第40話 せっかくだから海で泳ぎたいの

「ガウリスなんだよ、カッコよくなって戻ってきたな!」


待ち合わせ場所でアレンが第一声に放った。


「ようやく私の体格に合う服が見つかりまして…」

「服もだけど、そのストールもいいじゃん」


アレンがガウリスが首に巻いているストールを触って、プラプラと上下に動かす。


やっぱり港町には人も物も多く集まっていてか、他の町では見かけないような店屋…体格の大きい人向けの服屋があった。


そこでようやくガウリスの体に合う服が見つかって、ついでにガウリスより身長の低い人にはその喉元の鱗が目立つと言い含めて同じ色合いのストールも買った。


「エリーさんが見立ててくださいました。お金も払っていただきましたし、感謝しきれません」


「しょうがねえよ、ガウリス無一文で遠くに来ちまったんだから」


ヘラヘラとアレンが笑いながら肩を叩くと、


「無一文どころか裸一貫だったじゃないですか」


サードが表向きの爽やかな笑顔で口を挟む。


アレンはハッとした表情になった。


「じゃあガウリスって素っ裸でずっと空飛んでたのか」


「そうですね。そういうことになりますね」


サードが頷く。


「じゃあずっと股間がスカスカの状態で…!」


「ちょ、やめてください、エリーさんがいるんですよ」


ガウリスが大きい手でアレンの口をガッとふさぐ。


「開放的でしたか?」


サードはニッコリ微笑みながらガウリスに問いかける。人をおちょくる時のサードの顔は表向きの顔でもとても楽しそうだ。


「そんな訳ないでしょう!あの姿にそんなものはありませんでした!」


「ええー、そうなの?じゃあどこに収まってたの?」


「知りません!」


口から手を外したアレンの質問にガウリスは歯切れのいい言葉を返す。


女が三人あつまると姦(かしま)しいって言うけれど、男が三人集まると知能が子供に退行するんだわ…。


生ぬるい目で三人を見てから、荷物入れからチケットを取り出した。


「明日の朝七時には船に乗れて十時出発だって。冒険者プランっていうのにしたんだけど、いいわよね?」


「冒険者プラン?」


サードがおちょくる顔つきを改めて聞き返す。


「普通価格だと金貨三枚なんだけど、仮にモンスターとか海賊が襲って来た時に優先的に戦うのを条件に冒険者は半額の金貨一枚と銀貨五枚になるの。どうせそんな状態になったら普通価格でも戦うだろうし、それでいいかなって」


怒られるかも、でもお金に糸目はかけないってサードも言ったんだからと開き直った口調で言い切ると、サードは頷く。


「そうですね。何かあった時に勇者一行がのんびりしているわけにもまいりませんし、それで私たち三人分が半額になるなら十分でしょう」


思った以上にサードが何も文句を言わなかったからホッとした。これで怒鳴られたらキレ返してやると思っていた。


「つーか、安全な船なのにモンスターとか海賊が襲ってくることもあるのな」


アレンがチケットと共に渡された船のパンフレットを見ながら言うとサードが、


「百パーセントの安全などありませんからね。常時用心棒を雇うより、安い値段で現役の冒険者を大量に乗せた方が儲かるし安上がりだと踏んだんでしょう」


と続けて、アレンがなるほど、と頷く。


サードとアレンの知能が無事に子供から大人に戻った。


「こっちも宿を手配して、そんでサンシラについての情報も色々仕入れたんだよ。ま、それは宿についてからでもいっか。行こうぜ」


アレンの後ろをついていくと、少し歩いたところの大きい宿にたどり着いた。

そしてそのまま歩いて部屋に直行する。


「エリーの部屋ここな」


アレンが私に鍵を渡してきて、ガウリスにも鍵を渡して、


「俺らはもっと向こうの部屋だけど、まずエリーの部屋で話そう」


と伝える。


大体いつも大きくて立派な部屋を私にあてがっているから、なんとなく話し合いは広い私の部屋で、というのが定着している。別にいいけど。


部屋の中に入ってふかふかのソファーに腰を落ち着けてから、アレンが色々な紙を目の前のテーブルに乗せていく。


「とりあえず新聞買ったんだけど、見てくれよこれ」


真剣な表情のアレンが新聞を広げて向けてくるから、何か深刻な情報でもあったのかしらと身を乗り出して新聞に顔を寄せる。


そこには大きい見出しがあって、


『サンシラ国神官一人、礼拝の途中行方不明!カームァービ山で遭難か』

『ドラゴン度々目撃される!移動するため国を問わず警戒を』


という内容…。


顔を上げてアレンを見る。アレンは楽しそうにニヤニヤと笑っていて、


「ガウリスすげー新聞の記事に載ってんの。思わず買っちゃった。ガウリスにあげる」


アレンはアハハハ、と笑いながら新聞をガウリスに渡した。


それだけ!それだけのためにそんな真面目な深刻そうな顔!


