第39話 船のチケット

私は目をキラキラさせて杖を思わず握りしめ、目の前の海を眺めた。


「これが…!海…!」

「そうそう、これが海」


「あれが…!船…!」

「そうそう、あれが船」


「これが…!潮の匂い…!」

「そうそう、潮の香り」


「これが…!海の風…!強い…!」

「そうそう、後で全身しょっぱくなるぜ」


私の感激の言葉を言い続けているとアレンが答えていって、私はしょっぱくなるって言われてパッとアレンを見る。


「うそ、体がしょっぱくなるの!?」


「うん。俺が子供のころ一日中船の上に居たときになんとなく服かじったらさ、しょっぱかったぜ。風に乗って海のしょっぱさが来るんだろうなぁ」


「それは汗では…」


ガウリスはアレンの言葉に思わずツッコミを入れている。


まあそれは置いておいて初めて見る海辺…って言っても港町の海に興奮してスキップでも始めそうなほど私は心がウキウキして足が落ち着かない。


すると前を歩いていたサードは表向き用の爽やかな顔で振り向いた。


「これから今日泊まる宿の手配と情報集め、船に乗るチケットの購入を同時に進めたいと思っています。

ガウリス、あなたはエリーと共にあなたの国へ行くためのチケットを購入してきてください。値段に糸目はかけません。高くても安全な船で、全員個室で鍵付き、できるだけエリーにはいい部屋をあてがうよう願いいたしますね」


「分かりました」


ガウリスもこの半月で馴れたもので、サードの表情と態度がコロコロ変わっても特に気にならないみたい。最初から裏の顔を見ていたから急に表向きの表情になった時には「え!?」って驚いてたけど。


「では私とアレンは情報を集めながら宿の手配をしてまいります。二時間後にまたここで落ち合いましょう」


サードとアレンは歩いて行くから私もガウリスを促して船のチケット売り場に歩き出した。


賑やかな人通りを歩いていくと次第に看板が多くなる。


『○○国行き』『格安!○○国行き』『豪華客船、一年の船旅ツアー受付中』…。


普通の移動手段としての船から旅行専門の船まで色々あるみたい。

あちこち見渡すけど、あまりにも数が多過ぎて目的のチケット売り場が探せない。


ガウリスもあまりの多さにこれは探すのが大変そうと思ったのか、


「私は向こうからグルッと見てきますね」


と歩き出して、それなら私は反対側にと思って歩いていく。


「えーと、ガウリスの国は…」


確かサンシラという国だったはず。


「えーと、サンシラ行き、サンシラ行き…」


と言いながら探していると、ガウリスと離れてすぐの所にサンシラ行きのチケット売り場を発見した。


「あった!サンシラ行き!」


こんな近くにあるならガウリスと二手に別れなくても良かったわと駆け出そうとすると、急に肩をガッと掴まれた。


ガウリス?と思って振り向くと、そこには見知らぬ中年のおじさんの顔がある。驚いているとおじさんは、


「姉ちゃん、サンシラに行きてぇのかい!?うちの船は高速船だから普通一ヵ月半かかるところをなんとその半分で行っちゃうよ!どうだい!」


と声を張り上げて声をかけてくる。

その言葉に周りをうろついている人々もこちらに顔を向けた。


「姉ちゃん、サンシラ行きてぇんだったらこっちの船のほうがいいよ!可愛いからまけとくよ!さあ!」


「いやうちの船は全部個室で鍵もついてて安全やで!レディース割引もついとるで!値段も勉強しまっせ、どや!」


「こっちの船は食事は有名どころのシェフが料理してくれてくつろぎの空間で船旅を味わいながら冒険できますよ!いかがですか!」


まるでうちの船を選べとばかりにワラワラと近寄って来る圧の強い人々に、内心「ヒィィィ」と悲鳴をあげた。


いつもこういう交渉とか対話はサードとアレンが前に出て私は後ろで見ているから、こうやって囲まれるとどうしていいのか…。


「あ、あの私…もう決まった船が…」


しどろもどろに断ろうとすると、


「いやいや、うちの船はいいよ!まず内容だけでも見てって!」


「いやいやうちの方先に見てってや!」


「絶対後悔させませんから!うちにどうぞ!」


おじさんらにぐいぐいと引っ張られて、そのおじさんらを見てさらに呼び込みの人たちがワラワラと寄ってきて、うちにうちに、と至るチケット売り場に引っ張りこまれそうになる。


