デクラメート戦 1 ラトリーの策略

「オオオオオオッッッ!!!!」


  凄まじい蹄鉄音が荒野一帯に響き渡る。ディール軍側、騎兵5万。その騎馬部隊が凸型の陣形を組み、乾いた荒野に砂嵐を巻き上げながら真っ直線に駆け抜ける。


 対するデクラメート、重装歩兵部隊3万。矢を通さず、剣を弾く高い防御性能を誇るが、その弱点はその重さによる行進の遅さだ。故に重装歩兵は守りにおいてその力をフルに発揮する。しかし──


「!! 指揮官!! やはり、!! 敵の重装歩兵の進行スピードは並の歩兵よりも速いぞ!!」


“あちらの魔法師団による何かしらの強化系魔法が施されているのだろう。構わない。進め。作戦通りで頼む。”


「了解!!」


  デクラメート側の前線部隊である重装歩兵部隊はその弱点を対策していた。魔法師団による強化付与により、重装歩兵の進行スピードは通常の倍以上にまで跳ね上がっている。その状態を察知し、二番隊隊長レクターはラトリーへと伝令した。


 ディール軍も決して魔法学の研究を怠っている訳ではない。ディール兵たちには皆、その装備に独自に開発した遠隔通信が可能な術式を付与してある。指揮官ラトリーは部隊長と状況の確認を取りながら、そこから導き出した策を部隊長へと伝えるのだ。


「! 来た!! 敵軍の魔法だ!! 各部隊長、魔力解放!!」


「了解!!」


  空を見上げるディール軍。空からはまるで矢のような軌道を描きながら火球が落ちる。デクラメート軍の目論み通り、広大かつ、障害物のない荒野では身を守るものがない。それを受け止めることができるのはのみ。


「魔力炉、開放ッ!!」


  馬を駆り、突撃しながら隊長たちはその身から凝縮された魔力の波動を空へと放つ。それは降り注ぐ魔法の雨と衝突し、火花の雨へと変えることにより相殺する。ディール軍に被害は一切出ることなく、騎馬隊は歩みを止めることなく荒野を進む。


「まもなく衝突するぞッ!! 皆よ、準備せよッッ!!」


「オオオッッ!!」


  荒野を両軍が進み始めて約5キロメートル。ここで互いの進行が重なり、戦闘が始まる。


「よしッッッ!! 全員ッ!! 退ッッッ!!!!」


「オオオッッッ!!!!」


  ──戦闘は起こらない。騎馬で突撃するかと思われたディール軍は衝突のタイミングを見極め、先頭部隊、右翼、左翼の部隊を分散させながらデクラメート軍から逃げるように後退していく。そしてあからさまに開かれた中央のエリア。それはの一撃を叩き込むために作った固定砲台。


「──臨界炉心、起動。戦いを制する開拓地カモンボーイ・トゥー・ザ・フロンティア


 黄金の輝き。大英雄の生き様そのものである限定闘法が荒野を一直線に貫く。先程の突撃はディールが誇る最強の大英雄を守りつつ、彼の限定闘法の射程距離まで接近することが目的であった。そのために本来一番隊隊長である彼は中央部隊である五番隊へと紛れ込み、デクラメート軍と最接近したところで五番隊を守っていた他の四部隊を旋回させることにより、道を作ったのだ。


 その限定闘法の威力たるや痛烈を極める。直線の射程範囲内にいた敵重装歩兵は跡形もなく消え去った。その数や実に1万。重装歩兵の絨毯には中央に大きな風穴が空いた。それは堤防の決壊を意味する。


「こちらテキウス。敵前線重装歩兵の中心を大破させた。司令を頼む」


“よし!! 前線部隊と五番隊はそのまま開いた中央部を抜けて敵陣営を目指せ!! 右翼、左翼部隊はそのまま重装歩兵部隊と交戦し、足止めせよ!! 六から八番までの部隊を援軍に向かわせる!! 九、十番隊の騎馬たちはテキウスたちを援護させる!!”


