デクラメート戦 開戦
からっ風が髪をなぐ荒野。それを見渡せる崖に腰掛け、その果ての目には映らぬデクラメート軍をディール軍のグラッドは睨みつけていた。
「憎いか。デクラメートが」
「……テキウスさん」
馬を引きながらテキウスがグラッドのもとを訪れた。グラッドは立ち上がり敬礼した。テキウスも同じように敬礼し、挨拶を交わす。
「お前にとっての悲願だろ。この戦いは」
「……ええ。なんせ父を殺したデクラメートとの戦争ですからね」
二人は互いに荒野を眺める。テキウスはその目に覚悟を。グラッドはその目に底知れぬ何かを宿しながら。
「……ゴーファさんから託された命を俺はずっと燃やし続けてきた。数えきれねえほどの人間の命を奪って明日を手に入れてきた。……次があるかなんて分からねえが、俺は戦い続ける。親父さんの仇は俺がお前に取らせてやる。俺について来い。グラッド」
「……ええ。どこまでも」
陣営へと戻るテキウスの背中を見つめるグラッド。彼の目に映っているのはこの戦場で散ることを覚悟している歴戦の戦士の哀愁だった。
いや、彼はどの戦場であろうともその命を枯らすことなど覚悟の上で戦い続けていたのだろう。しかしその魂を燃やし続けるのは赤髪の青年がまだ4歳になろうかという頃に戦死した彼の父の意志だ。
しかし──ああ、もう、いいだろう。
グラッドは憎しみを胸に秘め、自身の責務を果たすために戦う。彼はテキウスを追いかけるように陣営へと戻った。
◆◆◆
「一番隊から十番隊まで、全ての兵士が集まっているか点呼せよッ!!」
陣営を構えてから約5日後、偵察部隊がデクラメートの侵攻準備を確認したという。指揮官ラトリーは直ちに開戦の準備を始め、戦場となるサネット地区の荒野へと兵士たちを集めた。
「よし、全員いるな。諸君! よく聞いてほしい!! 此度の戦争は熾烈を極める!! 戦場にいる限り、皆の心に刻まれているとは思うが! ここでその命を散らす、その覚悟を今一度固めよ! そしてその先にある勝利のために諸君らの勇気を束ねよ! 『敗北の国』の不名誉は、諸君らの命によって『常勝の国』の名誉へと姿を変えるのだ!!」
「オオオオオオ!!」
戦士たちの雄叫びが荒野に響き渡る。ディールは「英雄の国」ではあるが、戦争においては勝利経験がいまだ一度しかない「敗北の国」であった。
何度も何度も攻め込まれ、その度に迎撃し、国は弱る。侵攻をするためには雪山を越えなければならず、幾度か試みた侵攻もそのほとんどが敗北に終わった。故に彼らは勝利に飢えている。勝てない苦しみを知っている。彼らの心は常に前進し、幾度挫かれようとも止まることはない。
「指揮官! デクラメート軍が動き出したそうです!! 重装歩兵部隊が荒野一帯、横並びになって侵攻している模様!! 魔法師団は何やら力を温存している様子です!!」
偵察部隊がラトリーへと伝令する。ラトリーは大きく頷き、そしてディール軍へと開戦を告げる。
「諸君!! デクラメート軍が侵攻を開始した! 作戦を開始するぞ!! 各隊配置につけッ!!」
「オオッ!」
一番隊から十番隊、総兵士数10万。その内実に7万が騎兵である。戦備として投与されたこの馬たちは王から直々に支援されたもの。厳しい寒さに見舞われるディールにおいてこうした家畜はその環境の厳しさからその多くが死んでしまう。ディールにおいて馬は最高級の資源の一つであった。
それだけこの一戦には国からの重圧をかけられていた。これに勝利するか否かによって、それこそ国の命運を左右すると言わんがばかりに。
ディール軍は陣形を固める。先頭部隊は一番隊と二番隊の合同部隊が。左翼部隊を三番隊、右翼部隊を四番隊。この三角形の中央で守られるように五番隊が配置される。この計五部隊は全てが騎兵。5万の騎兵を集め、後方の五部隊には残りの2万の騎兵、3万の歩兵を配置した。
「よう、グラッド。大役だな」
「レクターさん。ええ、隊長の代役ですからね」
二番隊隊長レクターが一番隊の先頭のグラッドに話しかける。グラッドはこの6年の間でテキウスの補佐として数多くの功績をあげ、一番隊の副隊長を任せられるまでになった。
「……お前さんも父親に似てきたな。ゴーファさんには俺も助けられた。……あの時に逃げることしかできなかったことが今でも悔しくて仕方がねえよ。……こんな話をお前にするのもあまり良くはねえよな」
「気にしないでください。テキウスさんにも昔話しましたが、父は隊長としての責務を全うしただけです。あなたたちは父の名誉を生き延びることで守った。そして現にあなた方は隊長となり、我が国の勝利のために戦っているじゃないですか。父もきっと喜んでいますよ」
「……ああ、ならこの戦いに勝利してもっと喜ばしてやろうぜ。俺たちの成長をゴーファさんに見せつけるんだ」
「……ええ」
グラッドとレクターは拳を合わせ、誓いを交わした。そして二人は横並びに先頭へと立つ。馬に乗り、手綱を握る。目指すは地平線の先。少しずつ視界にその存在を強めてくる敵の重装歩兵のもとだ。
二人は互いに剣を抜く。その切っ先を前へと向ける。そして──叫ぶ。
「「行くぞッ!! 皆の者よ、その魂を全て賭けよ!! 全ては祖国ディールのためにッ!!」」
「オオオオオッッッ!!」
「「進めえぇえええええ!!!!」」
「オオオオオオオッッッ!!!!」
戦争の火蓋は切られた。ディール対デクラメート。「サネットの惨劇」の始まりである。
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