ヒィィィ、とパニック状態でいると、ふっと影がさした。

泣きそうな顔で見上げると、ガウリスが立っている。ガウリスの巨体に周りの人たちが一瞬言葉を無くして、何人かはそそくさと去っていった。


「女性をそのように引っ張ってはいけませんよ」


ガウリスが落ち着いた声で周りのおじさんらに言うと、おじさんたちはそろそろと私の服から手を離していった。


「あちらにおすすめのチケット売り場があると聞きましたので行ってみましょう」


ガウリスに肩を軽く押されながら勧誘の集団から抜け出して、ホッと一息つく。


「ありがとう、ガウリス。助かったわ」


ガウリスは私を見た。


「大丈夫ですか?随分と引っ張られていましたが…他に痛い目にはあっていませんか?」


「ええ私も服も大丈夫、服は丈夫な装備品だからおじさんに引っ張られたくらいじゃ何ともないわ」


ガウリスはわずかに眉をひそめ、


「勇者御一行の女性なのにあんなに雑に扱うなんて…」


と自分が傷ついたような顔になっている。

他人のことなのにこんなに落ち込むなんてガウリスって本当に良い人だわ。心配されて嬉しいけど、それよりもそんなに落ち込まなくても、と笑いがこみあげてくる。


「三人一緒だと勇者一行だって囲まれやすいけど、バラバラだとそうでもないのよ」


私たちの存在は世間に広く伝わっているみたいだけど、私たちは雑誌とか新聞には顔を一切出していない。


サードがとにかく自分の顔が無駄に広く知れ渡るのが嫌みたいだからだ。

どうせ三人揃ったら勇者御一行って騒がれるし顔も見られるんだから別に今更顔が広く知れ渡ったってどうでもいいような気もするけど、それでもサードはできる限り自分の存在を世界に広めたくないみたい。


そういう自分の正体をとにかく隠そうとする所も過去に薄暗いものがあるから?って思えるのよね。


まあサードが誌面に顔を出すのを嫌がってるのもあるけど、私も身を隠すために故郷から出ているようなものだから、顔が知れ渡って私が偽名を使って勇者御一行になっているのがバレたら騒ぎになりそうっていうのもあるのかも。


とにかく黒髪の紺色の鎧をつけた剣士サード、金髪で白いローブをまとった女魔導士エリー、赤い髪の高身長の武道家のアレンの三人が揃った時・名前を聞いた時に勇者御一行だと分かる人がほとんど。

