第10話 狙撃手の仁義

翌朝。


「はい。本来ならあなたが2度とこの番号をダイヤルしない事が最良なのでしょうが……。

 またいつでもご連絡ください」


 新たな一日は、ワシントンD.C.からの電話でスタートした。

 電話を切ると同時に、クルガンが新聞の一面を放る。


「その記事見た?

 助けてやったあの政治家が逮捕だってさ。

“東海岸のゴッドファーザーの終焉”だって。

 ………私たちが助けてやった政治家さんは、我々の税金を“悪行”に投資していたようだ」


「マッケンジー捜査官からもその話だったよ」


 新聞とクルガンが淹れてくれたコーヒーを手に取る。

 ウェストバージニアのタトラー紙は若干のインクがボケているし、クルガンのコーヒーは豆が煮えていた。


「その話って聞いて大丈夫なヤツ? うっかり小耳に挟むと、反対の耳から脳味噌と.300ウィンチェスターを噴き出す羽目にならない?」


 クルガンの顔色からは本気で心配しているか、冗談なのかは伝わらない。それも含めて彼女なりのユーモアなのだ。


「そんな事にはならないよ。FBIの情報の取り扱いは厳重だ。

 知る必要のある人間が、知る必要がある情報だけを手に入れる。

 私が聞いたのも概略や全体図が把握できない程度の伝言さ」


「ふーん」


「予定外出費はバン2台とだってさ」


 予定より多くの車が必要になった理由はすぐに合点がいったらしい。


「護送車か………何かしらの襲撃チーム。じゃあ、FBIは秘密裏に時計を逮捕したのか?」


「そこまでは聞いていない。ただ、君が時計の現れるポイントを特定していたからね。そこを狙う配置ができたのだろうね」


 クルガンも好きでもないコーヒーを啜りながら、不意に唇に笑みを走らせた。


「社長の言う通りだ。一流のスナイパーが事を起こすなら、それを塞ぐ手立ては無い」


「その点で言うなら、弾を撃たずに人を救ったスナイパークルガンは、本当の名手だよね」


 クルガンは気恥ずかしそうに目を逸らすと、体を起こす。


 「とまれ、我々の任務は成功だ。そして、スナイパーの目標は生還し、死人に口無しの対義語のように“何故、狙われたのか”の理由を公の場で語るだろうさ。

 クルガン。君と私が行ったのは完全無欠のカウンタースナイプで、私たちは君並みのスナイパーと戦って1グレインの火薬も使わずに勝ったんだ」


 クルガンは、コーヒーを啜りながら、|ピースサインで手の甲を向ける。


「人を殺さずに人を救った。これこそ私が初めてスナイパーライフルで手に入れた名誉だな」

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