第9話 審判の時

 試験データを取り終え、FBIに協力してから4日の月日が流れた。


 今日の午前が私のクルガンの審判を迎える時だ。


「昨日のシカゴでの演説は無事終了したよ。まぁ、政治戦略的な成功なのかは分からないけど………」


 ソファでニュース番組を見ていると、クルガンが寝起きで現れた。ゾンビのような足取りで地下の寝床から這い上がってきたのだ。

 

「そう………。シカゴの演説は午前に西側に向いて行われた。スナイパーが太陽に向かい合うから条件は良くない」


 私も同意見だったし、肝心の政治家は今日も演説台登れている事からもクルガンが正しい事を証明している。


「今から、ボストンでの演説だ。番組はその生中継」


 クルガンも中継が気になるらしく、額の筋肉で瞼を吊り上げるようなにして、眠りに戻ろうとする瞼をこじ開ける。


 視線の注がれるテレビの向こうでは、電波を介したボストンのセント・デェトニオ公園の公演会場が写り、アメリカ国旗とマサチューセッツ州州旗を背景に演説台に登る男が太陽光で輝いていた。


「本命はこっちだよ。こっちの会場は同じ時間に東側を向いて行われる。

 ターゲットが太陽に照らし出されて、くっきり見えるだろうし、スナイパーは太陽光を背から受けるから、眩しいさやスコープの反射も気にしなくていい。本命はこっちだろうね」


 テレビの中でターゲットとされる男の演説が始まった。

 男は自分の身の潔白をジョーク混じりに弁明し、次に選挙に向けたアピールを言葉にしていく。


「FBIもそれは分かってた。マーティン捜査官曰く、チベット密教からハイチのヴァードゥー教までの全部のお祈りをしてるってさ」


 気が気でない状況で私は無意識にコーヒーを啜っている。欲しているのは嗜好品ではなく、緊張を解すカフェインだろう。


 一方画面の演説内容は、自身の属する政党への理解と応援を求めるもので、その手腕は見事に尽きる。

 自身の言葉に織り交ぜて、第35代米国大統領の言葉を引用した。

 これは、アイルランド系移民の多いボストンでウケが取れる工夫と、歴史の節目を作った勇ましいリーダーと自身を投影するため。


「狙撃された大統領の言葉を引用するなんて、皮肉だ」とクルガン。


「“時計”には、自身に向けた挑戦状と捉えるかも………ドきついブラックジョークとしてね」


 コーヒーが胃に入ると、とぐろを巻いたかのように胃が痛む。顔に出さないだけで、内臓はストレスが切り裂いているようだ。


「………それもこの政治家の天性の才能かな。

 スナイパーには勇猛さと大胆不敵さに加えて、同じくらい臆病さが必要。

 “時計”はことさら臆病だと良いな。会場の警備を見て逃げて欲しい」


 クルガンはそう呟きながら、全てを見透かしたように私の肩に手を置く。


「会場の警備はヤツをこそまで心理的に追い詰めているはず」


 演説を見守った。他に出来るものはない。


「社長は分かる? この男の演説手法の動作には癖がある。時計も見ているならもう気づいただろう。

 ……パターンが分かれば、弾道と延髄の交差点が導きだせる」


 確かに政治家はところどころで聴衆の反応を確かめる為に動作を止める癖“ピジョン・ウォークハト歩き”があった。


 「……………ほら、言葉の段落で反応を確かめるように動きを止めるんだ」


 敵スナイパーから見て、目標がどれほど撃ちやすいかは知りたくないものだ。


「そろそろ予定時間の半分か……何が起きるかな……」


 クルガンが全てに飽きたようにテレビ画面から離れた。


「もう12回はチャンスを逃した。これだけのチャンスを逃しているのは、そもそもライフルを構えていないのか、洞察力か自信が欠如した証拠だ。

 そんなコンディションじゃあ、長距離射撃は成功しない」


 クルガンは人を安心させる為にデタラメを言うような性格ではない。

 スナイパーの勘が彼女に何かを悟らせたのだろう。

 しかし、私はそれを肯定できない。


「スナイパー様の意見はそうでもね。素人目には彼が台を降りるまで安心出来ない」


 狙撃技能研究所なんて看板を掲げている以上、私には画面を見続ける義務がある。


「断言する。彼の頭は首から繋がったあの位置にあり続けるよ」


「……………」


 時空が狂っているようで時間の進みが遅い。


「…………………」


 人生でもっとも長い10分だった。

 

 政治家はマイクの前で言いたい事を言い切り、演説台を離れる。


 司会者が入れ替わるように登壇する映像にフォーカスが当てられ、その画面の端では、無傷のターゲットがボディガードに挟まれるようにして、リムジンへと乗り込むところが放映された。


「はぁ…………。無事に終わった」


 ソファと融合する勢いで寝転がる。


 クルガンは何を思ったのか、ソファの横の床に寝転がって天井を眺め始めた。


「……メディアを信じるのなら、今日は何も起きなかったね………」

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