その8 行動開始 後編

 5秒後、俺は内ポケットに手を突っ込み、シガレットケースを出した。

『あのう、ここは禁煙なので』

 RYOU先生が少し嫌な顔をした。

 だが、俺は何も言わず、シナモンスティックを一本摘み、口に咥えて一齧りした。

 それで向こうも分かったんだろう。それ以上咎め立てをすることもなかった。

『気分を落ち着かせたかったものでね。何しろ女性だとは思っていなかったものだから』

 そう、確かに俺の目の前にいるRYOU先生は、確かに女性だった。

 

 黒縁の眼鏡に肩まで伸びたストレートヘア。

 ざっくりとしたブラウンのトックリセーターにジーンズ。

 更に上から紺色の半纏を着用に及んでいる。

 丸顔で、幼い顔立ち。

 出版社で探り出したところの年齢・・・・どう見ても30代後半とは思えない。


『誰でもそう言うんですよ』彼女はそう言って、いたずらっぽく微笑む。

 本名は佐々木ちか子。年齢は30代後半ではなく、まだ25歳だという。

 ここは仕事場で、普段は彼女とアシスタントの他は担当編集者が来るだけだという。


 彼女は”インスタントで申し訳ないけど”と言いながら、俺の為にコーヒーを

淹れ、卓子テーブルに置き、向かい合わせに座ると、話し始めた。


 佐々木ちか子こと、漫画家のRYOU先生は、まだ10代の終わりにデビューした。

 とはいっても、初めから””エロ漫画”を描いていた訳ではない。

 元々は完全にアマチュアで、友達と一緒に同人誌をやっていたのだが、その中の一冊を、友達のサークルに入れて貰って描き上げ、同人誌即売会。つまりは

”コミケ”に出品したところ、これが何故か受け、100部ほどしか刷らなかったのに、午前中だけで完売となってしまった。

 内容は・・・・なんてことはない。

 その頃流行っていた、ある有名な魔法少女もののアニメをパロディにした作品だったそうだ。

 その後も夏と冬のコミケに二・三回定期的に出品したが、やはり完売。


 内容はどれも同じものだったが、中の一冊が少女漫画雑誌の編集者の目に止まり、読切の短編の依頼を受け、思い切ってこれを描いてみると、これが大ヒットした。


そのうちに連載を依頼され、またヒット。

だが、彼女は何か物足りないものを感じるようになった。

で、ある時、どういう訳か知らないが、男性向けの、それもエロ漫画を専門に出版している会社から依頼が来た。

”風向きが変わるかもしれない”

 そう思った彼女は、思い切ってその仕事を受けた。

 ストーリーは、百合物・・・・つまりは女性の同性愛をテーマにしたもので、どぎつくないように押さえ気味にしながらも、性描写をたっぷり盛り込んだ。


 世辞にも自信があったわけではなかったが、これが一躍大ヒット。

 これまでの少女漫画を遥かに凌ぐ売れ行きになった。

 そこでそれまでとはペンネームも変え、男性か女性か判別がつかないように、

”RYOU”とし、完全に少女漫画からシフトして、今ではバリバリの”エロ漫画家”に早変わりという訳に相成った。

 



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