第32話

 中庭に移動する。この学校の生徒はほとんどが教室や食堂で食べるので、この時間の中庭は人が少ない。

 わざわざ中庭を指定するぐらいだ。なにか大事な話でもあるのだろう。

 俺と駿は中庭に置かれたベンチに並んで腰掛ける。


「それで、わざわざ俺をこんなところに呼び出して何の話があるんだ」

「そんなに慌てなくてもいいだろー。飯食いながらでいいぞ」


 駿はそう言うと、弁当の包みを広げる。俺もそれに倣う。


「かーっ、美味え。やっぱり昼飯が一番美味いわ。なんで午前中ってあんなに腹減るんだろうな」


 駿は弁当をがっつきながら、快活に笑う。


「確かにな。学校にいると昼休みが待ち遠しくなる」

「お前のそれは氷岬さんの手作りだもんな。この幸せ者め」

「羨ましいかこの野郎」

「当たり前だろ」


 駿は俺の肩を小突いてくる。


「そんな幸せ者のお前が、どうして汐見さんと付き合い始めたんだ」

「っ⁉」


 しまった。咄嗟のことで素のリアクションをしてしまった。それで駿は確信しただろう。俺と汐見が付き合っていることを。


「隠そうとしなくてもいいじゃないか。俺とお前は親友だろ」


 にやりと笑う駿。誤魔化す機は逃したな。


「ああ、汐見と俺は付き合ってる。けど内緒にしてくれよ。汐見には二人の関係は秘密にしよって言われてるんだ」

「へーそうなのか。隠す気ないのかと思ってたけどな」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味だよ。あれで隠そうとしているつもりだったことに驚きだね。勘のいい奴なら気付くんじゃねえの」


 失態だ。どうも汐見と付き合い始めてから周りが見えていないらしい。


「そんなにやばい?」

「やばいね。とうとう拓海が二股し始めたんじゃないかって思ったよ。実際そういう噂もあったし。用心しないとあっという間に噂になるぞ」


 駿は忠告してくれているのだ。うるさいと聞き流すのではなく、ありがたく聞き入れるべきだろう。


「それで、実際のところ俺が気になってるのは本当に二股してるのかってことだ」

「してない。氷岬と付き合ってるってのが嘘なんだ」

「まあ、だろうな。お前は汐見さん一筋だったから。そもそも急に氷岬さんと接点持ち出したのが謎だったし」


 駿は本当によく見ている。この親友には隠し事はできないと改めて思った。


「お前ら、一緒に住んでるだろ」


 出し抜けに、駿が核心を突いた。そこまで見抜かれてるならお手上げだ。

 俺は肩を落とし、溜め息を吐く。


「そんなにわかりやすかったか」

「まあこれはこの間お前停学になったじゃん。その時家に行ったら氷岬さんもいたじゃん。しかも俺たちが帰る時間になっても一向に帰る気配がなかったし。何よりお前の家の物の位置を把握しすぎてたな」

「待て。理由があるんだ」

「聞いてやるよ」


 駿は黙って耳を傾ける。俺は氷岬を拾うことになった事情を簡潔に話す。駿は口が堅い。周囲に漏らすようなことはないだろう。


「それマジか。そんな大変なことになってたんだな、氷岬さん」


 駿は驚いたのか目を丸くすると、眼鏡をくいっと持ち上げた。


「だから俺は氷岬を拾った責任がある。見捨てることなんてできねえんだよ」


 駿はしばらくぼーっとしていたが、やがて俺の顔を見据えると真剣な声色で言う。


「じゃあ、お前は汐見さんのことが好きで、氷岬さんのことなんとも思ってないんだな」

「……ああ」


 俺は嘘を吐いた。俺は汐見のことが好きだ。それは間違いない。だが氷岬のことも気になっている。そういう気持ちがある。汐見と付き合う為に、俺はその気持ちに蓋をした。

 だが、この感情は表に出すべきではない。相手が駿であれ、隠し通さなければならない。


「だったら、俺が氷岬さんを狙っても問題ないわけ?」

「え?」


 一瞬、駿の口から発せられた言葉の意味がわからなかった。


「いや、諦めようと思ったよ。お前と付き合ってるのなら。でも違うんだろ。お前は当初の片想いを実らせていたわけだ。だったら俺もって思うじゃん」

「駿、お前、氷岬のこと好きなの?」

「そうだよ。ずっといいなって思ってる」


 これは驚きだ。駿とは長い付き合いだが、今まで俺の恋の話はすれど、駿の恋バナは聞いたことがなかった。それがまさかよりによって氷岬とは。


「で、どうなんだよ」


 駿の目は真剣だ。いつものお調子者の影はない。俺は息を呑み、言葉を選びながら返答する。


「お前が誰を狙おうと、お前の自由だ。好きにしたらいい」

「……本当にいいんだな」


 駿は念押しするように確認してくる。


「これでもお前のことはずっと見てきたつもりだ。氷岬さんと接するお前は満更でもなさそうに見えた。だから聞いている。……本当にいいんだな?」


 駿はやはりよく見ている。俺の氷岬への感情も見抜いているのだ。だが俺は汐見を選んだ。汐見を泣かせるわけにはいかない。

 だから俺は駿の目を見据えて頷いた。


「ああ」

「わかった」


 駿はそう言うと残りの弁当を掻き込んだ。

 もう間もなく昼休みも終わる。

 弁当箱を片付け、俺たちは教室に移動し始める。

 空を見上げると分厚い雲が広がっており、陰鬱な気分になる。これから一雨振るのだろうか。湿気を想像し、俺は額の汗を拭った。

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