アレンはたまにそのシーンにそぐわない顔と言い方をする。まあわりと日常茶飯事だけど…。


ガウリスは新聞を指先で引き寄せて内容を軽く読み始めた。


「行方不明…ということになっているのですね」


まあ誰も禁忌とされる領域に足を踏み入れてドラゴンの姿になったとは考えないでしょうしね…。


「それ以外は大した情報も無かったな。サンシラ国では神官が行方不明ってのが今一番のニュースで、今の季節は海も穏やかでモンスターだの海賊だのに遭う事も少ねえみてえだ」


サードは裏の表情で言う。


「じゃあ特に問題もなく海の旅を楽しめそうだな。俺、商船にしか乗ったことないからこういう豪華な船に乗るのワクワクすんなぁ」


アレンは船のパンフレットを見ながら顔を輝かせている。


二人とも…ガウリスもそのあと何も言わないから身を乗り出した。


「話し合いは終わり?」


サードは一言そっけなく「そうだな」と返す。


パッと顔をほころばせて私は更に身を乗り出して、海を見てからずっと考えていたことを言うなら今だわと口を開く。


「じゃあ、じゃあ!海に行って泳ぎましょうよ!」


サードが眉間にしわをよせて「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔で見てきた。


私は外を指さし必死に力説した。


「だってまだ日も高いし、向こうにビーチがあるらしいし、明日には出発するし、一度寄る港では荷物を入れるためだから降りれないし、そうなったらもう海で遊ぶ機会なんてないじゃない」


「あれ、でもエリーって水着持ってたっけ?」


アレンに言われて少し黙り込んで、荷物入れからズルルと布切れを引っ張り出した。


「これって水着?」

「違うよ、エリー」


アレンに冷静に突っ込まれた。


これって水着じゃないの…。外で体を洗う時に首から足まですっぽりと隠れて、そのまま川に入って体を洗える便利なものなんだけど。


「水着はこんなのだよ」


アレンが船のパンフレットを開いて、水着を着ている女性が載っているページを見せてきたけど、私は思わず顔をしかめる。


肩、胸の谷間、お腹、太もも、足先…ほとんど局部しか隠れてない布切れを身に着けて、惜しげもなく肌を出して微笑んでいる女性たち…。


「何これ、こんなの下着じゃないの」


「水着は下着じゃないよ。見せても恥ずかしくない下着だよ」


「それ結局下着じゃないの。ええ…こんなはしたない格好しないと海で泳げないの…!?」


貴族としてなるべく肌は隠そうね、と育てられてきたから、ここまで肌を出してるのに恥ずかしそうにしないで笑顔の女性たちをみて思わずはしたないと思えてしまう。


私の故郷では川も湖も冷たくて、スカートを軽くつまみ上げて足を浸す程度でここまで服の全てを脱ぎ捨てて下着みたいな格好をする人なんて誰もいなかった…。海ってこんな格好をしないといけないの…!?


肌の露出が激しい水着を見て、海で泳ぎたい気持ちが萎(な)えてきた。

そんな私の表情を見たアレンは、首を振りながら、


「でもこれはモデルだからこういうの着てるだけで、ワンピースみたいなのとかキャミソールみたいな水着もあるぜ。あとスカートみたいなのとかホットパンツみたいなのもあるし…」


…随分女物の水着に詳しいわね、アレン。

でもここまで肌を露出しなくていいならやっぱり海で泳いでみたい。


「…本気で泳ぐつもりか?」


サードが不意に低いテンションで口を挟んできて、私はパンフレットから顔を上げる。


「だって海なんて初めてだし、泳げるなら泳いでみたいわ。故郷の湖と川は冷たくて泳いだこともなかったし」


「髪が痛むからやめろ、ただでさえ潮風に当たるだけで髪が痛むっつーのに、海に入るだぁ?信じらんねえ」


「…」

別にそれはサードの考えで、それで信じらんねえと言われる筋合いなんてないわよ。


なんかイラッとした。

私は立ち上がって荷物入れを掴んで歩き出す。


「水着買って泳いでくるわ」

「待てよブス」


サードが私の服を掴んで引っ張って止める。


「髪が痛むつってんのに何で泳ぎに行こうとすんだよ」


「いいじゃないの、海辺で育ったあなたと違って私は海が初めてなんだから少しぐらいはしゃいだって」


「てめえの髪の手入れしてんの誰だと思ってんだ?ああ!?」


イライラしているサードの顔と口調に私もイラッとして、その気持ちのまま返す。


「そりゃ、あなただけど、あなたが好きでやってるんでしょ!?」


「好きでやってるだぁあ!?」


サードもヒートアップして怒鳴り出した。


また殴られるかと一歩距離を取ったけど、それよりも素早くサードが私の胸倉を掴んでグンッと力任せに引き寄せた。


「金のためにやってるに決まってんだろ!金にならねえ髪だったら俺だって…」


「…金?」


ガウリスがキョトンとした顔で呟いて、サードはフッとガウリスの顔を見た。


あ、こいつドジ踏んだ。


私は思わず口を滑らせてしまったサードを見る。


今までパーティ以外の人にここまで裏の表情を見せて来なかったせいね。イラついた流れで思わず周囲にひた隠ししていた私の髪の毛がお金になることをポロッと言ってしまったわ。


