第2話
翌日。氷岬は俺より先に家を出た。テーブルを見ると朝食が用意されている。ごはん、味噌汁、納豆に冷奴と無難なメニューだ。
「美味いな」
普段、味噌汁なんて作らないので新鮮な感じを受ける。温かな朝食を食べるのは本当に久しぶりだ。
洗い物を済ませて家を出る。学校へ着くと氷岬は既に教室で教科書を読んでいた。今まで見ていた限り友人らしい友人はいなさそうだ。
自分の席に着くと後ろから誰かがまとわりついてくる。
「よおー、拓海。なーに氷岬さん見てるんだー」
肩に寄り掛かってきたのは悪友の金子駿だ。眼鏡の似合う顔で女子受けも悪くない男だ。だが本人がお調子者なところがあり、未だに彼女はできていない。
「別に。たまたま視界に入っただけだ」
「そうなのか。まあなんでもいいけどよー。氷岬さんのこと狙ってる男子は多いんだから注意しろよな」
「そんなことわかってるよ。俺には汐見がいるんだから」
「そうだよなあ。お前は汐見さんしか眼中にないもんなー。実るといいな、その恋。ほれ、噂をすれば」
教室の入口を見ると、汐見が丁度入ってくるところだった。
「おはよう、藤本くん」
「おう、おはよう汐見」
汐見は隣の席だ。席替えで隣の席を勝ち取った時の俺の心の叫びをクラス中の男子に聞かせてやりたいね。
俺と氷岬が一緒に暮らしてるってこと、絶対に秘密にしないと。
チャイムが鳴り、担任の女性教師が教室に入ってくる。
「おーい、お前ら席につけ。それでは朝のホームルームを始める」
担任は出席簿とにらめっこしながら欠席者がいないのを確認すると、大きく一つ頷いた。
「よし、今日も欠席者はゼロ、と。感心、感心」
担任はプリントを手に取ると前の席の人間に配っていく。前から後ろの席へプリントは回される。
回ってきたプリントに目を落とすと、『ボランティア募集のお知らせ』と書かれていた。なんでも学校の周囲を清掃する人員を募集しているようだ。
「あー、各クラス男女1名ずつ以上を募集している。希望者は挙手するように」
担任の呼びかけも虚しく手は挙がらない。
「面倒だと思う気持ちはわかる。だが誰かがやらなきゃこの問題はどんどん後回しにされる。最終はくじ引きになるだろうな」
それはもうボランティアと違うな。しかたない。面倒だが、ここは挙手しておこうか。こういう意味のない時間が続く方が嫌だしな。
そう思って俺が手を挙げると、他に手が2つ挙がっていた。
「氷岬と汐見に藤本か。3名も手を挙げるとは感心だな」
担任は拍手をして俺たちを称賛した。
図らずも、汐見と一緒にボランティアに参加することになった。惜しむらくは氷岬も一緒なところだ。そこは真面目さを発揮しなくても良かったのに。
「よ、よろしくね、藤本くん」
「ああ、こちらこそ。ボランティアに参加するなんて、汐見は偉いな」
「もう。それを言うなら藤本くんだって」
互いに笑い合う。あー、楽しい。汐見が笑うと世界が華やいで見える。本当に同じ学校に進学できて良かった。決めた。俺は汐見に告白する。中学から思い続けて五年間。そろそろ男になる時だ。
密かに決意を固めた俺はボランティアの間にどうにか2人きりになれるように汐見を誘い出す口実を考える。
「やるぞ、俺は」
強い決意を胸に秘め、俺は朝の授業に臨んだ。
放課後、ボランティアに参加する為、俺と汐見、それから氷岬の3人は教室に残った。
「おー、悪いな。今日はよろしくな」
担任はそう言って1人ずつ握手をする。
「よろしくね、藤本くん、汐見さん」
「ああ、よろしくな氷岬」
「よろしくね、氷岬さん」
互いに挨拶を交わした俺たちは、担任に付いて教室を出る。グラウンドに出て倉庫に向かった俺たちは、軍手やゴミ拾い用のトングを持って正門の前に集合する。
