第2話 前提条件 上

「所長。外に人がいます」


 そう言うが先か、クルガンは手に45口径のオートマチック拳銃を握り、薬室に弾丸が込められている事を確かめる。

 スライドが引かれ、死神を鎌を研ぐように、真鍮と鉄鋼が滑らかな金属音で擦れ合う。

 

「クルガン。落ち着いて、私はFBIのような人狩りのプロと新しい関係を築きたくないな」


 クルガンには危険な一面がある。

 古き良きアメリカ人や飼い主に忠実なピットブルテリア犬のように敷地に入った部外者を殺そうとするのだ。


「FBIだとは思えません。さっきの電話からの到着にしては早過ぎる……」


 クルガンの判断は常識的だ。官僚組織であるFBIが、ピザ屋のデリバリーより早く行動する事は本来あり得ない。

 しかし、官僚組織とは、民間企業よりよほど従業員を酷使するものだ。


「彼らは役人だ。契約は手順書通りに動く、そして、彼らは契約が履行される前提で動いていたんだよ。

 今度フーヴァービルを見学するといい。24時間365日誰が働いているからね」


 電話がかけらる前から政府の宅配員はこの建物の近くに到着していたのだろう。そこで待機していて、契約完了と情報提供のシークエンスが前後しないように調整していたに違いない。


 そんな解説も虚しく、玄関のタイルを踏む音が近づくにつれて、クルガンの指が引き金に伸びていく。

 彼女の剥き出しの警戒心は、心の奥底の誰の声も届かない領域で自動迎撃システムとして起動しているのだ。

 

 そんな彼女を手で制止ながらドアの投函口からA4サイズの分厚い封筒が差し込まれるのを待った。


「受け取りましたよー」


 得体の知れない苦労人を労い、クルガンの警戒を馬鹿馬鹿しくするように声をかける。

 ドアの前にまで迫った人影が踵を返し、すりガラスの向こうに影を溶かした。

 それを待ってから封筒を拾い上げる、その段階でやっとクルガンは即応態勢は解いた。


「私の実家にいた犬もそうだった。特に郵便配達員が嫌いで、バイクの音がすると玄関で待ち伏せてた」


「社長の飼っていた犬は番犬として優秀ですね」


「結局、私が郵便局まで手紙を取り行くようになったよ」


 封筒の紐を解くと、内側に真空パックがあり透かし見の防止と手紙の保湿を担っていた。


「この紙、フラッシュペーパーだ。読んだら燃やせと言う事だね。まるで………スパイごっこだ」


「時限発火装置が組み込まれていないのは、所長への信頼の表れでしょうか……」 


「そうだね。“我々は君を信頼しているぞ”と白紙部分に書いてある。

 ………“だから、間違えを犯すな”ともね」


 資料は数十枚にのぼり、ほとんどが文章書類のコピーと地形図や写真のコピーで、それらの紙面は十二分に仕事の内容を伝えている。


「狙われるのは、ルーカス・カーソン上院議員……。

 最近ニュースに上がってる“東海岸のゴットファーザー”さんだね」


 ルーカス上院議員。その名前は、最近の情報番組でも文句なしのトレンドだ。肥満体の典型的な強欲の権威主義的頂点捕食者で、政治生命は風前の灯。しかし、本人はまだ政治家であり続けるようともがき続け、沈没直前ながら戦艦ビスマルク並みに耐え凌いでいる。

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