サードはどうするのかしらと思って黙ってみていると、アレンもわずかに緊張のこもった顔つきでサードを見ている。


「…」

サードが据わった目でガウリスを見た。


その手が聖剣に伸びていくのをみて、まさかこいつ口封じにガウリスを殺すつもりじゃ、と後ろからサードの手を掴もうとして、アレンもわずかに動き出した。すると、ガウリスはなるほど、と納得した顔で頷く。


「私の国でも貧しい者は自らの髪を売ってそれをお金に換えると聞いています。エリーさんのその長い髪はそのいざという時のために伸ばしているものなのですね。どおりでずいぶんと丁寧にエリーさんの髪を扱っていると思いました」


サードはガウリスの言葉を聞くと聖剣から手を遠のかせて、それでもまだ据わった目でガウリスを見ながら、


「ああそうだ。本当にどうしようもない時の大切なものなんだ」


と、運が良かったなと言いたげな嫌な微笑みを浮かべてそのまま黙りこんだ。


サードの不穏な動きを止めようとしていた私とアレンは気が抜けてホッとする。


ああ、ガウリスがいいように勘違いをしてくれてよかった…。


「それなら髪が海に浸からないよう、浮き輪を使う方法もありますよ」


今何が起ころうとしていたか何も気づいていないガウリスの言葉に、アレンも何事もなかったかのように頷く。


「ああそれなら髪の毛も海に浸かるリスクも低くなるな」


「ウキワって?」


私も何事もなく話題が元に戻ったから聞き返す。


「ほら、こういう丸いのに空気を入れて水の上に浮いたらプカプカ浮くんだよ。その中心に入ったら泳げない人でも泳げる感じになるんだ」


「へええ…」


聞いているだけで楽しそう。海の上にプカプカ浮くってどんな感じなのかしら…。


「結局海に行くつもりかよ…」


サードが不満そうにブツブツと文句を言っている。


「だってサード。エリーは森の中で生活してたんだから広い海で泳ぎたいんだよ。だよな、エリー?」


アレンの言葉に大きく頷く。


「それに今を逃したら次に海にくることがあるかなんて分からないもの!」


冒険していると同じ所に何度も来ることなんてまずない。

行きたい、やりたいと思ったことがあるならその場でやっておかないとその機会がまたくるとは限らない。

だからやりたいことはその場でやってから移動しないと後悔が起きる。


特に海で泳ぐなんて季節の問題もあるし、今までの冒険でも海に来たこともないから本当に次は無いかもしれない。絶対に今泳がなかったら後悔する。


「そうですね、冒険しているとなると次の機会なんてそうそうめぐり合わせはないのではないでしょうか?」


ガウリスも私が考えていたことと同じことを付け足して言ってくれた。


「何なんだよてめえら、結託しやがって」


「いや私は考えついたことを言ってるだけです」


サードのイラついた声にガウリスは慌てて言う。するとアレンもうんうんと頷いて、


「そうそう。それに俺もたまには海で泳いで遊びたいし、エリーの水着姿なんて今を逃したら見れないだろうし」


「えっ!?」


アレンの言葉に驚いてアレンを仰ぎ見た。


「何、そんなこと考えてたの?」


まさかアレンは自分のあんな水着姿を見たいがために海で泳ごうと言ってるの…?

だとしたら嫌…!


でもアレンはキョトンとした顔で返す。


「だってエリー、水着なんて着ないじゃん?」


「…」

それはそうだけど…。

下心があるのかしら、それとも単なる好奇心なのかしら…よく分からない、でも何となく微妙な気持ちだわ…。


「そんなブスの水着姿なんて見たって興奮も何もしねえよ」


アレンの言葉には微妙な気持ちになったけど、サードの言葉にはカッとなった。


「別にあなたを興奮させるために水着着るんじゃないわよ!私は海で泳ぎたいの!」


私は立ち上がって荷物入れを肩にかけ、


「ほら行くわよ!」


とアレンとガウリスの手を掴んで部屋のドアを開た。


「え、私もですか!?」


ガウリスが驚いた声を出したけど、とにかくガウリスの太い手首とアレンの少し太い手首を掴みながら廊下に足音も荒く出て行った。

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