第16話 ジェラートのシェア

「あのね、彩音ちゃん。今日は頑張って、2時間取ったのね。H P見たら、外出できるって書いてあったから。それで、30分後からレストラン予約しているんだけど、まだ夕飯食べてないよね? 一緒にどう?。 気が向かなかったら、このままでも良いいんだけど。キャンセルもできるし」

「えー、突然のサプライズ! 何で前から言っててくれなかったんですか? そしたら、ずっと楽しみに出来たじゃないですか。もちろん、行きますよ。何処行くんですか?」

「パスタ好きって言ってたから、イタリアンレストランにしたんだけど」

「わー、嬉しい。覚えててくれたんですね、好きなもの。じゃあ、私、ちょっと着替えて来て良いですか?」

「うん。ここの近くで、まだ時間あるから、ゆっくりでいいよ」


待っている時間も幸せな時間だった。“俺のために、着替えてる? 俺が誘った事でが正解か” そんな錯覚を覚えて居たから。

「お待たせしました」

「うわぁ〜、綺麗だね。何を着ても本当に綺麗だ。」


眩しいほど、輝いていた。“やっぱり、奇跡の娘だな” そう、心の中で呟いていた。

店を出てレストランに着くと、初めてのディナーが始まった。


「もう少しでの退店、卒業? おめでとう。よくここまで頑張ったね。かんぱ〜い!」

「でも、ちょっぴり嬉しくないかな。塩谷さんに会えなくなっちゃうから」

「そうじゃないよ。俺にとってイノパラでの出逢いは、衝撃的で、一生忘れられない出来事になったけど、彩音ちゃんに取っては、できれば無かったほうが良かった事なんだと思う。それを乗り越えられられたんだから、これからの人生、もっともっと幸せに生きてほしい。だから、今日はそのためのお祝いね」

「うん、そうなんだけど...」

「で、退店したらどうするつもり? あっ、プライベーな事聞いちゃ行けなかったね。ごめん、取り消すよ」

「少し休んだら、勉強しようと思ってる。」

「そうなんだ。勉強か!人生いくつになっても勉強の積み重ねだもんね。頑張ってね、遠くから応援しているよ」

「うん、でもその遠くからって言うの、嫌だな。今まで通り、近くで応援してくれないの?」

「この恋は一方通行で、叶うもんじゃないからさ。俺も、辛いから、どっかで吹っ切らないと、どうにかなっちゃうから。いや、もうなってるんだけどね」


そんなやり取りが続きながら、時間はどんどん進んで行った。


「デザートどうする?」

「じゃあ、ジェラートがいい。二人でシェアしましょっ」


人生で、絶対に忘れる事の出来ない“シェア”になったのは、言うまでもなかった。 


「じゃあ、そろそろお店戻ろうか? ここじゃ、地獄のベルも聞こえなくて焦ることも無いんだけど、ここに居座る訳にもいかないからね」

「うん」


店に戻るまでの道のり、ずっと手を繋いでいた。このまま握り続けて、二人で何処か遠くへ駆け出したい想いを押し殺して、店に戻ってきた。


「今日はありがとう。忘れられない夕飯になったよ。彩音ちゃんは、これから沢山の素敵なディナーやランチを重ねて行くんだろうけど、俺には人生で一番になったよ。やっぱり、何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかだね!」

「私だって、とっても素敵な夜でしたよ。こんなに色々と考えて、して貰えた事なかったもの」

「そうなんだ。そんなに綺麗ならモテモテで、色んな素敵な人いたんじゃないの? お父さんだって、自慢の娘だったに違いないし」

「私、モテた事なんて全然無いです。人と話すことも苦手だったし。だけど、なんか塩谷さんとは普通に話せちゃうのが不思議っていうか。それと、お父さんは...」

「そうか、なら嬉しいよ。お父さん、どうかしたの?」

「お父さん、高校の時に亡くなってて。」

「そうか、悪いこと言っちゃったね」

「良いんです、本当のお父さんじゃ無いし、そんなに好きじゃなかったし」

「なんか、事情ありそうで、ますます悪いこと言っちゃったみたい。忘れてね、ごめん ごめん」


気まずい感じになる前に、この話を切り上げようとしたのだったが。


「お母さんも去年亡くなって、今姉妹二人で住んでます。だから...」

「彩音ちゃん、色々大変だったんだね。よく頑張ってきたよ、今日まで。退店できるようになったってことは、頑張って来た証でしょ!本当によく頑張ったね。」


そう言ってあげる事しか出来なかった、自分の力の無さを痛感していた。そして、いつものように、地獄のベルが鳴り始めたのだった。


「あー、もう時間かぁ。2時間もあっという間だったなぁ」

「もう、あと数回しか逢えないんですね?」

「そうだね、最終日は、また2時間がんばるね。今度は、お部屋でゲームとかしようか? その前にも、あと何回か来るね!」


そう言って、店を出た。今日も、家路に着くまで、時間が掛かったのは、言うまでも無かった。

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