デクラメート戦 序章

 ──6年後。


向こう側デクラメートの動きはどうなっている?」


「はっ! どうやら後方陣営に使の師団を固め、何やら策を練っている様子でございます!!」


「噂の魔法師団か……厄介だな。なんせ魔法は『万能の奇跡』だからな」


 時は戦乱。未だ魔法が奇跡と信じられていた時代。ディールの隣国「デクラメート」はその時代の最先端を走り、戦争に魔法使いを数多く投与していた。そしてデクラメートの目論み通り、彼らは戦争において順当に成果を出し始め、ここ5年で最優の国である「フローラ」と互角に戦うまでに成長していた。


 そしてデクラメートはディールに侵攻する動きを見せ始め、ディール軍はその迎撃体制に入っている。野営地を構え、偵察を送り込んでディール軍は敵の情報を少しずつ取得していた。


「へ、どうせ魔法師団頼みのワンマン野郎だろうよ。デクラメートは。俺みてえに限定闘法を使えるやつが一体何人いるんだって話だ」


「……油断するな、テキウス。一介の兵士であれば百人がかりでもお前は倒せんだろうが、もしかすると魔法使いどもが相手では十人でも厳しいかもしれんぞ」


「舐めんなよ、ラトリー。俺の限定闘法は魔法を凌ぐ。止められるやつなんていねえよ」


 自身たっぷりに鼻を鳴らすテキウスを指揮官ラトリーは心配そうな顔で見ていた。万に一つもあり得ないとは思うが……デクラメートの魔法師団はフローラの臨界炉心到達者を撃破したという噂が国を超えて伝わっている。杞憂で済めばいいのだが……。


「だが確かに魔法師団は脅威ではある。俺が負けなくても戦争で負けたら意味がねえ。その点においてはあいつらはこの時代で一番強力な武器を持っているというわけだ」


  テキウスも一切油断などしていない。そうだ。これは戦争だ。国が勝たなくては意味がない。一人の強者の存在も国の勝利に比べれば霞むものだ。


「ああ、やつらに通用するかは未知数だが……こちらも策は練ってある。敵の魔法を打ち砕き、我々は勝利するのみだ」


  晴天の元の乾いた大地。その果てにいるであろうデクラメート軍をラトリーは睨みつける。


「……ああ、勝ってアイツらにもっと楽をさせてやりてえしな」


「それならば早く貴族クラトアの称号を得て王都に住めばいいだろう? 一体何度お前は昇格の誘いを蹴っているんだ。上がりたくても上がれないやつらだっているんだぞ?」


「……俺だって上がりたくても上がれねえ理由があるんだよ」


  ラトリーの横で座るテキウスは果実水を飲みながらも神妙な面持ちを保っていた。


「ほう? 一体どんな理由だ?」


「……それを言えねえから上がれねえんだよ」


 そう言い残してテキウスは野営テントの中に入っていった。長らく共に戦場を駆け抜けてきたラトリーでもテキウスのこんな態度を見るのは初めてだった。



◆◆◆



「ただいまより隊長会議を始める。単刀直入に言う。今回の戦いは正直だ」


「……のせいだな」


 二番隊隊長レクターがに敷かれた兵棋演習盤上の地図の一部を指差して言う。


「ああ、この国境サネット地区はデクラメートの砂漠地帯、乾都と隣接しているために乾ききっている。大きな地割れが集まってできている箇所もあり、そこを迂回しなければ我々は敵陣に攻め込めない。そうなるとこの障害物となるものがほとんどない荒野を突撃するしか策がないのだ」


「そして隠れることができずに突撃してくる俺たちを相手さんはご自慢の魔法で潰しにかかるってわけか」


  五番隊隊長グリークはため息をついて座っている椅子を振り子のように上下させながら言った。横にいた六番隊隊長にして隊長唯一の紅一点エメリダが彼をどついて静止させたが。


「そういうわけだ。諸君らは王都の魔法使いが扱う魔法を見たことがあるかと思うが、魔法は弓、剣、槍といった原始的な攻撃手段とは桁違いの破壊力を持つ。それこそ魔法は魔法でしか防ぐことができないと言われるほどにだ。そんなものを扱う魔法使いが偵察部隊の情報によると少なくとも3000はあちらの師団にいる。矢の雨ではなく、魔法の雨を逃げ場のない荒野に放たれては我々に勝ち目はない」


