それらに俺は弱い。@白井瑛太


 ある日の登校時刻。藍沢望空と俺は出会った。



「あ、白井くんだぁ、おはよぉ〜」



 彼女の登校時間は把握していた。


 俺が聞いたわけじゃないが、クラスの女子からの密告だった。その通りに来るとは思ってなかったが、来たのなら仕方がない。


 朝一のポヤポヤした彼女を偶然の出会いによって堪能するしかない。


 彼女はどうも朝は苦手のようで、偶に昼から来たりする。身体が弱いのか、休む日も偶にある。


 それが何故か柿本と被っていることがあるのが腹が立って仕方がなかった。


 もしかしてとそれとなく関係を聞くも、関係ないと言っていた。一人暮らしで大変なのだと言う。


 安堵したそんな気持ちを思い出し、俺はにこやかに話しかけた。



「おはよう。もう学校は慣れた?」


「んー慣れたって実感がないかなぁ〜みんなともすぐ仲良くなれたし、昔からここに居るみたいでさ〜感謝感謝だよぉ。ただその分勉強が疎かになってしまいまして……てへへへ…」



 朝からくっそ可愛いな。



「…ッ、て、転校して間もないんだし仕方ないよ」


「ありがとぉ。でも違うんだ〜お家に虫が沸いてさぁ。退治しても退治しても居なくならないの」


「ええ? Gとか?」


「そうそうジイジイ。茶色いのとー真っ黒なのとー情け無いのにしつこいんだよね〜どっから入ってきたんだろうね。んふふ」



 ……? Gなのに…なんでそんなに嬉しそうなんだ…? 情け無いってなんなんだ? いや、それよりここだ。彼女の良さはここからだ。ここからなんだ。



「お、大家さんに言ったの? 一人暮らしなんだし、言った方がいいよ」


「それは大家さんに悪いよぉ。まあお薬で退治するから良いんだよぉ。劇薬劇薬、退治退治〜ん、ふふ〜いっぱい浴びて脳ハカ……あ……ご、ごめんなさい。お、女の子らしくない…よね…?」



 そう言って口元を手で隠す藍沢望空。


 これだ。このテンションの上げ下げの落差がたまらない。


 去年のさくらを思い出す。あの子もイベント毎ではどこか陰のある笑顔を浮かべていた。


 そうなんだ。芯のある女の子のチラリと見せる恥ずかしがる仕草やオドオドとしたビクつくような態度、それらに俺は弱いんだ。



「い、いやそんなことないよ。そうそう、うちのママなんかはスリッパでこう、パンって叩き潰してたよ」


「…してた? あ、そっか…小さい時だっけ?」


「そ。もう気にもしてないけどね」



 ママが男を作って出て行った事を誰に聞いたのか彼女には知られていた。別に気にもしてないけど、多分興味を持ってくれたんだろう。


 くっそ照れるな。


 気にはしてないが、親のその離婚のせいか、昔から女の子を軽く見る傾向にあることは自分でわかっていた。流石にクズいことは他校の子にしかしてないからバレやしないだろうけど。


 ママとしては最低だったけど、女としては格好良かった。あの女みたいに、どこか芯を強く持った女の子を、惚れさせることで主導権を握りたい。そうしないと心が落ち着かない。


 そんな俺だった。


 その点さくらは簡単には男に靡かないし、可愛さと影響力が大きかったし、芯があった。だからすぐに惹かれた。


 だけど安易に告白しようとするとママがチラついて邪魔をする。惚れさせて告白させないと父みたいに惨めに負けてしまう強迫的な怖さがあった。


 だから慎重に進めてきたのに柿本のやつ…


 周りを味方につけ、柿本と別れるように仕向けたが彼女は聞きもしない。見向きもしない。


 ようやく柿本の自爆によってそれは叶ったが、俺とさくらの仲は何も進んでいない。


 別れてからどんどんとおかしくなるさくらにはまだ芯が残ったままだった。そんな落ち込んだ弱さもたまらない。だが、慰めようとしてもすぐに学校から居なくなるし、進展がない。


 そんな時、転校生がやってきた。


 俺は何故か彼女に対して、最近ずっとソワソワしている。


 これは何なのだろうか。


 彼女はさくらとはまるで違っていた。言いたい言葉を引き出してくれる。女の子に弱みを見せることがあんなにも嫌だったのに、情け無い姿を肯定してくれることが不思議と嫌じゃなかった。



「でもそんな嫌なママと比べられたら悲しいなぁ……ん? ママ………ん、ふふ…」


「そ、そういう意味じゃなくて! その、ごめん…」


「ん? んん? ああ、違うよぉ。いつかママになるわけだから〜ママ呼びも良いなって。パンパンって音を立てて〜こうやってお祈りするんだ〜んふふ〜」



 そう言いながら、手のひらに小さく空気を溜めて柏手をパンパンと打つ。


 自分の口からも「パンパン、パンパン」と何回も小さく囁く。


 嬉しそうにそのまま両手を口に当て、ニヨニヨとしながら空を見上げて眺めていた。



「…ッ」



 ただそれだけだ。それだけなのに、くそっ、なんでこんなにエロく感じるんだ。


 何で祈ったのか何に祈ったのかわからないが、何故かエロく感じてしまうんだ。


 朝から息子が硬くなるんだ。


 これはいったい何なんだ。



 ふと彼女と同じように見上げた空は、俺の邪な心とは真逆にピカピカに晴れていた。

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