私に夫婦の最後が汚されたと思いこの形になったとあった。


そしてその後は目を疑う事が書かれていた。

「沖田 優人の遺骨を無縁仏にしてしまおうと思う」

復讐にしてもそれはあんまりだ。

慌てる私は次の行を読まずにパニックになった。


電話番号を知っているがかけて良いのだろうか?

逆効果ではないか?


そう思ったのだが落ち着いて最後まで読む事にすると「無縁仏にするもしないもあなた次第」とあった。


その後には「あなたが無宗派で死生観や死後の世界の有無、仏に対する思いのない人なら無駄だけど」とあったが、条件が書かれていた。


それは…

・父母に優人さんとあった事を私と弁護士から打ち明ける事。

・このまま生涯独身を貫かずに近年中に結婚をする事と報告をする事。

・どんな相手であろうとも自分から別れを切り出す事、妻として手を抜いて嫌われるように仕向けるのは認めない事。

だった。


後は夫になる人を愛そうが愛すまいが好きにして構わないと書かれていた。

それは幸せな思いをする事で優人さんを上書きしろと命令されているような物だった。


私はすぐに返信用に用意された封筒に「条件を受け入れるから無縁仏はやめてほしい。キチンとご両親と同じところに弔ってあげて欲しい」と書いた。



弁護士が来たのはそれから四日後の事だった。

弁護士の話には無縁仏の件だけではなく慰謝料請求も含まれていて確かに私は慰謝料請求には動じない。

お金に余裕はないが、バブルの亡霊達にご自慢の貯蓄から払って貰おうと思っていた。


母はみっともなく泣いて、父はある程度は仕方ない事だと言った。だが父は私に対する慰謝料請求と無縁仏を回避する為の条件の厳しさには何とかならないかと言ったが何ともならなかった。


こうして決まったのは結婚時にはキチンと報告をする事。

その後は年に一度、海さんから封筒でお墓の近況が届くから同封の返信用封筒で結婚生活の報告をする事になった。


話し合いは終わってみると呆気なく、手紙に貰った四十九日の納骨の報告が届く頃、季節は冬になっていた。



私は就職先を探すより結婚相手を探す事になった。

受身がちではダメだと思ったがあては何処にもない。


こう言ってはなんだが近所では悪い噂が付き纏った。

沖田塾の事件、優人さんの自殺、そして葬儀に呼んでもらえなかった事。

勝手に不倫の末に自殺されたと噂が流れてしまった。

そんな悪い噂の付きまとう私を嫁に貰う頭のおかしい男はいないだろう。


だが妙な偶然は重なるもので、父が古い取引先の知人から「急に結婚相手を探している男が居て、娘さんとか彼氏いたりする?お見合いとかどうかな?」と言われたらしい。


相手はどんな人間か気になり父に話を聞いて貰った。

この頃になると母とはロクな会話はなく、父は「間違った事をしたが悪いことではなかった」と言ってくれたことで多少の関係は出来ていた。


とんでもない大罪人を覚悟したが、話を聞くとただ生きる場所が違うと思い立って大学を勝手に中退し、自分探しで地元に帰りたくないと言っていただけの男だった。

罪というのには無理がありすぎるのはそんな息子を応援して自ら治療を後回しにした父が余命宣告を受けた事で、恨みをぶつけるようにその罪滅ぼしとして息子には地元に帰ってきて結婚をしてもらい孫を授かってもらい夢を叶えながら死んでいきたいと言ういい加減な話だった。


「それ、男の人は大迷惑だわ」

「父さんもそう思ったよ。だが話を聞く限りは悪そうな人ではない。どうだい?彼の地元は電車で1時間。悪い噂はついてこないと思うよ?」


そんな父の提案に一つお願いをした。

「でもいつ判明するかわからない。こんな悪評の女を貰うなら少しくらい救いが必要だと思うの。聞いてくれるかな?」


それはお見合い話を持ち込んだ知人に定職に就いていて生活が安定しているのなら受けたいと言ってもらう。

それは暗に就職の支援、仕事の斡旋をしろというモノだった。


父の知人は少し困った声で「相手…、鶴田さんって言うんだけど鶴田さんからも息子を雇って貰えないかって頼まれたんだよね。ウチは大卒しか取ってないのに「後生だから、人生最後の願い」なんて言われると古い付き合いだから断りにくいし…まあ…」と言っていたと言う。


「それでは私との結婚を条件に職に就いて貰いましょう。ただ試用期間で結果が残せなければ辞めてもらう方向でどうでしょう?」


この提案を聞いた父の知人は父に「…それは構わないけど…娘さんはどうしたんだい?良いのかい?」と心配をしてくれたそうだ。



私の事はなんでも良い。

優人さんの事しか考えていない。

まだ姿も見たことのない鶴田 昴と言う男には申し訳ないが付き合ってもらう。

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