その4 小さな”炎上” 前編
俺は事務所から歩いて10分ほどの所にある。
『ネットカフェ』のドアをくぐった。
店の前は何度か通ったが、一度も入ったことはない。
もううんざりするほど喋ってるが、俺は典型的なアナログ人間だ。
デジタル世界については、今時の小学生の足元にも及ばない。
一応スマホは持っているが、電話を掛ける事しか出来ない。
パソコンはあるが、ネットには繋いでいない。
せいぜいワープロが打てるくらいのものだ。
だから、こうした店に入ったのは、今までの人生に於いて2~3度しかない。
”今時そんな人間がいるのか”だって?
いるんだから仕方ないだろう。
自衛隊に居た頃は、確かにコンピューターの基礎技術みたいなものは学んだが、あくまで基礎をかじったに過ぎない。
こういう場合、大抵は”馬さん”というハイテクに詳しい男に頼むのだが、今回彼は”用事があって”という理由で遠出をして、当分東京には戻って来ないそうだ。
仕方がない。
誰かを頼れない時は自分でやる。
(もっとも、本当はこっちの方が性に合ってるんだがね)
そこで来たのがここって訳だ。
二畳ほどの個室の中は、パソコンと洋服掛け。
座りやすそうな椅子。
料金は1時間で五百円。
一晩中いたとしても、五千円も行かない。
その間は飲み物はドリンクバーで飲み放題。
食事も軽食程度であるが、かなり充実しているようだ。
プラスアルファでもう千円払えば、シャワールームだって自由に使える。
そんなに時間はかからないだろうとは思ったが、一応慣れないモノを相手にするんだ。
丸一日分、つまり明日の朝までの料金を払い、靴を脱いで足を投げだし、パソコンを操作した。
検索エンジンとやらを使って、俺はRYOUという漫画家がやっているというブログを見つけだした。
これだけの作業をするのに、凡そ30分はかかった。
嗤いたきゃ嗤うがいい。
諸君ら電脳空間に溺れて暮らしている人間には、ひと世代、いや、二世代前のオヤジの苦労なんざ理解出来ないだろう。
ブログには作者が自分の発表した作品についての意見とか、掲示板に読者が書いた感想や意見などに返答をしたものが載せられていた。
件の作品”ハーブティーをもう一杯”は、一年以上前に雑誌に掲載され、その後三か月後に単行本になったものである。
ログを探るのに、また時間がかかった。
俺はドリンクバーでコーラを仕入れて来て、そいつを飲みながら目をしばたたかせ、ディスプレイを眺め続けた。
どうやらこの作品は、RYOU氏の発表した漫画の中でも、かなり人気があったものらしい。
随分沢山の感想が掲示板に書き込まれていた。
その殆どが賛辞ばかりで、
”美代子さん(不倫する人妻)と小林くん(不倫相手の大学生)は結婚したんでしょうか?”だの、
”冒頭のカラーページは、二人の新婚旅行を描いたものなのでしょうか?”
といったような、架空の出来事である漫画のストーリーを、あたかも実在の出来事のように綴っていた。
こうした書き込みには時折作者のRYOU氏もレスポンスを付けており、
”二人が結婚したかどうかは皆さんのご想像にお任せします”と言った具合である。
俺は流石に疲れてきた。
幾ら仕事とはいえ、ひりつく目を目薬でなだめ、いがらっぽくなる喉をコーラで湿らせ、ログを読み進めていく。
感想の終わりの方だった。
賛辞とは違う書き込みが目に飛び込んできた。
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