第13話

 結婚して十年が過ぎた頃から、母に認知症の症状が出始めた。母校の助手から別の大学で准教授になっていた私は、仕事、子育て、母の介護とかつてない試練に見舞われた。父が一番、力になってくれた。今まで一切、家のことをしなかった父が、家事を手伝ってくれた。また、根気よく、同じことを繰り返して聞く母の話し相手になり、母と一緒に散歩をし、母に食事を食べさせた。

 私の方が、いらいらして、母にきつくあたり、その後は落ち込んでしまうことが多く、そのたびに父が慰めたり励ましてくれた。私は大学を辞めると言ったが、

「それは駄目だ。ここまできたのだから踏ん張れ。お母さんがお前のためにつくしてくれたことを無駄にするな。」

と、父に諭された。父は私に内緒で母を施設に入れる段取りをしていた。驚いた私に、

「病院に連れて行ってくれないか。」

と言った。父の体は病に蝕まれ、余命はわずかだった。

 母を施設に入所させたのを見届けて、父が入院した。危篤といわれて病院に駆けつけると、一時的に意識が戻り、父と話すことができた。

「私は先に逝くが、あまり間をおかずにお母さんを迎えに来る。」

それから二年後、母も逝った。


 現在、私は大学では教授になり、家では思春期の生意気な息子達の母として奮闘している。母のようにはできないが、妻でもある。





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