その9 聞き込み 1

 駅についた。

 東京から、約6時間半かかった。

 眠気眼をこすると、新幹線は新潟駅に滑り込んでいた。

 周りの客はもう半分以上おりかかっている。

 俺は慌てて席を立った。

 ホームに降りた途端、冷たい風が頬を打った。

 もう三月に近くなっているというのに、まだこんなに寒い。

 さすがに日本海側は半端じゃないな。

 そんなことを考えながら、俺は階段を下り、改札をくぐると、忙しく行きかう人とすれ違いながら、駅前のロータリーに出て車を探した。

 タクシーは直ぐに見つかり、俺は手帳にメモっておいた住所を告げる。

『遠いなぁ。電車で行った方がいいんでない?』運転手はルームミラー越しに俺を妙な顔で見た。

『タクシーが好きなんだ。』

 そう言って一万円札を先に渡す。

『足りなくなったら言ってくれ、余っても釣りはいらん』

 途端に彼の顔色が変わり、車を出した。


 かっきり1時間で、タクシーはメモ通りの住所に横付けした。

 料金は6千円と少し。

 文無しの探偵にとっては痛い出費だが、とりかかった仕事にはケリをつけにゃならん。


 それにしても意外だったな。

 パソコンなんかいじってるやつだから、もっと薄汚い家かと思っていたが、なんとまあ、一流会社の重役の御屋敷といってもいいくらいの邸宅だった。

 いや、偏見はダメだ。

 痩せても枯れても私立探偵。乾いたモノの見方をしなくちゃいけない。

 俺は考えを変え、大理石の門柱のインターフォンに手を伸ばした。


『さあ、どうぞ』

 愛想のいい男は、さして警戒もせず、俺を居間に通した。

 居間、というのは正確じゃない。

 そこは床一面がフローリング。

 真ん中に立つと、左端にキッチン。

 その隣にダイニングテーブル。

 窓際近くにまるで馬鹿でかいパソコンのモニターを置いた机。

 右手の奥にはこれまた30インチはあろうかという液晶テレビセット。

 それらが一気に見渡せる。

 そんな空間だった。

 俺は彼・・・・名前を倉田良治。

 年齢は30歳、独身、が勧めてくれたソファに腰を下ろした。


 彼はキッチンに行き、

”インスタントで済みませんね”と気の良さそうな笑みを浮かべながら、盆の上にカップを二つと、コーヒーポットを載せて戻ってくると、俺の目の前に一つを置き、もう一つを向かい合わせに座った自分の前に置くと、ソファに腰を下ろしてコーヒーを注いだ。


 俺は頂きますと断り、コーヒーを飲みながら、それとなく男を観察する。

 身長は170センチほど、やせ型で七三に分けた頭髪。

 銀縁の眼鏡をかけ、一見すると普通のサラリーマンのように見える。

 しかし今日は平日の昼間だ。それにこんな邸宅に一人暮らし。


『僕の職業が気になるんでしょう?デイトレーダーですよ』

 彼はコーヒーを啜り、こともなげにそう言った。

 デイトレーダー。要するに株の取引で”儲けてる連中のことだ。

 一日中パソコンの前に陣取って、相場の上がり下がりを見ては

”売りだ”

”買いだ”

とやってる連中のことだ。

 彼に言わせれば”そう簡単に儲からない”なんて思うのは、株の事を何も知らない連中だという。

『人間がやってることですからね。正しい分析と、客観的な判断をすれば、決して損はしないんです』

『貴方もそれが出来る一人だと?』

『まあ、そういったところですね。お陰で今年はもう五千万も利益を上げました。』

 この家も株の運用だけで建てたんだ。彼は鼻高々といった調子で付け加えた。

『なるほどね。毎日パソコンの前に座って、株価のグラフだけ眺めていて飽きませんか?』

 俺はお世辞にも美味いとはいえないインスタントコーヒーを、最後の一杯まで啜ってから聞いた。

『いや、元々人に使われて働くのは苦手でしたから、うってつけでしたよ。元来パソコンが趣味みたいなものでしたからね』

 たまに疲れると、二階にある別のパソコンでネットサーフィンをして息抜きをするのだという。

『なるほど、その息抜きにRYOU先生のブログを見るのも含まれていたというわけですな。』

 俺は口直しにシナモンスティックを咥え、端を齧った。



 

 

 

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