 指揮官ラトリーの司令を聞き、迅速にディール軍は作戦を決行する。敵軍はテキウスの限定闘法によってその大半を崩壊させられたことにより混乱している。その混乱に乗じて右翼、左翼部隊を乱戦に持ち込ませる。これぞラトリーが発案した「旋回の陣」である。


 右翼部隊、左翼部隊が敵重装歩兵部隊と戦闘を開始する。激しい剣戟の音が各地で上がり始め、それと同時に雄叫び、悲鳴、怒号。様々な声が戦場にこだまし始める。


「へ、さすが大英雄様だ。涼しい顔でノルマの三分の一はったってか?」


「ちゃらけんな、グリーク。これからもっと殺すんだろ? お前もタイミングを見極めて限定闘法を使え。俺は残り2発は撃てる。出来る限りこいつは防衛には使いたくねえ」


「へいへい。援護は任せな、五番隊はもとより補佐役の部隊だからよ」


  馬に再び乗り、テキウスは五番隊から離脱する。そしてもとある場所へと馬を走らせ、彼らのもとへと返り咲く。


「ついて来いっつったのに、俺がついてくはめになっちまったな。すまねえ、グラッド」


「いえ、お見事です。テキウスさん。いや、隊長」


「ああ、後は任せろ。俺がしっかり導いてやる」


  先頭部隊の隊長代理、副隊長のグラッドは部隊の殿しんがりへと後退する。そして入れ替わるように彼が先頭に立った。


「行くぞ、レクター。みんな俺たちの足止めを買って出てくれている。最速で馬を走らせるぞ」


「ああ、行こう」


  横並びに旧友が構える。一番隊、二番隊の合同部隊は遂にディール軍が誇るこの二人を長につけた。


「行くぞテメエらッ!! 目指すは敵営本陣!! 右翼、左翼の足止めも長くは続かねえと思え!!」


「オオオオオッッ!!」


  先頭部隊、五番隊は風穴分の広さに陣形を広げながら弾丸のように最速で馬を駆る。


 砂嵐を巻き起こしながら弾丸は風穴を通り抜けた。遠方に見えるは第二陣の重装歩兵部隊。こちらも横一面に広がり一般歩兵を超えるスピードで接近してくる。


「敵魔法師団は魔力を溜めているという情報があった!! デケえ魔法が降ってくるかも知れねえ!! ラトリーの司令通りの方法で陣形を組み立てろ!!」


「オオオッ!!」


  先陣を切るディール軍は枝分かれするようにいくつかの部隊に分散しながら進んでいく。何もない荒野において集団進行するのは自殺行為だ。敵魔法師団の魔法は全て大多数を殲滅することが可能なもの。それならば部隊を分けて荒野を進み、その被弾範囲を分散させる。


 各少数部隊の先頭には限定闘法を使える隊長、副隊長が付き、彼らが敵の魔法を相殺する。魔法は最低でも魔力操作の技法の一つ、魔力解放を扱えるものでなければ相殺できない。さらには魔力操作は基本的に魔法のワンランク下のグレードであるためにその上位に位置する魔法を魔力解放で相殺するにはかなりの実力を有する。


 魔法師団を持たぬディール軍の頼みの綱は長い戦闘の経験により、魔力炉を覚醒させた隊長格のみだった。


「! 来たぞ!! さっきよりも……デカい!! 出し惜しみせず、ありったけの魔力で相殺しろッ!!」


 分散した部隊は計六部隊。一、二、五番隊の各隊長、副隊長が先頭を務める。


「──魔力炉、開放ッ!!」


  空より降り注ぐ火球はさらにその大きさを増し、さながら隕石のようなものになっていた。それを部隊長たちは出力を高めた魔力解放によって破壊する。


「チッ……! 壊してもか……!」


  しかし規模が大きくなった火球は魔力解放で相殺したとしても消し去れる範囲に限りがある。幾許いくばくかの火球の欠片は初弾と同じほどの大きさでそのまま騎馬隊に向かって降り注ぐ──!!


