第4話 事件は起こり得るのか 上

「私は、もう人は撃たないけど、それでもスナイパーとしての誇りは失っていないし、ミクロとマクロで構成される狙撃の世界の住人として得れる情報は、病的に膨大で正確である必要がある」


 クルガンは、そう言って、提供された資料を指で強く叩いた。


「時計が狙うのは、常識的な警戒網の外側からのはず。

 でも、この資料には、勝手に予測地点が絞られていて、ボストンかシカゴ。この2つだとされている」


 クルガンのスナイパーとしての誇りを端的に言い表すならば完璧主義。

 目で見て、肌で感じた情報以外は参考にならないと決めつけて円滑な組織行動を妨げる。


「待って……」


「待たない。こんなのふざけてる。あなただって、ニューヨーク近代美術館で言ってたでしょう。昔のすごい人が描いた“洗礼”だかって絵の前でさ。

 元々はフィンランドの教会の壁画の一部だった絵画を、切り出してニューヨークでLEDライトで照らす意味はないって。

 ………私は今、それと同じ侮辱を受けている」


「確かに君が言ってる事は一理ある——」


「一理なんかじゃない。私が言っているのは、狙撃における真理だ」


 錆びついたボルトのように固まったクルガンを言いくるめるのは不可能だ。……言い負すしかない。


「もう時代が違うの、衛星や監視カメラ、測量センサーの進歩は目覚ましく、それらを活用すれば狙撃の方程式における解答Xは、かなり範囲を特定できる。

 その結果として、私たちは足を運ばすに敵の狙撃できるポイントを絞れるの、正確さは同じだとして、機械の方が計算は早い」


 弁護士を意識した私の言葉は、クルガンをより感情的に扇動する。

 キング・クリムゾンのCDジャケットに似た顔で私を見下ろしながらクルガンは言う。


「それならスナイパーはいらないね。

 電動車椅子とエレベーターにレーザーガンを取り付けて、宅配させれば誰でもどこからでも“神業”が披露できる」


 私も張り合うように背筋を伸ばした。


「そう報告すればいいの??」


「そうすればいい! 私が判断するなら、その政治家が巡る全てのポイントに足を運んで、測量と気候を肌で感じなければ答えなんか出せない」


 テーブルから資料の一つを選び取り、北アメリカ大陸の地図を指差して見せる。


「政治家ぎ周るのはシカゴからフロリダまでの12の街だよ。全部調べるのに期間はどれくらいかかるの?」


 クルガンの顔はポーカーフェイスを保っている。でも、その顔の下では私がロイヤルストレートフラッシュを持っている事に気づいているはずだ。


「………どんなに急いでも4ヶ月は必要」


「その資料を見てみて、遊説が始まるのは三日後からだ」


 クルガンの顔に浮かんだのは年柄より幼い拗ねた表情。


「じゃあ、無理だ」


 私は逆に勝ったような顔をせず、悪童を嗜める教師の口調を真似て説いた。


「1人の人間の命がかかってる。無理とは言えない仕事だよ」


「………………この仕事を寄越した奴は、時間にルーズで、どうしようもない馬鹿だ」


「違うよ。この問題に携わった全員が、義務を果たした結果、暗殺事件を未然に防げる可能性を作りだしたんだ。我々もそれに応えないといけないよ」


 言論的死体蹴りにクルガンが折れる。


「…………応える、応えないの問題じゃない」


「そうだね。やるしかない」

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