第47話 訪問

アーク歴1498年 伍の月


ヴェルケーロ領



こちらに来て1か月余りが過ぎた。開発は急ピッチで進んでいる。


長屋が出来たし、畑もガンガン広がった。

リヒタール領の開発をしたときは平地だったが、こちらは山がちの土地なのでどうしても段々畑になる。

そして高度が高く、気温はやや低い。

こういう立地ではやはりコメや麦のような穀類は作り辛くなる。

必然的に穀類は作ってもソバや稗粟のようなものが多くなる。


という事で山がちの土地で育成出来、出来れば出荷して儲けることが出来るモノ、それでいて俺の特技が生かせると言えば…それは果物やお茶だ。


特に蜜柑や柚子などの柑橘類は日本でも山がちな土地で栽培されている。

でも蜜柑は気温がマイナス5度だか10度だかになるような土地だと栽培できない。

柚子やレモンはどうだったかな?同じ柑橘だからあんまり寒い所では厳しいだろうけど…

まあどちらにしても地球と全く同じ植生だとは考えづらいが。



世界で最も栽培されている果物と言えば、それはブドウだ。

と言ってもそのまま食べるためではなく、ワインに加工して飲むためだ。

ブドウ作りからワイン造りを試してみたいが、今ウチの領地には経験者はいない。そのうち探そう。


若い女の子に裸足でブドウを踏ませるという、とってもアレなおじさんたちが喜びそうな作り方をテレビで見たことはある。きっと取材スタッフもアレでアレな人が多かったんだろう(偏見


ブドウも割と山がちな土地でもOKだし、比較的寒いところでも問題ない。

後はリンゴなんかもそうだ。基本的に長野県や東北、北海道で作れるようなものを考えれば大丈夫か?


問題は俺たちはまだここでの真冬の寒さを知らないって事なんだよな。

野菜類も今の所少し涼しいとは感じているが特に問題ないと思う。でも冬場はどんなもんなのか。


とりあえずはここで元々暮らしていた住民に冬場の事について色々と質問してみた。


「雪はいっぱい降るのか?」

「酷い時は屋根まで降りますだ!」

「ふーむ。その間の食べ物はどうしているのだ?」

「干し肉や白菜や大根を食べますだ!」

「鍋で一緒に煮込むのか?」

「そうですだ!」


うん。大体思った通りだった。

コッチに来た時には冬の終わりだったが大体そんな状況だったからな。


そして家の中では内職のような事をして過ごすと。

酷い時にはまともに外に出ることもできないくらい吹雪く、だと。


うんうん。大体予想通り…


……畜生!あのクソ大魔王め!

何てところを俺に押し付けやがる!


とは思わない。…まあ少しは思うけど。

俺も前世では雪国で暮らしてたこともあるし、暖かい太平洋側で暮らしたこともある。それぞれにいい所、悪いところはあるものなのだ。

まあぶっちゃけ、雪いっぱいで寒くてしょうがない所より暖かくて雪の降らない地方の方がはるかに楽だけどな!


取りあえずは冬場に出来そうな内職とそれのもとになるモノを探してみよう。

もしくはおねだりしよう。



ブドウとリンゴの苗はすぐに見つかった。

マリアに探しといてと言っておいたら、便利な忍者部隊の皆さんたちが見つけてくれたのだ。


そして行商のフリして次の月には持ってきてくれた。

勿論俺が全部買い取った形にして早速整地したところにホイホイと植えまくった。

そして樹魔法で毎日魔力を注ぎ込み、成長を促す日々だ。


だが、俺のもう一つの探し物は見つからなかった。


「というわけでおねだりに来ました!」


という訳で大魔王様にご相談だ。

徒歩や荷車のみんなを連れてなら時間がかかるが、一人で馬に乗ってならなんてことは…まあなんてことはある距離だが。ちょいちょい来いと言われているのでどうという事はない。師匠と二人、ちょっと遠乗りと思えば…


「ふむ。クソ大魔王…か」

「やだな、それは言葉の綾ってやつですよ。へへへ。えーと、それで探してるのはカイコです。麻に綿花は見つけたんだけど蚕は見つからなくって。」

「『かいこ』とは…ああ、頭に思い浮かべればいい」


大魔王様は苦笑いを浮かべているが、本当に怒ってるわけじゃなさそうだ。だよね?


