その5 小さな炎上 後編

”不倫を美化するなんて許せない。何の罪もない美代子(不倫する人妻)の夫や息子が気の毒じゃないか!”

 あの漫画の最後の方、(日付を見ると、登校されたのは1年近くも前だった)に、こんな書き込みを見つけた。

 俺は書き込み主の名前を探った。

『浦島太郎』とある。

 これはHN(ハンドルネーム)という奴で、手っ取り早く言えばペンネーム、もっと言えば匿名のようなものだ。

 浦島太郎氏の書き込みは、その後間を置かず、四日間連続でアップされていた。

 その後も間を置きながら、定期的に、さながら連載でもしているかのように続けられた。

 しかも、である。

 他の書き込みが長くても五行ぐらいだというのに、彼のものは10行に迫っていた。

(このブログは、どうやら10行以上の書き込みは不可らしい)

 更に言うならば、彼の文章は、もはや単なる、

”アンチ”の域を超えている。

 あの漫画

 この手の問題に無関心である俺が読んでも、その熱量は凄まじいものだ。

 大抵の”アンチ”

(ああ、言い忘れた。”アンチ”というのは、作品そのものを嫌っている連中のことだ)は、作品なんかロクに読んでいないが、この”浦島太郎”氏は、実に細かいところまで読み込んでいる。

 それだけじゃない。

 単なる創作物であるエロ漫画に、実に深い思い入れを抱いているようだ。

 一回目の投稿には、誰も相手にしていなかったが、二回、三回と続くうちに。

”何をそんなに熱くなっているんだ?”

”図に乗るんじゃない”

”この掲示板はあんただけのものじゃないんだぞ”

と、浦島氏を批判するようなレスポンスがつき始めた。


 初めのうちは浦島本人も、それに冷静に答えていたが、そのうち感情的になったり、時には過激な言葉(英語でいう四文字言葉だ)を付けるようになった。

 彼を擁護するようなレスは殆どつかなかった。

 まったく、という訳ではない。

 ほんの時々、

”皆さん、そう熱くならないで”

”浦島さんには浦島さんの意見があるんだから、ちゃんと聞いて上げましょうよ”

 というようなものがあったが、圧倒的に浦島非難のレスの分量の方が多くなっていった。


 浦島もそれに負けてはいない。

 長々と一つ一つの非難を遣り込める。

 そんな訳で、

”ハーブティーと”だけで、掲示板が溢れかえるようになっている有り様だった。


 流石に管理者も放ってはおけなくなったんだろう。

 長々と続いた論争は途中で何の結果もでないまま、尻切れトンボで終わった。

 最後には注意書きがあり、

”この論争については言論・表現の自由の問題もありますので、これ以上の書き込みは禁止と致します”とあり、そこで停止という事になっていた。


 だが、浦島太郎氏は、作者が別の作品について親記事を書いた時、

”先日は私の感想で大変失礼致しました”と謝罪をし、ことは終息したかに見えた。

 浦島太郎氏はその後も作品の感想を書き込みをしていたようだったが、挑発的な内容は無くなり、穏便なものに収まっていた。


 俺はそこでドリンクバーに立ち、何杯目かのコーラを仕入れてきた。

 ついでにフードコーナーでホットドッグも買って来るのを忘れなかった。

 それらをテーブルに置き、腰を伸ばし、腕を回し、また椅子に座った。

 俺は洋服掛けに掛けたコートのポケットからデジカメを取り出す。

 

 画面をスクロールさせ、さっきの書き込みを丹念に写す。

 え?

”そんな面倒くさい真似をしなくってもいいだろう。USBでも使やいいじゃないか”だって?

 だから言ったろ。

 俺は根っからのアナログ人間なんだってさ。

 これだって面倒くさくてしょうがないくらいなんだぜ。


 





 

 


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