「それじゃクラスごとに集まって清掃開始だ」
学校の周囲に捨てられたゴミをトングで挟んでゴミ袋に詰めていく。俺がゴミ袋を持つ係をする。分別もきちんとしなければいけないし、ゴミ袋を持つのは簡単な仕事ではない。
「それにしても、あなたがボランティアに参加するなんて思わなかったわ」
氷岬が声を掛けてくる。汐見は少し離れたところでゴミを探している。少しぐらい話しても大丈夫だろう。
「なんでだよ。俺ってそんなに冷たい人間に見えるのか」
「いいえ。家事が苦手だって言っていたから、面倒なことは嫌いなのかと思っていたの」
「まあ確かにそれを言われると否定しづらいところはあるが。まあ、要するにだ、ああいう話が長くなるのが面倒だっただけだ」
「やっぱり面倒なことは嫌いなのね」
「そういうことだ」
氷岬は薄く微笑むと、悪戯っぽくウインクして見せる。
「これからはその面倒なこと、私が代わりにやってあげる」
それはどういう意味で言っているのだろう。家事を肩代わりしてくれるという意味だろうか。それはありがたいがそもそも氷岬のような女子を家に置くことになったこと自体が面倒ごとなんだがというツッコミはなしだろうか。
「まあ、よろしく頼むわ」
「なんだか仲いいね、2人とも」
「うわっ! びっくりした。いつの間に戻ってきたんだ、汐見」
「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
いつの間にやら戻ってきていた汐見が、慌てたようにあわあわしている。……可愛い。
「いや、氷岬とは最近ちょっと話すようになった。それだけだ」
「そうなんだ。ごめんね、なんか邪魔しちゃったみたいで」
なんだか妙な誤解をされてしまったようだ。不本意だ。少しの油断が命取りになるのを肌で感じた俺は、今後はもっと気を引き締めなければならないと思った。
いや、誤解は解けばいいのだ。俺が誰を好きなのかをきちんと伝えればそれで解決する。
「そうだ、汐見。今日ボランティアが終わったら時間あるか。ちょっと話したいことがあるんだが」
「え? うん。大丈夫だけど。何かな話って」
「大事なことだから2人だけで話したいんだ。だからまた後でな」
「うん、わかった。今はゴミ拾いに集中しなきゃだね」
そう言って微笑む汐見が本当に天使で、俺はスマホを取り出して激写したい衝動に駆られる。だがリアルにそんなことをすれば変態のレッテルを貼られるので、ここはぐっと堪える時だ。告白が成功すれば、この笑顔は俺だけの物になるのだから。
ゴミ拾いは順調に進み、担任の合図でボランティアも終了と相成った。俺は氷岬に「先に帰ってくれ」と耳打ちした。
倉庫にゴミ拾いの道具を片付けた俺たちは教室に鞄を取りに戻る。氷岬には鍵を渡し、先に帰ってもらった。
いよいよ、俺の恋を実らせる時がやってきた。汐見を想い続けて苦節五年。長かった。俺は勝利という栄光を勝ち取る為、自分を奮い立たせるのだ。
誰もいない放課後の教室。既に学校に残っているのは部活動に勤しむ生徒だけだろう。俺と汐見を除いたら。
「それで、話って何かな」
自分の席を挟んで汐見と向かい合う。心なしか少し頬が赤く染まっている。汐見ももしかしたら薄々雰囲気で察しているかもしれない。ここは男らしく、びしっと決める。
「汐見、実はお前に言いたいことがあるんだ」
緊張で呂律が上手く回らない。それでも言うんだ。俺の気持ちを、思いの丈を汐見にぶつけるんだ。
「俺は――」
汐見が息を呑んだ。
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