「ぐわあああ!!」


  二番副隊、五番副隊の後方で爆発が起きる。破壊し損ねた火球が降り注ぎ、騎馬隊を黒く焼き尽くしてゆく。


「被害は!?」


「二番、五番副隊の後方で被弾!! 隊列は崩され、約半数の兵は戦闘不能です!!」


「指揮官!! 二番、五番副隊は被弾したッ!! 約半数が戦闘続行不可だ! どうする!?」


 テキウスがラトリーへと指示を仰ぐ。するとラトリーはそれを予見していたのかすぐさま次の指令を返した。


“テキウス。一番隊を今一度一つにまとめよ。そして敵重装歩兵部隊の中央部で交戦せよ。五番隊は一番隊の支援。二番隊は次の魔法斉射に備えつつ、戦闘を避けて右翼につけ。そして被弾していない二、五副隊は合流して左翼に回れ”


「……ッ!! 了解!!」


 ラトリーからの司令は実に非情なものだった。被弾していない副部隊は左翼へ、つまりものたちを見捨てるということ。しかし戦闘を間近に控え、助かる確証のない兵士を助けるために足を止めるのはあまりにも愚かである。それにディール軍は皆が死を覚悟して戦っている。故にこの司令に反論するものなどおらず、従順に動くだけである。


「行くぞ! 五番隊!! 俺に続けえぇええ!!」


  テキウスが先陣を切り、一番隊と五番隊は迫り来る重装歩兵部隊と衝突する。


「オラァッッッ!!」


  テキウスの振るう大剣の前では物理に対して高い防御性能を誇る重装さえも意味をなさない。鎧は砕かれ、そのまま大剣の横薙ぎによって敵の体は切断される。一人、二人、三人。次々に敵は倒されていく。


「くっ……!! あれがディールの大英雄テキウスか!」


  デクラメート兵たちは次々と重装が紙切れのような脆さで叩き潰される様を見せつけられていた。恐怖は波となり伝染する。それはもとより軋むように重いその体にさらなる重圧を与えてくる。次は俺かと皆が思う。それほどまでに彼の剣圧は凄まじい。


「チィッ……!! 囲え!! テキウスの相手は一人では無理だ!!」


  デクラメート重装歩兵達は多数でテキウスを倒そうと目論む。しかし──


「ぐはっ!」


「づぅっ!?」


  次々に狩られる。彼にとって大多数など関係ない。例え100人がかりであろうとも彼は倒されない。何故ならこの男は「敗北の国」へ「勝利」をもたらした男。全てを逆転させるほどのその力は人智を超えていると言っても過言ではない。


「テメエらがいくらかかろうが俺は倒れねえよ!! 死にてえならいくらでも相手してやらあ!!!!」

 

 猛々しい叫びが戦場に集った戦士達全員の耳に響く。それは味方の士気を高揚させ、敵の士気を大きく削り取る。


「重装歩兵達が中央に寄った!! テキウスが注意を引いているうちに右翼、左翼は空いた両翼を抜け、陣営を目指すぞ!!」


  レクターは冷静に状況を判断し、ガラ空きになった両翼を通り抜けることを二番、合同部隊に伝える。


 そして彼らは両翼から抜け、荒野を駆け抜けてゆく。


「!! 見えたぞ! 敵本陣だ!!」


  犠牲を払いながらもディール軍は敵の本陣を視認した。構えているのは騎馬隊と弓兵部隊、それに加えて魔法師団。


“まもなく九、十番隊の騎兵が辿り着く! 合流し、横に広がりながら本陣へと乗り込めッ!!”


「了解! 行くぞお前らああ!!」


「ウオオオオッッッ!!」


  ディール軍優勢で戦争は進んでいる。しかし強大な国家であるフローラと互角に戦うデクラメートが敗戦続きのディールにそう易々と敗北することなどあり得ないのだ。



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