第12話 お嬢様にだって

何をしてても、彼女のことが頭から離れない。“今日は3日目だな、後1日しかこのシフトでは逢えないなぁ” とか。

そんなだから、当然仕事のミスも多くなる訳で。


「西田さん、この納品書まだ送ってなかったんだっけ?」

「どれですか? あー、これは主任の検印待ちで止まっていた物ですね。今日送っても、顧客が検収上げてくれるか、ギリギリですよね。とりあえずPDFで送って、事情話して交渉してみます。」

「ごめん、ほんとごめん。」


「大丈夫でした、処理頂けるそうです。」

「ふうっっ、助かったぁ。ほんと西田さんのおかげだよ。ありがとうね」

「あの〜、主任。何か有ったんですか?最近の主任は、なんかいつもと違うっていうか」

「あははっ、ごめん ごめん。だめな上司の部下は、よく育つ だな」

「ごまかさないでください。今日は、飲みに行きましょ。今日のお詫びをして下さい。」

「そうだね、分かった。何か、高級なもの、ご馳走するよ」


そんな流れで、西田さんと夕飯を食べに行くことになったのだった。今日は、井伊は居ない。大丈夫なんだろうか?


「結局、いつものイタリアンになっちゃったね」

「私、ここのイタリアン好きですよ。それに、何を食べるかよりも、誰と食べるかじゃ無いですかぁ〜」

「おいおい、からかわないでくれよ。もしかして、もう酔ってる?」

「いいえ、至って正気です。いや、やっぱ酔ってますかね?」

「そうなの? 気持ち悪くなったら言ってね。お水貰おうか?」

「大丈夫です! それより主任。最近どうしたんですか?今日は絶対に聴き出します。私に何でも打ち明けて下さい!」

「西田さん、それは普通おじさん側が言うセリフでしょ。本当、情けない上司だよな、俺」

「そんなことないです。尊敬してますよ!優しいし、最近はボーッとしてるけど、仕事は出来るし」

「そんなに、持ち上げないでよ。何にも出ないよ! そもそもお嬢様に相応しい物なんて、買える身分じゃないし」

「あー! また言いましたね“お嬢様”。だから、そうじゃないんですって。」

「ごめん、つい口が滑って」

「滑ってってことは、ずっと思ってたってことじゃないですか。もう〜」


もう、面倒臭いなぁ〜。お嬢様なんだから、それで良いじゃん。そんな風に思っていたのだったが...


「どうしてそんなに、“お嬢様”が嫌いなの?育ちが上品なの漂ってるし、容姿も素敵だしね。皆んな、西田さんのこと、憧れだって絶賛してるよ。何か、俺まで鼻が高くなった気分で。」

「そんな持ち上げても駄目ですよ。それじゃあ、主任はどう思ってるんですか?私のこと。」

「仕事も出来て、社内からも一目置かれる、自慢の部下かな!」

「それだけですか?」

「それと、正直言えば俺も綺麗で素敵な女性だと思うよ。」

「それで?」

「それでって?」

「女の魅力感じませんか? 私に。」


いや、面倒なこと聞くなぁ〜。なんて答えたら正解なんだ? 正直、貴女は腫れ物なんだから、俺にかまわないでくれよと言いたかった。

それでも、お嬢様もお嬢様で色んな葛藤が有るんだと、何となく気の毒になっていった。大事な部下だから、何とか収めようと頑張ってはみたのだった。


「それは、感じない訳ないでしょ。だから、皆んな出来たら西田さんとデートしたいって思ってるじゃないかな。」

「皆んなじゃなくて、主任はどうなんですか?」

「あっ、ももちろん、俺もだよ」


“なんて事、言ってんだ。後で取り返しつかなく成らないように、フォローしなきゃ。”  焦っていた。


「じゃあ、今度デートして下さい。約束ですよ」

「あははっ、それはいくら何でも。上司と部下だし、第一美女と野獣。いやっ、美女とおぢさんだな!」


なんか、俺を落とし入れようとしてる? 美人局? まさか、歌舞伎町じゃあるまいし。

その場は、酔っている事を全面に押して、場を収めた。少なくとも、俺はそのつもりだった。


何とか返した後、なんで西田さんはあんな事言ったのかを、考えていた。

「お嬢様には、お嬢様なりの俺たちには計り知れない悩みや葛藤が有るんだな、きっと。もっと、色々聞いてあげたり、フォローしてあげなきゃな。でも、俺なんかに何ができる?深煎りは禁物かぁ? でも、せっかく部下になってくれたんだから、最大限の努力は惜しんじゃダメか。」


そんな事を考えながらも、いつの間にか思考は彩音の方へ向いていた。もう、10日間以上、逢えていない。風俗店に10日間行っていないとも言い換えられるのだが、そんなこと当たり前の事で有る。

「お嬢様でも色んな悩みや葛藤が有るんだから、ゆうかちゃんならもっと深くて大きな悩みを抱えてるんだろうな。俺は、何をそんなにイジイジしてんだ。“今日も来たよ、元気かな?” って声かけてあげるだけで良いんじゃないのか?」


そう思えるようになって行った。西田さんにも感謝しながら。

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