第12話

「私にそんなふうに頭を下げないでください。敬語も使わなくていいですから……」


「そういうわけにはいきません。アメリー様は殿下の大事な番様なのですから」



オフェリーさんが困ったように眉尻を下げる。また出た。“番”ってなに?胸がモヤモヤして気持ち悪い。みんな番様って言う。頭を垂れ敬う。私が何をやってきたのか知らないの?知ってたら絶対にそんなこと言えないはずだ。なぜか無性にイラつく。



「……やめて。その呼び方嫌い」


「申し訳ございません。以後気をつけます」



また頭を下げる。表情も崩れない。それがさらに私をイラつかせる。この人のこの表情を崩してやりたいと思った。



「なんで……なんでそんなふうにできるの……?私は……私はただの奴隷で、たくさんの人を殺してきた暗殺者なんですよ……!」



私はなんで今目の前の人に怒っているの?この人がどうしてここまでしてくれるのかわからない。なぜそこまで優しくできるのだろう。殿下の番だから?目が覚めてから情緒が不安定すぎる。自分で自分を止められない。



「私はたくさんの人を殺してきて、さらに王太子殿下まで殺そうとしたんですよ!?でも誰も私を責めないし、罰しない!なんでですか?殿下の番だから?私の国では殺人は罪で殺人未遂も罪です!しかも3人以上殺せば死刑はほぼ確定でした!なのに私は生きていて、咎められることなくここにいます……!」



一足でしゃべったからか息切れがする。



「私は数えきれないほどの人を殺した……!命令されたからとかそんな理由じゃない。自分を守るために殺した!私は生きるために、自分の命のために他人を犠牲にした!ただ死にたくなかったから!それだけの理由で!」



オフェリーさんが何か言いたげにしているけどもう止まらない。



「私はあなたが思ってるような人間じゃありません。私は薄汚くて卑怯な暗殺者なんです。だから……お願いします。これ以上私に優しくしないでください……。お願いします……!」


「…………もういいです。もう無理をして話す必要はありません」



オフェリーさんが静かな声で言う。でも私の口は勝手に動く。今までずっと溜め込んできたものが溢れ出すように言葉がこぼれる。



「……私はいつの間にか麻痺していたんだと思います。毎日のように人を殺す日々、最初の頃に感じた恐怖と罪悪感は次第に感じなくなりました。任務をこなす度に心の奥底に押し込めて必死に蓋をしてきたんです。でもこうやって我にかえると抑えていたものが一気に溢れ出しそうになるんです……」



涙腺まで緩みそうになって慌てて目に力を入れる。泣くもんか。泣いてたまるか。こんな醜態を晒すなんてありえない。唇を噛んで耐えるているとふわりと温かな体温に包まれた。



「アメリー様は何も悪くありませんよ……と申してもあなた様の性格上納得はできないのでしょうね……」



オフェリーさんに言われて俯く。



「こんなことは慰めにもならないかと思いますが一つだけ言わせてください」


「はい……」


「まず、奴隷の身で犯したことは罪には問われません。奴隷は命令でししか動けず、その命令がどんな大罪を犯したとしてもそれは命令した者の罪であり奴隷の罪ではありません。アメリー様の場合もそうです。アメリー様自身が殺したいと思って殺したわけではないのでしょう?」


「それは……はい、違います」



私は殺したいと思ったことはない。ただ仕事だから、命令されたから、言われた通りにやっただけだ。そこに私の意思はない。



「ならばよいのです。奴隷は命令に逆らえません。それを理解した上での命令だったのならアメリー様の責任ではなく、命令した者の責任になります。だからそんなにご自分を責める必要はないのです」



オフェリーさんはそう言ってくれるが、やはりどうしても割り切れないところはある。



「あまり気に病まず、これからはあなた様の思うまま自由に生きてみてください」



オフェリーさんの言葉に思わず目頭が熱くなる。この人は本当に優しい人だ。私が少しでも楽になるような言葉を選んでくれている。それがわかってしまう。



「……私にできるでしょうか……?」


「はい、きっとできますよ。私も微力ながらお手伝い致します」



オフェリーさんは優しく微笑んでくれ、私も少し心が軽くなった気がした。

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