その9 告白

『私、探偵さんにお会いするのなんて初めてです』

 彼女は俺の顔を興味深げに眺めてそう言った。

 そりゃそうだろう。

 探偵と警官なんて、出来れば会いたくないだろうからな。

 自分が呼んだならともかく、だ。

『俺・・・・いや、私も漫画家にお会いするのはこれが初めてです』

 ウソが嫌いな俺だが、ここは相手に合わせて方便を使うことにしよう。

 前に何度か漫画家には逢ってる。

『しかし正直驚きました。女性がエロ・・・・いや、失礼、男性向けのアダルトコミックを描いてるなんてね』

『誰もがそう言います。でも、近ごろは多いんですよ』

 彼女によれば、同人誌なんてものが流行り始めてからというもの、女性でもかなりきわどい成人漫画を描く作家は増えているのだという。

 しかしやっぱり彼女も女だ。

 友人や、ましてや家族にまでこんなものを描いてるなんて知られたくはないから、男か女か分からないペンネームを使っているのだという。


『それで、私が聞きたいのは・・・・』

 俺が切り出すと、彼女は言葉を遮り、

『”ハーブティを”のことでしょう?』と告げた。

『分かってるんです。あの作品のことで、脅迫を受けていることや、それに関連して殺人事件があったことも』

 俺は彼女の顔を見つめなおす。


『それについて心当たりは?』

『ありません』きっぱりとした口調だった。

『私は一応プロの漫画家です。自分が描きたいものを描いてきました。売れないからって、簡単に方向性を変えるのは嫌です。エロ漫画も、自分が”これを描きたい!”と思ったから描いているんです。』


『ブログの管理は担当編集さんと、私のマネージャーがやってくれてます。でも私も手が空いた時には読むようにしています。だから、一部の読者が私の作品に否定的で、掲示板が炎上したのも知っています。』

 驚いた。

 正直、本当に驚いた。

 俺はエロ漫画だから、もっと気楽に描いているのかと思っていたが、これほどまでに真剣だとは考えてもいなかった。


『じゃ、今後も方向性を変えるつもりは?』

『ありません』

『自分が狙われることになってもですか?』

『ええ』

 どこまでも意志の強い女性だ。

『なるほど、分かりました。犯人の心当たりはない。しかし仮に脅迫が続いても描きたいものを描き続ける・・・・それなら別の角度から当たって見る方がいいですな。』

 俺は残っていたコーヒーを飲み干し、ソファから立ち上がりかけた。

『ところで”浦島太郎”からはその後何か言ってきましたか?』

 俺が問いかけた時、彼女はもう自分のデスクに戻って執筆を開始していた。

『え?なんです?』

『”浦島太郎”君のブログにかなりきつい書き込みをしていたファンですよ』

『ええ、一時炎上してからは何も?』

 そうか、俺はそう言い、部屋から出て行こうとした。

 彼女はもう既に原稿に集中している。

 と、俺は何気なく空いているアシスタント用の机を見た。

 一通の封筒が乗っている。

 丁寧な字で、住所と、そして何故か彼女の本名が書かれてあった。

 俺は急いでその封筒をスマホのカメラで写した。


『邪魔したね』

『いいえ、又何かあったらどうぞ』

 そうは言ったが、彼女はまったく顔をあげない。

 原稿に向かって、一心不乱にペンを動かしている。


 

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