第1話
クラスの女子を拾った。それもとびきりの美少女を。こんなことを言ったら色々勘違いされそうだが、断じて下心があって拾ったわけではない。
それに俺には想い人がいる。そいつを裏切ることはできない。それなのに。
――なんなんだこの状況は!
氷岬は俺のベッドで一緒になって眠っていた。シングルサイズのベッドに二人が寝るのはぴったりとくっつかないと狭い。ジャージ姿の氷岬が、俺の背中にぴったりとくっついている。
おかしい。氷岬には両親の部屋を貸し与えたはずだ。そこにベッドもある。それが夜中に目を覚ますと俺のベッドに潜り込んでいやがった。
穏やかな寝息を立てる氷岬とは対照的に、俺の心音は激しく高鳴っていた。動こうにも抱き枕のように拘束されているので、無暗に動いたら変なところを触ってしまうかもしれない。そんなわけで身動きが取れない俺は、どうしたものかと頭を悩ませる。
背中越しに伝わる柔らかな感触。替えの下着は持っていなかったはずだから、今氷岬はノーブラということになる。柔らかさがダイレクトに伝わってきて、変な気分になる。
「おい、氷岬、起きろ」
耐えかねた俺は氷岬を起こすことにする。
「……むにゃ」
だが、氷岬が起きる様子はない。しかたない。ここは一か八か体を動かしてみるか。俺は慎重に氷岬の拘束から逃れようと体を動かす。抱きしめられている腕を抜こうと手を動かすと、手の甲に柔らかな何かが潰れる感触があった。
「しまった」
それが何かを悟った俺は冷や汗を掻く。不可抗力とはいえ女子の胸に触れてしまった。これじゃまるで氷岬が眠っているのをいいことに好き放題する変態みたいじゃないか。
「ううん……」
やや強引に腕を抜いたら色っぽい声が耳を掠めた。やっぱりこの時間は耐え難いものがある。俺は拘束から逃れることを諦め、再び氷岬を起こすことに方針を切り替える。
「おい、氷岬。頼むから起きてくれ」
「……むにゃ、あれ、藤本くん。どうしてここに」
氷岬は俺の拘束を解いた。俺は寝返りを打つと氷岬に言う。
「それはこっちのセリフだ。どうしてお前が俺のベッドに潜り込んでいるんだ」
氷岬の顔がすぐそばにあった。長いまつ毛、目尻には涙が溜まっている。艶めく唇からは涎がほんの少し垂れており、なんだかいけない姿を見ている気分になる。
いや、女子とこうして同衾している時点でいけないことをしているのだが。
「ごめんなさい。私ってよく寝ぼけるの」
「勘弁してくれよ、心臓に悪いっての」
互いの吐息が掛かる距離で俺たちは囁き合う。視線が絡まり逸らすことができない。
「ごめんなさい。でも、一緒のベッドで寝られて嬉しかったでしょ」
「馬鹿言うな。さっさと自分の部屋に戻れ」
「あら。どうせなら朝までこうして」
「出てけ!」
半ば無理矢理氷岬を部屋から追い出した俺は、ようやく安堵の息を吐く。まさか氷岬にこんな悪癖があっただなんて。あんなんじゃ処女膜がいくつあっても足りないだろう。そんな下種な発想をしているのが、我ながらキモいが。
「いい匂いがする」
明らかに自分の匂いじゃない。氷岬の匂いだ。クラスメイトの女子を拾った1日目。俺は氷岬の匂いに包まれて眠った。正確にはなかなか寝付けなかったが。
翌日。休日ということもあり俺は結構遅い時間まで寝ていた。いつもの感覚で寝ていたが、よくよく考えてみればこの家には今、俺一人じゃない。それに気付いて慌てて起きてくると、氷岬はリビングでくつろいでいた。
「あら、おはよう。いいえ、おそようかしら」
「悪かったな。休日ぐらいゆっくり寝させてくれ」
欠伸をしながら俺は洗面台に赴く。洗顔と歯磨きを済ませリビングに戻る。
「それで、どうするんだ。お前着替えもないんだろ」
「うん。それは考えてるわ。今日自宅に戻って着替えとか学校の道具とか持ってくる」
「手伝ってやるよ。1人で運ぶの大変だろ」
「ありがとう。優しいのね、藤本くん」
「優しくなかったら拾ってない」
「それもそうね。ごめんなさい。勝手に台所を弄るのもよくないと思ったから朝食はできていないわ」
