その6 弱点(ウィーク・ポイント) PART1

 三日後、日曜日の午後5時。

 俺は約束通り、多摩川の河川敷のある場所(詳しくは言えない。約束だからな)に来ていた。


 俺の腰位の高さまで生い茂った雑草を踏み分けながら進むと、そこには凡そ面積にして5坪ほどの広さに草が刈り取られてあり、一軒の掘立小屋が建てられてあった。

 

 太いアルミのパイプを芯に、壁はラスボード、屋根はトタンで葺いてある。

 高さは俺の身長と殆ど変わらない。

 2メートルくらいだろう。

 窓は何処にもなかった。

 形は長方形。カステラか羊羹の箱のようだ。屋根の真ん中あたりに、これも

四角いアルミを支柱にして、上には正方形のソーラーパネルが取り付けられてあり、そこから伸びたケーブルが、壁の一か所に開けられた穴に向かって伸びていた。

 

 俺は正面に回り、腰を少し屈め、そこだけ黒く塗られたドア(かなり古びている)を、いつもの通りの回数ノックした。


『ああ』

 奥から間延びした、というより、何だかあまり関心のなさそうな声が聞こえる。

 俺はノブに手を掛けて回す。


 中は思ったよりも広く感じられ、意外と小ぎれいに整理整頓が成されてあった。

 地面より40センチほど高くなっており、その上に二枚重ねの絨毯が敷いてある。

”彼”は、ちょうど俺から見て右側の壁に座り机の上に乗せたパソコンに向かって、キーボードに何やら打ち込んだり、手元のマウスを動かしており、こっちには目もくれない。

『上がってもいいか?』

 俺が言うと、彼は背中を向けたまま、

『ああ』と一言だけ答えた。

東京こっちに戻っているって聞いてほっとしたよ。』

 俺は靴を脱ぎながらそう言ったが、向こうからは何の返事もない。

 ほつれだらけのカーペットの上に上がり込むと、傍らに置いてあった焼酎のジャンボ・ボトルを取り、蓋を開けて中にあるアルコールを掌に落とし、両手をこすった。

 続けて、コートのポケットから、太めのゴムバンドで束ねた一万円札の束(正確には10万円だ)を、彼に向かって投げた。

 彼は表情を崩さず、それを片手で掴み、座り机の下から引っ張り出したせんべいの空き缶に少しだけ蓋を開け、投げ入れた。

『ほい』

 代わりに彼は銀色の小型ライターのような形をしたものを俺に向かって放った。

 俺はそいつを受取ると、ポケットにしまう。

 え?

 彼は一体誰なんだって?

 もう散々話したろ。

 仕方ない、聞かせてやるよ。


 彼の名前は”馬さん”という。

 但し、これは本名かどうかは分からない。

 その他、年齢、出身地等、前歴については一切不明だ。

 彼はこうして表向きは天下御免のホームレスをやりながら、自作(?)のパソコンを使って情報を仕入れ、それを売って生業なりわいにしている。


 俺達がどこで顔見知りになったか。

 そいつは言えない。

 というより忘れてしまった。

 それほど前だという事だ。

 まあ、俺が自衛隊を退職して、この稼業に入ってすぐ、それだけは確かだから、少なくとも15~6年はになるだろう。


 俺は探偵だ。

 しかも一本独鈷である。

 だから、大抵の事は一人でやる。

 しかし不得手なことだってあるのだ。

 最近流行はやりのネットという奴、いや、もっと正確に言うならば、デジタルというものすべてが不得手と来ている。



 え?

”よくそれで私立探偵を気取っていられるな”だって?

 仕方ないだろう。

 誰だって得手不得手というもんはある。

 現実の世界にはデューク東郷みたいなスーパーマンは存在しないんだ。

 だから出来ないことは外注にかける。

 それが馬さんだった。それだけのことさ。


『また例の手・・・・ハッキングとか何とか言う奴を使ったのかね?』

 俺は渡されたUSBメモリーをポケットに収めながら問い返してみる。


『・・・・』

 馬さんからの答えはなかった。

『用が済んだらさっさと帰ってくれ。俺はまた”旅”に出なくちゃならん』

 代わりにそっけない声が戻ってきたのは、俺が腰を屈め、小屋の扉に手を掛けた時だった。

 外へ出る。

 川風が頬をなぶった。

 夏はやはり夕暮れだな。

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