第6話 おぢさんが風俗嬢に恋をした日

そして、決戦の火曜がやって来た。


「主任、昨日言われてたアポですが、今週木曜日の午後訪問で大丈夫ですか?」

「うん、西田さんが良ければ、それで。」

「昨日は、午後は予定入るかもとおっしゃってましたけど?」

「あっ、そうだっけ? ごめん、ちょっと確認させてくれる?」


仕事なんて、上の空である。

「今日ずっとあんな調子なんだよ、主任」

「どうかされたんですかね?」

「さあ?」


「じゃあ、今日はお先するね! お疲れ様〜」

「はい、お疲れ様でした」


「もう帰っちゃたよ!きっと、今日は何か有るな、主任」


井伊の言う通りである。

ブログによれば、何かプレゼントを渡す客が多いらしい。

なので、これから選びに行くため、早めに退社したのだ。


“お花と決めては来たものの、どんなんが良いんだろう。さりげなく、でも気持ちは込めてと”


「すいません、これギフトパッケージでお願いします。」


“よし、準備は整ったぞ。後は、気持ち込めて渡すだけだな”


決戦の地、いやお店に向かった。


「予約していた、塩 いや田中です。ゆうかさんをお願いします。」

支払い済ませて待ってる時間が、いつもの3倍位長く感じた。


「田中さん、驚いちゃった。こんな早くに来てくれたんですね。」

「うん、また来ちゃったけど、大丈夫?」

「大丈夫って何が?ほんとに来てくれてありがとう」

「そう言ってもらえると、社交辞令でも嬉しいなぁ。それと、これ。ゆうかちゃんのイメージに合わせて選んだお花。良かったらここにでも飾ってくれたらなぁなんて!」

「わぁ〜、ありがとう。私、お花なんて、数年間貰ったこと無くて。お誕生日みたい。お家に持って帰って、飾りますね」


喜んでくれてるのを感じれたのは、むしろこちら側の感謝の方が大きかった。


「じゃあ、田中さん。シャワー行きましょ!」


今日も最初から最後まで、全身全霊で尽くしてくれる優しさをつよく感じた。


「今日もありがとう。本当に夢の様な時間を過ごせたよ。」

「私も、田中さんと居ると、気持ちが安らいで、辛いことも忘れられるんです。」

「そうか、やっぱり大変だよね、このお仕事。いや、お仕事はどんなでも大変か」

「ゆうかちゃん、いつも予約でいっぱいだから、ファンのお客さんが多いんでしょう? なら、変なお客は少なそうだから、ちょっとは安心して良いのかな? でもね、それはそれで嫉妬してんだけど、俺がどうこう出来るもんじゃ無いし。ゆうかちゃんの幸せを願ってるよ。遠くからだけど」

「ありがとう、田中さん優しい。私、嬉しいです。素敵なお花も頂いて、今日は良い日になりました。」

「いや、こっちこそだよ。1時間もの間、こんな可愛い娘を俺が独占出来たんだから、これ以上の幸せはあり得ないから」


こっから、出たく無い。この時間が止まればいいって思えたのは、そう 30年ぶりくらいだった。

ぷるるるるー、そして地獄のタイムアップを伝えるコールが鳴った!


「あっ、時間だね。早く帰らないと、ゆうかちゃん叱られちゃうね」

「あっと言う間だったなぁ、時間すぎるの早すぎる」

「また、来るよ。お別れ惜しいけど、またね!」

「今日はありがとうございました。また、いらして下さい」


そう言った後、抱擁を交わした。熱く、少なくとも俺は!

店を出た俺は街をふらふらした。たくさんの呼び込みも喧騒も耳に入らず。

とても家路に着く気にはなれず、何故か目頭が熱くなって来た。


そして、夜空に向かって叫んだ 「あぁぁーーー!」、心の中でだけど。

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