第15話 曖昧な記憶

彩音は、シフト間の休みに亡くなった母の事を回想していた。とても気になった事が有ったから。

医療従事者だったから、自分の最期は薄々感じていたのであろう。残された姉妹の事が気がかりでならないのは、どの親でも当然の想いである。


「彩音。お母さん、ずっと言えないでいた事が有ったのね。今更って言われても仕方ないけど、話しておかなきゃって。私、再婚だったじゃない。お父さんと知り合って、結婚できてとっても幸せだったけど、前の夫にはずっと申し訳ない思いで生きてきたの。それは、私が裏切ったからなのよ。お父さんが好きで仕方がなかったの。」

「不倫してたって事?」

「そこまではっきりしたものでは無かったけど、気持ちはそんな感じだったと思う」

「実は、あなたはその前の夫との子供なの。ごめん、ほんとごめん。でも、お父さんはそれを隠してずっと実の子として育ててくれて。」

「そうかぁ。やっぱりねって感じ。ずっと、麗奈と私とは愛情が違うなって思ってたから」

「ごめんね、何度もお父さんとは話したんだけど。でも、そんな意識は無いんだって言ってたから」

「そうかぁ... そんな感じはしていたけど、突きつけられると何か辛いなぁ。だけど、どうして、今話したの?」

「私ももう長く無いから、貴女達の事が心配で。できたら、彼に見守って貰えないかなんて」

「お母さん、滅多なことは言わないでよ。それに、二十数年も会ってない人に、しかも裏切ったんでしょ。虫がよすぎるっていうか」


そんなやり取りが有った事を思い出していた。だが、実の父の事を聞けたのは、下の名前くらいで、どこで何をしているのかも、全く分かっていなかった。後に亡くなった事を伝えようにも、伝えようが無かったのだ。

そんな実の父への思いを、少なからず塩谷に求めていたのかもしれない。でなかったら、冴えないおぢさんの存在がここまで大きくなることは無かっただろうから。


その冴えないおぢさん塩谷も、相変わらず彩音のことで頭がいっぱいになっていた。


「あと数回しか逢えないのかぁ〜。俺どうなっちゃうんだろ?蝉の抜け殻状態だろうな、きっと。 そういえば、だいぶ前だけど、急に美江の事思い出してたな? ゆうかちゃん、いや彩音ちゃん、なんと無く似てたんだよなぁ。いまだに引きずってるのか? まさか、20年以上も前のことだぞ!」


美江とは、別れを切り出され、引き止めることが出来なかった元妻である。離婚後は一度も会えて居なかったから、同世代の彩音に美江の面影を重ねても無理もないのである。やはり、心の奥で美江の存在が大きかったのは確かだった。


「そんなことより、次は何の企画を頑張ろう? ここは、また初心に帰ってH Pチェックだな。」


しかし、もうじき退店するキャストが新しい情報を更新するはずも無く、彩音の新しい情報は全く掴めなかった。しかし、ここで一条の光が差した。2時間の予約をすると、店外に外出できるとのルールである。

早速、イノパラに予約の電話を入れ、レストランの予約も入れた。


「これだぁ、初めてのディナー!目一杯お祝いしてあげよう。お酒、飲めるのかな? 飲めなきゃ、ソフトドリンクも有るしな。何が良いかな?イタリアン好きって言ってたな、確か。よし、ここ予約しよう」

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