「別にそんなのかまわねえよ」
俺は食パンを2枚取り出すと、トースターに放り込む。焼けるのを待っている間にインスタントコーヒーを入れてテーブルに運ぶ。
「お前、コーヒーは飲めるのか」
「ええ、大好きよ」
「なら良かった」
氷岬の分のコーヒーも入れると、テーブルに運ぶ。トーストに塗るのはバターとジャムどちらがいいか尋ねるとバターと返ってきた。
「いただきます」
2人して遅めの朝食を取る。こうして誰かと食事を取るというのはいつ以来だろうか。それも家族以外とこうして食事を取るのはなんだか新鮮だな。
「ねえ、今晩から私が料理を作ってもかまわないかしら」
「え。ああ、お願いするよ。俺は、料理はからっきしだからな」
トーストをかじりながら、俺は頷く。せっかく氷岬を置いてやるのだ。それぐらいの対価を望んでも罰は当たるまい。それにそれぐらいのことをさせた方が、氷岬も気を遣わなくていいだろう。
朝食を終えた俺たちは早速氷岬の家に向かう為、戸締りをする。そして二人並んで氷岬の家へ向かった。
氷岬の家から戻った俺たちは、荷物を両親の部屋へ運んだ。荷物といっても2人で持って帰れる分しか持ってきていないので必要最低限だ。そんな中でも教科書類は意外とかさばって男の腕の見せ所を発揮したが。着替え等を氷岬が運んだ。
両親に事情を説明したいところだが、いくら電話しても繋がらないので掛かってきた時でいいかと開き直った。本来ならば両親の許可を取る必要があるが、うちの両親はおおらかで変わっているのでなんだかんだ許してしまいそうな気もする。
「さて、荷物の移動も終わったところで、この家で済むうえでのルールを決めようと思う」
「そうね。それは藤本くんに任せるわ。私は何か言える立場ではないのだし」
「まあそう言うな。氷岬だってできれば快適に過ごしたいだろ。意見があったら言えばいい」
どうせだったら気持ちよく過ごしてもらいたい。弱みに付け込むようなことはあまりしたくないからな。
「ルール、と言っても特別なことは何もない。互いのプライベートは尊重しようだとかその程度だ。基本的にはこの家では自由に過ごしてもらってかまわない」
「本当にいいの?」
「ああ。ただし1つだけこれだけは守ってもらいたいことがある」
「なにかしら」
「俺たちの関係を、学校の連中に絶対にバラさないことだ」
氷岬を拾った際に真っ先に危惧したのはこれだった。学校の連中に知られたら、どんな噂を立てられるかわかったものじゃない。氷岬にしても、よくない噂が立つだろう。
「わかったわ。それは守る」
「バレない為に登校は時間をずらす。それでいいか」
「かまわないわ」
俺は氷岬を家に置いていることを絶対に学校の連中に知られるわけにはいかないのだ。そんな噂を立てられたら想い人の耳に入ってしまう。それだけは阻止せねば。
だったら始めから氷岬を拾ったりするなよな。後悔してももう遅い。今更追い出すなんて真似ができるか。
「バレたら付き合ってると思われるわね、きっと」
「そうだろうな。俺なんかと付き合ってると思われるの、お前も迷惑だろ」
「あら、そんなことないわ」
「は?」
「私は藤本くんと付き合ってもかまわないわよ。君、優しいし」
頬杖を突きながら微笑む彼女に、照れくさくなって顔を逸らす。
「馬鹿言ってるんじゃねえ」
「ねえ。いっそのこと結婚しちゃいましょうか、私たち。そしたらこうして同棲してるのもなんの問題もなくなるわ」
「ばっ、高校生が結婚なんてできるわけねえだろ」
「あら。18歳になったら結婚できるわよ」
「確かに俺は18だが、それとこれとは別だ」
「どうせなら、本気で目指してみようかしら。藤本くんの奥さんっていう立場」
「冗談はよせよ。胃が痛くなる」
冗談か本気か、不敵に微笑む氷岬に俺は頭を掻いた。
こうして、俺と氷岬には秘密ができた。果たしてこの秘密を守り通すことができるのか。いや、絶対に守り通さなければならないのだが。
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