第11話
まだ外が暗い中、私は目を覚ました。
結局今日も全然眠れなかった。5年前のあの日から眠りが浅く毎日のように悪夢を見る。今日は悪夢というより自己嫌悪する胸糞悪い夢だったが。
初めて任務に行った日が一番酷かったと思う。「殺せ」と命じられたターゲットを殺した瞬間、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。ただ命令された通りに殺しただけなのに心の奥底から湧き上がる罪悪感に押し潰されそうになったのだ。
「…………っ!」
声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまる。夜中に目が覚めて自分の身体を抱き締めながら震えている。殺した人が夢に出てきて私を殺そうとする。怖くてたまらなかった。
それからというものの、私は毎晩のように同じような夢を見て飛び起きるようになった。初めの頃は寝不足のせいで日中眠たくて仕方がなかったけど5年も経てば人間というか獣人の体というのは不思議なもので慣れるのだ。今となっては寝なくても全く支障がない。
少し散歩でもしてみようかと扉を開けるとオフェリーさんがいて悲鳴を上げそうになる。この人ほんとに気配がないから心臓に悪い。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。ですがアメリー様が起きる気配がしたのでお茶でもどうかと思いまして」
そう言って微笑むオフェリーさんの表情からは悪意や敵意は全く感じられなかった。私は無言でうなづくとオフェリーさんを部屋に招き入れる。
「ありがとうございます」
部屋に入るとオフェリーさんは手際よく紅茶の準備を始めた。私が何か手伝いますと言う前にもう準備を終えていた。仕事ができる女性だ。
「どうぞお座りくださいませ」
促されるままソファーに座っていると目の前には美味しそうなクッキーが置かれていた。
「よろしかったら召し上がっていただけると嬉しいのですが……」
遠慮がちに言うオフェリーさんの言葉を聞き終わっても私は手を伸ばせないでいた。食事にはいい思い出がなかったからだ。
「ごめんなさい。せっかく用意してくださったのですが……」
奴隷の時まともな食事を食べたことがないと言ったが、それは言葉の通り腐っているものやカビの生えているもの、さらに訓練と称して毒が混ざっていたからだ。だからと言って別に食べたくないわけではない。目の前に焼きたてのおいしそうなクッキーがあるのだ。食べたい気持ちは山々だがどうしても警戒してしまう。
「大丈夫ですよ。これは私が作りましたし、何も入れておりません」
毒味も致しましょうかと言われたがそこまで疑うのは失礼なので断った。それにもし仮に何か入っていても多少の毒なら効かない。
しばらく無音が続く。その間オフェリーさんがずっと微笑みながら私を見てくるので気まずさを感じる。でもせっかく作ってくれたんだからという思いと気まずさに耐えられず、意を決してクッキーを口に運ぶ。サクッとした食感と共に優しい甘さが口の中に広がる。5年ぶりの甘味に少し頬が緩むとともにしっぽがゆらゆらと機嫌良く揺れた。
「ふふっ、お口に合いましたでしょうか?」
オフェリーさんに言われてハッとする。無意識のうちに尻尾を動かしていたようだ。慌てて気を引き締めるが耳もきっとピクピクと動いている。恥ずかしくて顔が熱い。
「その様子だととてもおいしく頂けたみたいですね」
そう言いながらオフェリーさんは嬉しそうに笑っている。その言葉にこくりとうなづくとオフェリーさんは満足げに目を細めた。
「よかったです。これは胃に優しいクッキーなのでお体が弱っているアメリー様にも負担なく食べられると思って作ったんです」
……驚いた。まさか私の体調まで心配してくれていたなんて。優しく笑うオフェリーさんの顔を見るとなんだか警戒していた自分がバカらしくなった。こんなにも気遣ってくれる人を疑っていたなんて申し訳ない。この人は信用できるかもしれない、そんな気がした。
「……疑ってごめんなさい。そしてありがとうございます。これ……とてもおいしいです」
素直に謝ることと感謝を伝えることは大事だと思う。私は今まで母親に素直に言えなかったことを後悔している。でも今は違う。ちゃんと言わないと伝わらない、伝えられないと学んだから。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。アメリー様の事情も考えずに出過ぎた真似をしてしまいました」
オフェリーさんが頭を下げる。私は慌ててオフェリーさんに気にしないで欲しいと伝える。だって悪いのは私なのだから。
「……本当にありがとうございます」
再度お礼を言うとオフェリーさんが恐縮するように再び頭をさげる。それを見た私は少しモヤモヤした。
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