 この場にいる10人の隊長が黙り込む。歴戦の彼らにとってもこれほどまでの数の魔法使いを相手にしたことはない。貴族クラトアではないテキウスと新入りの九番隊隊長ヘルメスを除いた8人は王都で暮らす宮廷魔法使いの魔法を見たことがあるが、彼らにとっても魔法の威力は十分脅威であると感じるほどだ。


「……それで、策は?」


 皆が黙り込む中、口を開いたのはディールの大英雄テキウス。少数精鋭である一番隊隊長を務める名実共に最強の戦士。冷静かつ的確に議題を進める一言をラトリーに対して言い放つ。


「……この策は多くの死者が出る。他の道も考慮したがこれが最も敵に打撃を与えられる可能性が高い。……頼むぞ、テキウス。お前が鍵だ」


 死者が出る。戦争においてそれは当たり前であるが、指揮官の口からそう言い放たれることはその作戦が絶望的なまでの損害を覚悟したものであるという証明である。


 この場にいる皆が固唾を飲み、テキウスは鋭い眼光でラトリーを睨みつけている。ラトリーはその眼を真っ直ぐに見つめ、動じることなく指揮官としての威厳を見せつけている。


「……どれくらいの被害が出る?」


「……ディール軍全兵士数10万。その内の7割の死は覚悟してもらおう。それも敵陣に突入するまでに犠牲になる数だ」


「!? 7割だとお!? ふざけているのかラトリー!! もし仮に敵陣へと突入できたとしても大半の戦力を削がれては敵将を討ち取るまでに残った兵士たちも数に押されて殺されるに決まっている!! お前はいつから悪魔に魂を売ったというのだ!!」


 その作戦の曖昧さと見込まれる死者の数にレクターは怒りの声を上げる。他の隊長格も批判の声をあげる者や、賛同しかねると唸り声をあげる者もいた。しかしこの男だけは違った。


「…………何人殺せばいい。ラトリー」


「……お前一人で3殺せ。そうすれば我々は勝てる」


「ああ、分かった」


「!? 血迷ったかテキウス!? こんなものは作戦とさえ言えんぞ!? いたずらに兵士を死なせ、それによって得られるのは敵と戦う権利のみッ!! その上でお前一人で3万人も倒せというのだぞ!? 無茶苦茶なことを言われているということに気づかんのか!?」


 バンと力強く盤上を力強く叩き、レクターはテキウスの前へと詰め寄る。そして胸ぐらを掴み、テキウスの体を力強く上下へ揺すった。レクターの表情は必死で、テキウスの身を案じているように見えた。


「──うるせえ」


 そんな彼の顔面を痛烈な平手が襲う。あまりの衝撃にレクターは掴んだ胸ぐらを落としてしまった。


 倒れ込んだレクターはゆっくりとその顔を上げる。そこにいたのは恐ろしいほどに光なく、そして悟ったような目をした戦友ともだった。


「……お前らに出来るのか? 3だ。お前たちは3万の命を奪い、笑いながら家に帰れるか? 愛する家族に見せつけられるか? 『俺は3万人も殺した虐殺者だ』と。可能、不可能っていう話じゃねえ。それをやってもっていう話なんだよ」


 倒れ込み戦慄の表情を見せるレクターの前へとしゃがみ、テキウスは彼らの覚悟を問うように話し続ける。


「俺は罪の上に生かされていると考えている。それと同時に俺に託された仕事は大切な自国の人たちが少しでも楽に生きられるように、その数をはるかに超える敵国の人々を殺し続けるってことだ。一人でも多く殺すんだ。その先に終わりがある。その終わりにたどり着けるならば、俺はどんな無茶苦茶な命令でも従う」


 テキウスは立ち上がり、レクターの手を取った。レクターはそれに従うようにゆっくりと立ち上がったが、冷や汗をかき、恐怖の表情を消しきれないでいた。


「……お前、なんでそんなに覚悟できるんだよ。3万を背負うか、3万に殺されるかって話なんだぞ!? ……自分の命も大切にしろよ!!」


 まるで少年の頃のような雲一つないその心を親友へとぶつける。しかしそれを見ることなく、彼は受け取り、進むだけだ。


「……命なんてものは戦い始めた時からないようなもんだ。それに背負ってるもんの重さはずっと重えんだよ。……だけど、これくらい背負えねえと、大英雄なんざ語れねえ」


 そこで初めて気がついた。輝かしい称号を得ようとも、横に並んで戦っていた戦友は、戦い始めたあの少年時代から例え横であろうとも上の場所で戦っていたのだと。

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