すっかり忘れて眺めていた。@柿本英治
雨谷さんと別れ、なんとなく家に帰りたくなくて、ブランコでぼんやりとしていた僕に、近づいてくる女子高生がいた。
うちの高校の制服で、リボンの色から同学年だとわかる。
可愛い子だった。
だけど学校で見たことはない。
「なーにしてるの、えーちゃんっ?」
「…?…え、……あ……あれ、もしかして…のん、…ちゃん?」
その語りかける言葉に、口調に、仕草に、古い記憶がズキリと蘇ってきた。
「のんちゃんかー、うわー懐かしい響きだね。そだよー。久しぶり。
「…そうだね。随分と…久しぶり、だね…なんだか…のんちゃんが…違う人…みたい。それくらい…違った」
「……それ褒めてるんだよね? でもなんかえーちゃんに言われると微妙ー。うそうそ、えーちゃんもなんか良い男、って感じになったねっ。んふふっ」
彼女の名前は
幼友達だった。
こども園から彼女が転校する小四まではずっとクラスが一緒で、よく遊んでいた、はず。
当時の記憶はバツバツに途切れ、千切れているけど、仲良しだった、はず。
どうやら彼女はこの街に帰ってきて、うちの高校に転校してきたらしい。
そして気付けば、ここ一年のことをついつい、いろいろと、するすると、話してしまっていた。
もちろん実名は避けながら。
それと、話しながら少し思い出した。
昔から彼女が聞き出し上手だったことを。
「そっか…えーちゃん、可哀想…」
「あー…いや…実のところあんまりわかってないんだ。あはは…ショックなのはショックだったけど…僕にはまだ…恋とか愛とかわからないみたい。みんな……大人だよね」
のんちゃんと会ってから、なんだか幼い頃に戻ったみたいで、少し胸が痛かった。
二度と戻らない頃を思い出したせいか、それを意識したせいでさっきの別れを重ねたのかはわからない。
でもだんだんと話すうちに、痛みは徐々に消えていった。
あの頃は恋も愛もなく、家族、友達。そこに向ける大好きという気持ちのみがあった。
多分僕は幼い頃から何も成長してなかったんだな。
そんな事実に何となく気づいた時、公園に花咲さんと雨谷さんが二人揃ってやってきた。
「英治くん! え、あ、えっと誰と…いるの…?…」
「英治! 英治! ごめんなさ…え…あなたは…誰ですか…?」
怖い花咲さんと別れたばかりの雨谷さん。
二人はのんちゃんを小さく指差し、そう言った。
彼女達はなぜここに来たのだろうか。
今はどちらもあんまり会いたくないけど、無視する勇気は僕にはない。
「…花咲さん…雨谷さん…どうしたの?」
「わたしは! その、この浮気女から英治くんを守るつもりで…」
「黙って! 今から英治にちゃんと謝るから! 説明するから! それにまだ別れてない!」
二人はすごい。
僕には出来ないことばかりだ。
でも大丈夫。
やっとわかった。
のんちゃんと話したからか、話した事で整理されたのか、胸の奥に大きな穴があるのがわかった。
これが僕にあった心の穴。
欠落した僕の感性が住む穴。
僕の大好きが執着する場所だ。
花咲さんがそこに咲かせてくれた大好きの木。それを引っこ抜いてできた大きな穴は、雨谷さんが満たしてくれた。
雨谷さんと別れて、大好きが抜けた穴はポッカリと空いて、まだわずかに溜まっていた。
のんちゃんと話していたらいつの間にかチョロチョロと流れて無くなっていた。
だから今は欠落した穴だけ。
胸の痛みはもう無い。
花咲さんと雨谷さんを見る。反対に二人は痛々しい表情だ。
これは僕が別れを口にしなかったからか。
でも、僕なんかに縛られるなんて、そんなの可哀想だ。
なら、なけなしの勇気をかき集めて、この穴を埋めよう。
この穴を勇気だけで満たせば、彼女達にきっと別れを告げることが出来るはずだ。
よし!
そう決意して立ち上がろうとした時、僕の制服をのんちゃんが引っ張った。
「……えーちゃんは昔から変わらないなぁ。穏やかで…優しくって…人のことばっかで…んふふ。もう大丈夫だから、ね? わたしが何とかするから、ね? んふ。こんにちはぁ、お二人さーん。わたしがnon-noだよー? へろ〜ひゅーひゅー」
のんちゃんは、のんのってあだ名もあったのか。
それにどうやら二人を知っているようだった。
情報に疎い僕は、疑問に思って三人を眺めた。
ポッカリと空いた欠落したその穴を、閉じることも、埋めることも、守ることも。
すっかり忘れて眺めていた。
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