えーと、それで。

蚕とはまあ一口で言えば蛾の仲間だ。


勿論、蛾を飼いたいわけじゃなくて、さなぎになる時に作る繭が目当てなわけで。

幼虫を育て、さなぎになったときに作る繭を採取して、そこから糸をつむぐ。

その糸を使った糸が絹糸であり、織って生地にすれば最高級のモノになる。


とまあ、ぶっちゃけて言うと別に蚕蛾じゃなくっても、大人しくて上質の糸をホイホイ取れる生き物なら割と何でもいい。蚕蛾で絹を作るのだって、蚕の出す糸が凄く良いってのもあるけど飼育も簡単だし、割と楽に糸を取ることが出来るからって条件も大きいと思うのだ。



冬場は領民が家であんまりやることがない。

ならば冬にやれることを増やせばいいだけなのだ。


少し大きめの工場を作り、皆を集めて暖を取りながら糸を紡ぎ、服を作る。

そして春になれば売りに行く。うん、完璧だ!


服と言えば絹や綿に羊毛、それから化繊のイメージはあるが、化学繊維は無理ゲーもいい所だ。

他には現在はあまりメジャーではないが、苧麻や青苧、いわゆる麻を用いた服もある。

いわゆる越後上布は苧麻を使って作る。

手でモミモミして布にした後外に出して雪にさらす???らしいのだ。


うーむ、さっぱり具体的なイメージが沸かないなあ。

兎に角、草から布ができるってのは俺の魔法とすごく相性がいい。


これも頑張らないと。

後はリヒタールでやろうとして諦めた羊毛産業。

うーん。繊維関係ばっかりやな。もう繊維の街を作るか!?



「ふむ。雑念だらけだが、お前の考えていることは分かった。」

「おお!では蚕が」

「お前の言うカイコガは儂は見たことがない」

「…はあ。」

「なので代わりに情報を与えよう」

「はあ?」


蚕の代わりに情報。

つまりはご褒美になるほどの情報。なんだ?


「―――儂は心を読める。分かっているな?」

「当然」

「事件の後、儂が謁見したものの中に首謀者はいない。企てを知っていた者もいない。」

「…はい」


…これは大きな情報だ。

以前に調べておくと言っておいてくれたが、大魔王様の部下はともかく本人を謀る事はまずできないだろう。心を読めるのだ。どうやって防御すればいいのか。

なんかお守りとかアクセサリーとかあんのかな?


「お守りなど無い。有ってもおかしい事に気付く」

「そうですね、すみません。では、後でこれまで謁見した者のリストを貰っていいでしょうか」

「すでにマリラエールに用意させている」

「ありがとうございます」

「うむ」


やった。これでかなり犯人を絞ることが出来る。

何か月もたってロクな情報が無いからどうなってるのかと思ってたけど…ちゃんと調べてくれてたんだ。有り難いことだ。お仕事で疲れてるだろうに…ああそうだ。忘れてた。


「あー、ところでこれ。我が領でやっと採れた野菜です。どうぞ」

「ふむ、中々の出来であるな。」


お土産に持ってきたのは夏野菜。

トマトにナスにキュウリにオクラだ。

どれも栽培が簡単だから先月到着してすぐに魔力を注ぎながら育てて、ちょっと早いがいい感じで食べられるようになってきた。

魔力モリモリで促成栽培をした物だが、味は全然悪くない。


幾らなんでもまだまだ寒いので露地で普通に育てては収穫まで至らない。

だから数もあんまりないんだけど。


トマトのリコピンは抗酸化作用があっていわゆる悪玉コレステロールの酸化を防ぐから血流を改善する効果や、生活習慣病を予防する効果があるとされている。他にも美肌や視力の回復にもいいと。

ナスはほとんどが水分だが食物繊維は豊富で生体調整機能に優れている。

キュウリは95%以上水分で栄養の欠片も無いかと思いきや栄養価は意外と高い。

オクラは見るからにネバネバがスタミナ付きそうだが、実際その通りでビタミンはすごく豊富。ビタミンCやカルシウムも豊富なので夏バテにもバッチリなのだ。


というわけで、全体に水分ばっかり多そうな夏野菜さんたちは実は栄養価が非常に高く、疲れた体にいいのである。いつ見ても疲れてそうな大魔王様もこれでバッチリ!うんうん。


「儂そんなに疲れているように見える?」

「えーと、お爺ちゃんをいたわるのは孫の仕事です?」

「ふん、そうか。だがもうオマケはやらんぞ」

「はーい。まあ、またこれからも収穫物は持ってきます」

「ああ、楽しみにしておこう。それから牛馬だが、まだ準備に時間がかかる。遠いからな…」


おお、牛馬!待ちに待った牛馬が…と思ったがまだだって。

しかし、領地が遠いのはしょうがないけど遠くにしたのはこのジジイのせいじゃないか。


「まあそうとも言う」


ですよね。

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