第17話 別れ

その後、二度の来店を経ながらこまめにH Pを確認しているルーティンの中で、ついに最終のシフトが出た。秒で電話をいれ、最終回を予約した。いつも通りの電話だったが、これが最後かと言う想いでもあった。


「27日の17:00から2時間、ゆうかさんの予約をお願いします。田中と言います」


いつも通りの確認がなされ、この日が最後なんだという感覚は微塵も無かった。

そして、運命の27日が訪れ、店にやって来た。


「17:00からゆうかさん予約の、田中と言います。」

「はい、お待ちしておりました。田中様」

「あの〜、これまで何度もお世話になりました。これ、これまでの感謝の気持ちです、スタッフさんで飲んで下さい」

「わざわざ、ありがとうございます。ありがたく、いただきます。ゆうかさん、今日で最後って聞いてたんですね」

「はい。ここに来るもの、今日で最後ですね。」

「そんなこと言わないで下さいよ。まだまだ、いい娘たくさん居ますから」

「そうですね、ありがとうございます」


そんな訳ない。こんな奇跡の娘は、他にいる訳無いのである。

いつもの様に部屋に通され、遂に最後の日を迎えたのだ。


「こんばんは、今日は遂に最後の日だね。本当におめでとう。この2時間が最後だから、もうリラックスして過ごそうよ。最終日、たくさんの常連さん来た?」

「数人にしか最後だって伝えてないから、そうでもない。でも、嫌なお客さんは、今日も居なかったから」

「そう、良かった、良かったよ!」


そんなやり取りから始まり、これまでの思い出話し、お互いの第一印象、今の気持ちなんかを語り合っていた。

1時間も過ぎた頃、少しの沈黙が走ったのち、彩音が切り出した。


「塩谷さん、どうして私なんかの事、そんなに大事に思ってくれたの?今まで、子供とか居た?」

「いやぁ、実は俺バツイチでね。26歳の時に別れて以来は、ずっと独身。子供は居なかったけど、別れた元奥さんと彩音ちゃんは近い年頃で、どっか重ねていたのかなぁ?」

「どうして別れちゃったの?こんないい人なのに」

「まあ、彼女に愛想つかされちゃったんだと思うよ。俺は、大好きで愛していたんだけど、愛してる人の言うことは叶えたいって言うか。なんか変かなぁ」

「おかしいよ、愛してたんでしょ。私なら、絶対に引き留めるし、本当は奥さん引き止めて欲しかったのかもしれない」

「えっ、そう言うことも有るのかな? 俺には何が何だか分かんないや」


「奥さんがずっと好きだったから、今まで独身だったの?」

「どうかな? 単に俺に魅力が無かったからじゃないかな。」

「そんな事無いよ、絶対に無い!」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ。それとね、前に彩音ちゃんの寝顔見てた時に、どこかで逢ったことあるような事言ったでしょ。実は、あれ、元奥さんに似てるなぁって思っちゃって。好きになった人達は、似てるように錯覚するんだなって、後で思ったよ!」


その時、彩音は有る錯覚に陥っていた。

“もしかして、お母さん。私に、実のお父さんを合わせてくれたの? それが塩谷さん? まさか、いくら何でも。”

そう思ってしまったからには、尋ねずには居れなかったのだ。

「そうなんだ。私が、塩谷さんの奥さんに成ってたら、絶対に別れたりしなかったのに」

「あー神様、どうか俺を30年前に戻してください。そしたら、彩音ちゃんにプロポーズします。例え、断られようと、何度も何度もチャレンジして絶対に幸せにしてみせるから」


悲しいおぢさんの叫びであった。それは、神様でも魔法使いでも成すことができない、不可能な事なのだ。

そして、残り10分を切った頃、塩谷が切り出した。


「後10分だね、これでお別れだ。彩音ちゃん、幸せになってね。この先、いろんなことが待ってると思うけど、ここまで乗り越えて来た貴女ならきっと大丈夫と思うから。」


彩音は泣いていた。大粒の涙が頬を伝って、床にいくつも落ちていた。

それを見た塩谷も、堪えきれなかった。

二人は、この後ただ黙って熱い抱擁を交わし、時間が来るまで抱き合っていた。


やがて時間が来て、塩谷は部屋を出た。別れ際に、こう言い残して

「本当に辛くなったら、俺の力が欲しく成ったら、そう叫んで欲しい。俺を信じてくれたら、絶対に届くから。だって、こうやって奇跡的に出会えたでしょ。そんな思いを手紙に書いてきたら、後で読んでほしい。はい、これね」

「うん、手紙ありがとう。大切に読むね」


そう言って、塩谷は振り返ることも無く、部屋を出た。今振り返ったら、自分がどうなってしまうか、怖かったから。


塩谷の後ろ姿を見送ってから、彩音は直ぐに手紙を読み始めた。

そこには、熱い彼女への思いと感謝が延々と綴られていた。そして最後に、こう書かれていた。


「from 塩谷健一。 けんいち って、私の本当のお父さんの名前。お母さん、どうして、もっと早く教えてくれなかったの!」


彩音は、直ぐに部屋を飛び出した。


「店長! 塩谷、いや 田中さん、最後のお客さんは?」

「先ほど、退店されたよ。泣きながらね」

「店長、ごめんなさい。今日で最後だから無理聞いてくれませんか? あの人に絶対伝えなきゃいけないことがあって、追いかけたい」

「いいよ。他のキャストや店員には絶対内緒ね。さあ、行って」

「ありがとうございます」


彩音は店を飛び出して、塩谷を探した。

探せど、探せど、どこにも見当たらない。この都会では人を見つけ出すことは不可能に近い事なのだ。


「だめだぁ、全然見つかんない。お父さん、また逢いたいよー、直ぐに逢いたいよー...」



Fin

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