第31話

 翌日。俺は寝坊した。氷岬は俺を起こしてはくれなかったようだ。朝食を食べる時間はないが、急げば遅刻は免れるだろう。

 氷岬は既に家を出たらしく、朝食がラップをされてテーブルに置かれている。

 俺は準備をして家を出る。駆け足気味に学校に向かう。

 学校の校門に辿り着くと、俺と同じく駆け足でやってくる女子生徒がいた。


「はあ……はあ……間に合ったー」


 膝に手を付きながら肩で息をする女子は、ミディアムの黒髪がよく似合う女子だった。


「汐見じゃん。おはよう」

「あれ、藤本くん。今日は遅いね。もしかして寝坊した」

「汐見も寝坊したのか」


 俺たちは互いに笑い合う。


「昨日は遅くまで話しちゃったしね」

「そうだな。あんなに長電話したのは生まれて初めてだったよ」

「私も、だよ」


 汐見は上目遣いで恥ずかしそうに言う。それだけ相手との電話がお互い楽しかったということだ。


「こんなところでくっちゃべってる場合じゃないな。急ごう」

「そうだね」


 再び俺たちは教室に向かって駆けだす。

 教室に辿り着くと、氷岬がこちらを見ていた。俺は氷岬から視線を逸らしながら、自分の席に着く。

 俺たちが席に着いてすぐ、チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。

 汐見と付き合い始めて初の学校は、初っ端から躓いたが、汐見と一緒になれたからそれはそれで良かった。

 休み時間、俺は汐見と雑談に興じる。


「藤本くん、私たちのことどうする」

「どうするって?」

「付き合い始めたこと、公にするのか隠すのかだよ。ほら、藤本くんって今は氷岬さんと付き合っていることになってるし」

「あー、それな。氷岬と話し合ってみるよ。別れたってことにすれば、汐見とのこと隠さなくてもいいわけだし」

「隠すのは隠すので楽しそうだけどな」


 汐見が口許を手で隠しながら上目遣いで囁いた。


「汐見がいいなら俺はどっちでもいいよ。そういうスリルを味わいたいってことならそれもいいんじゃねえの」

「うん。ありがと。じゃあ、私と藤本くんの関係はふたりだけの秘密ってことで」

「あ」

「どうしたの?」

「いや、氷岬にはバレているんだよ。俺と汐見が付き合っているの」

「そうなんだ……」


 汐見が少し残念そうに肩を落とす。そんな姿を見たら、俺も残念な気持ちになってくる。


「それ以外には秘密にするから。それで納得してくれないか」

「うん、わかった。でも、2人だけの秘密って憧れてたから」


 汐見は溜め息を吐く。その溜め息を溢す様子が絵になっている。汐見がそう思ってくれているのがたまらなく愛おしくなる。


「そんなのこれからいくらでも作っていけばいいじゃないか」

「藤本くん……」


 俺たちは、バカップルの空気を纏いながら、休み時間を過ごす。付き合いたてのカップルなんてみんなこんなもんじゃないのか。知らんけど。

 授業中も俺たちのいちゃつきは止まらない。

 教室の1番奥の席であり、隣の席であることを利用し、俺たちはノートの切れ端を使ってメッセージのやり取りをするという、小学生がしそうな遊びをしていた。

 恋人ができると、互いに頭のネジが一つ外れるのだろうか。自分でも舞い上がっているという自覚がある。

 俺たちは教師やクラスメイトに見つからないように、メッセージのやり取りをするというスリルを楽しんだ。


『なんだか、凄く悪いことをしているみたい』


 汐見を見ると、口許に手を当てて微笑んでいる。


『実際、悪いことだろうよ。好きな物はなんですか』


 唐突にちょっとふざけて質問をしてみる。


『藤本くん。藤本くんの好きな物は?』


 速攻でそんな返事が返ってきた。俺はもう顔が熱くなるのを感じながら、返事を綴る。


『汐見だ』


 俺の返事を受け取った汐見が小さく吹き出した。耳まで真っ赤である。授業なんて全く頭に入ってこない。こんな頭の沸いている行動を俺と汐見がするなんて夢にも思わなかった。

 このメッセージを書いた紙がもし誰かに見られたりしたら、凄く恥ずかしいし、秘密どころではない。

 授業を終えた俺たちは少し照れくさくなって、互いに視線を逸らす。今頃になって互いに冷静になったようだ。汐見は俺の送ったノートの切れ端を後生大事に保管していた。


 え? そのメッセージずっと残るの?


 汐見にそんなことをされたら俺が捨てるわけにもいかず、俺も後生大事に保管することにした。

 そんな感じで午前中の授業を終え、昼休みになった。さすがに一緒に昼食を取ることはしない。そんなことをしたら、俺と汐見が付き合っていると疑う生徒も出だすだろう。氷岬の件が片付いていない今、そう思われるのは得策ではない。

 かと言って、汐見と付き合い始めた今、氷岬と2人で食べるのも避けたい。なら、1人で食べるしかないな。そう思って準備を始めようとすると、駿が声を掛けてきた。


「おー拓海―今日は一緒に飯食おうぜ」

「いいけど。教室でいいか」

「いんや。ちょっと話したいことがあるからな。中庭あたりでどうよ」

「別にいいけど」


 駿が俺に話ってなんだろう。疑問に思うも、俺は素直に準備を始める。

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