第5話 異常なお見合い。

鶴田家とは正月明けに顔合わせをした。

家族3人ともキチンと正装をして会いに行く。

バブルの亡霊は気乗りしない顔だったが体裁を気にするあまり前日に美容院へと行っていた。


ひと目みた感想は鶴田家はおかしな事になっていた。

まあ我が天宮家も狂っていると思うので人の事は言えない。


初めての顔合わせ。

お見合いともなれば第一印象でNGが出るケースだってある。

私は優人さんの事があるから、重篤な病と闘っていたり、介護が必要だったり、薬物中毒者やアルコール中毒者などの余程の事がなければ拒否はしない。


だが初見の鶴田 昴は至って普通の青年だった。

顔はモテる顔ではないが女性達全員から相手にされないような顔ではない。

クラスに1人くらいは好意を持つ女子が居る。そんな顔だった。


私は地味な顔をしている。

鶴田 昴の好みではないかも知れない。


だがそんな事を考える暇も与えない勢いで不健康そうな顔の父親とその父親の介助をする母は「ようこそおいでくださいました」と出迎えてきて開口一番に出てきたのは「昴をよろしくお願いします」だった。



私は驚きを隠すように深々とお辞儀をして「天宮 美空と申します」と挨拶をした。


この場は終始異常だった。

なぜこんな事になっているのかを誰も聞かないし口にしない。体裁を気にするバブルの亡霊はひたすら沖田塾での事を聞かれないかとおどおどしている。

鶴田家は何も知らされていないようで「昴は職も決まっていますから安心して来てください」と鶴田父が言う。

うちのお父さんは返事に困っていたが何も知らないバブルの亡霊は自分が勤めていたバブル期に名前を聞いていた企業に勤めると聞いて「素晴らしい」と喜んでいた。


邪推になってしまうがどうしても優人さんと比較をされたようで気分を害してしまった。

顔に出たのか鶴田 昴が「天宮さんは疲れたみたいだから少し外で話してきてもいいかな?」と言う。


鶴田父は「勿論だ。誠意を見せてきなさい」と言い、お父さんは「大丈夫かい美空?」と言ってくれた。

私は優人さんの為にも「はい。行ってきます」と答えた。

その声は事務的、機械的で、発した自分でも背筋が凍りついた。




「すみません。父が無理を言いました」

外に出るなり鶴田 昴は謝ってきた。

真面目な顔、真剣な謝罪。

キチンと頭を下げる姿には好感が持てた。


「あまり気乗りされていませんよね。あの場でも父が先走っていて辛そうでした」

優しさも感じる。

だがそれは優人さんの優しさには敵わない。


「いえ、お気になさらないでください」

「……はい」


鶴田 昴は面食らって言葉が少し出てこないようだった。

それもそうだろう。

気遣ったのに気にするなと言われればそうもなる。


「天宮さん、天宮さんはおいくつですか?」

「今年24歳になります。鶴田さんは確か今年22歳ですよね?」


「はい。今日はどちらから?」

「え?知らないんですか?」

これには驚いた。

事前に最低限の情報は伝えてもらってそれでも良ければと父は知人に伝えてあった。


名前も歳も実家の所在地も説明をした。

「鶴田さんは喜んでいたよ。ありがとう天宮さん。でも良かったのかい?」

そう父の知人は言っていた。

あの人は嘘はつかない。


だから言えるのはあの父母が鶴田 昴に情報を止めていたのだろう。


「はい。すみません。俺は先日こちらに帰ってきました。帰ってくるまで職とけ…」

言いにくそうな辛そうな顔。

万一私も同じ立場で知らされていなかったらと思ったのかも知れない。


「お見合いの話は聞きました。ご安心ください」

その言い方に鶴田 昴は暗い表情で「すみません。帰ってくるまで職と結婚が決まっていた事を知りませんでした。今日の事も昨日急に言われました」と言う。


「あの…天宮さんは平気なんですか?」

「ご心配ありがとうございます。私は平気です。私で良ければよろしくお願いします」


深々とお辞儀をすると鶴田 昴は泣きそうな顔で「父のせいで申し訳ありません。父は余命宣告をされていて死ぬまでに願いを叶える為に孫を切望しています。本当に良いんですか?」と言ってくる。


普通の感性。

真面目な人、そして優人さんには敵わないが優しい人。

本当ならこの優しさの全てを受け止めて真面目さに顔をほころばせる女性が居たはずなのにとんだ貧乏くじを引かされている鶴田 昴には同情しかないが優人さんの為にも付き合ってもらう。


「はい。伺っています。よろしくお願いします」

私はまた深々とお辞儀をした。



泣く直前のような顔をする鶴田 昴に「遅くなるとご家族が心配をします。戻りましょう」と言う。


戻る道、鶴田 昴は「天宮さん。今ならまだ間に合います。無理をしないでください」と再度言うが、私は優人さんの為にも引き下がるわけにはいかないので「ありがとうございます。大丈夫です」と言った。


この会話で落胆をした鶴田 昴は鶴田家に戻るなり鶴田父に「父さん、おかしい。間違っている!」と声を荒げた。


「俺はまだしも天宮さんを巻き込むなんてダメだ!」

そう言った鶴田 昴に「昴!」と声を荒げたのは鶴田母で、直後に鶴田父は「昴、お前のせいで私はこうなった。それなのに最後の願いも聞けないのか?」と恐ろしい目…狂人の目で我が子を睨み付けていた。


そしてこちらはバブルの亡霊が鶴田 昴に「娘に何か至らぬところが?」と聞いて鶴田父に「この子は昔から愛想が悪くて、きっと昴さんも娘に不満があったのかも知れませんが是非前向きに娘を」と言う。


この段階でバブルの亡霊は娘を不倫の末に相手を自殺に追い込んだ不肖の娘から名の通った企業に勤める青年の元に嫁いだ不肖の娘にしてしまおうと画策している事はわかった。


鶴田父は「ははは、いえいえ。こんな素敵なお嬢さんに不満なんてありません、こちらこそよろしくお願いします」と言い、鶴田母も「よろしくね美空さん」と重ねてきた。


この場でまだ正常なのは父と鶴田 昴だけ、私はこんな時でも優人さんの為に頑張る気持ちで「はい。よろしくお願いします」と言った。



帰り道、父は「良いのか?」と再度聞いてくれた。


「いいの。ありがとう。でも彼が全てを知って破談になると困るし、彼以上の縁は見込めないから内緒にしてね」


父は辛そうな顔で「…わかったよ」と言った後で「でも彼は勿体ないくらいの好青年だ。私は安心したよ」と言って娘の将来を気遣ってくれた。




鶴田 昴は大学中退のレッテルを貼られていたが有能だと父は知人から聞かされていた。

それは贔屓も何もなく本当だったらしく、安心して結婚の運びとなった。


これまでの出来事を箇条書きにして沖田 海さんに送る。

そして「夫になった鶴田さんは何も知りません。ですので年に一度は実家に顔を出しますのでお手紙は実家宛にお願いします」と付け加えた。

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