第3話 前提条件 下

「でも、FBIがわざわざ動くものなの? 保守派じゃないアメリカ人は大半がその上院議員を殺そうとしていると思うのだけど?」


「資料を読む限り………FBIは、彼を本気で殺そうとしている存在を確認したみたいだね。それもスナイパーだ」


「どうやって、そんな情報を手に入れるの?………」


「たぶん、電波盗聴とかCIAと合同の非人道的取り調べとかでしょう。

 ただ一つだけ確かな事は、本当にスナイパーが雇われたらしい。だから、対策としてここに依頼が来た」


「わざわざ私たちを雇うという事は………その敵スナイパーは相当な凄腕なんだろうね。で、どんな奴?」


「凄腕みたいだ。コードネームは“時計クロック”。

 分かっているだけで、ベネズエラ、レバノン、リビア、チェチェンで武器商人や麻薬組織の幹部を仕留めた実績がある。

 もちろん、ターゲットにされたのは全部大物だ。露天の店番を撃つのとはワケが違う。全員が元特殊部隊なんかを護衛につけていた、大統領並みの警備を誇っていた連中らしい」


 私が警護の厳重さを強調するとクルガンは鼻で笑った。


「スナイパーにとって身辺警護の連中なんかなんの障害にもならないよ」


 クルガンの言う通りだ。町一つを無菌室にしても不十分なくらいスナイパーへの警戒は難しい。


「そのようね。今までのターゲットは全員700mから1500mの距離から撃たれてる。

 警戒のしようがない長距離からの狙撃。それも喫煙のタイミングや集金途中など、一瞬の隙を狙い澄ましたような、並みの狙撃手が“人生最高の一撃”に挙げるような状況で仕事をこなしている」


 このスナイパーは、暗殺を恐れているターゲットの全てを調べ上げ、行動の裏をかく事に余念の無い、本物の暗殺者のようだ。


 その評価に対し、クルガンはスナイパーとして下馬評をこぼした。


「それだけ腕と実績のあるスナイパーなら、FBIに目をつけられた状況下なら作戦を中止するんじゃない?

 これまで生き延びてきた奴だ。今さら、相打ち覚悟で何かに殉じるような奴じゃないと思う」


 暗殺者と軍人、警察隊のスナイパーの違いは、バックアップの手厚さだ。警察隊は狙撃だけに集中できる状況がほとんどで、軍人でも狙撃と作戦地域からの脱出を念頭におき、直接的でないでせよ援軍からの支援は受けられる。

 しかし、暗殺者となると、情報収集から計画の立案、逃走経路の把握と逃亡後の潜伏までを孤立無援で完璧に計画しなければならない。

 故にプロの暗殺者は、成功報酬よりも野生動物並みの危機察知能力と臆病者以上の警戒心に従って安全に行動するだろう。


 今回のような警戒措置が取られれば姿を眩ますのも充分にあり得る。


「FBIだってそれは分かっているよ。でも、彼らの仕事はこの議員の安全保障なんだ。可能性がゼロ以上ならこの狙撃手への対策しなければいけない」


「そこまで噛み砕いて言われなくても分かってる。

 私だってスナイパーの端くれだ。狙撃する側、される側の心理は熟知している。

 FBIからの仕事は、その“時計”がどう動くかを予測しろって事でしょう?」


 クルガンの扱いは時々、とても面倒臭い。


「…………そうだよ。だから、さっそく取り掛かろう」

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