特にアレンの燃えるような赤い毛が目立つから、私とサードの二人だけだと勇者御一行だって気づかれないことも結構ある。


でも思えばこんなに人が多い町なのに不思議と勇者御一行ですよね、って囲まれなかった。別に囲まれなくていいんだけど。


そこまで考えてふと隣を歩くガウリスを見る。

もしかしたら今まで三人以上で行動したことはないのにガウリスも交じって四人で行動しているから、


「勇者御一行かな?でも三人じゃないから違うか」


って判断がつかないのかも。


囲まれないならそれでいいけどね、と思いながら私たちはチケット売り場にたどり着いて、列に並んで順番を待つ。


次の方、と言われて私とガウリスは前に出た。


「サンシラ行きをお願いします。少々値がはっても良いので最も安全な船で四名。鍵付きの個室、この方には少し良い部屋をお願いしたいのですが」


ガウリスがサードに言われたことを余すところなくチケット売り場の女性に伝える。


女性はパンフレットのようなものを取り出して、カウンターの上に並べた。


「その条件ですとこちらかこちらになりますが。こちらはサンシラ行きの商船です。商船ですのでサンシラに行くまでに至る港町に寄るので少々時間はかかります。

そしてこちらがサンシラへ直行する船です。一度荷物の揚げ入れで港には寄りますが、商船ほど時間はかからないでしょう」


「それの値段はどうなの?」


さっきの勧誘のおじさんらに絡まれた件で、私もこういうことに少しは慣れないといけないわと痛感したから、手始めに値段を聞いてみた。


「商船は一人金貨一枚、直行型は一人金貨三枚になります」


え、金貨…?きん、金貨…?金貨なんていつも泊まるホテルでも使わない…。


耳を疑い思わず尻込みしたけど、一ヶ月半も乗りっぱなしなんだから妥当なの?…よく分からない。


こういう値段に関することも全部サードとアレンに任せきりだったから、一般的な値段がさっぱり分からない。

値段に糸目はかけないとサードは言っていたけど、いざ購入してチケットを見せてから、


「何だこのクソ高え値段は!もっと考えて選べねえのかよボケ!」


と怒鳴られそう…。


ガウリスをチラと見る。ガウリスも神殿で金貨とあまり関わりなく過ごしていたのか金貨の言葉に口をつぐんで、この値段で即決で買ってしまっていいものかと悩んでいるみたい。


「ちなみにお二人は冒険者…ですよね?」


売り場の女性が私とガウリスを見て聞いてきて、ガウリスは返答に困った顔をしたけど私は頷いた。


「こちらの直行型は冒険者プランというのがありまして、それだとお一人様で金貨一枚と銀貨五枚になるのですけど…」


ガウリスには当てはまらないけど、それだと半分も割引になるみたい。


「じゃあこっちの方がいいのかしら」


商船の方が安いけど、それでもサードの性格を考えると真っ直ぐ目的地まで向かいたいだろうと思う。


すると私の呟きを聞いた売り場の女性は続けた。


「しかしこれには条件がありまして、割引く代わりにモンスターや海賊が襲ってきた際には優先的に前線に立って戦ってもらうことになっております。ですから安全を第一に考えるのなら商船をおすすめしますが」


そう言われて私は考えた。


割引こうが定価で行こうが勇者御一行という肩書を持つ以上、モンスターや海賊が襲って来たら部屋でのんびり船旅を満喫、ということは許されないはず。


『どうせ安くなるなら安い方にしとけ』


そんなサードが言いそうな言葉が脳裏に流れてきたから、


「それならこの冒険者プランでお願いするわ」


と人数分のお金を出した。


女性は分かりました、とテキパキと処理を始めて、チケットを準備する。


「このサンシラ行きは明日の朝七時から乗船開始、十時には出発となります。乗り遅れてしまった場合、こちらで返金などはできませんのであらかじめご了承ください」


「しかし安全というわりにモンスターや海賊が襲ってくる場合があるのですね?」


ガウリスは気になったのかそう聞くと、


「そうですね。頻繁(ひんぱん)にはありませんけど、稀(まれ)に現れることがあるんです。しかしこの船はお客様の安全を第一に考えた装甲船にもなっているので丈夫ですから、心配するほどのことはありませんよ」


と感情のこもっていないこなれた返答が戻って来た。


いつも同じようなことを言われていつも同じように返答しているのね、多分。


「どうぞ、こちらチケットと船の案内のパンフレットになります。一部屋だけランクが上の部屋を手配しました。無事の船旅をお祈りしています」


女性が事務的にチケットを渡してくるとガウリスは女性の手を軽く掴み、


「あなたにも幸運が訪れるよう神に祈ります」


と手を額に近づけてからチケットを受け取った。


さすがにこの対応は普段されていないようで、女性は硬直して目を泳がせ、


「は、はあ…ありがとうございます…」


とモゴモゴと口を動かしてから手を引っ込めた。


「…あれっていつもやってるの?」


ガウリスからチケットを渡されて、私は荷物入れにしっかりと入れてから聞いた。


「あれとは?」

「あの、手を取って手の甲を額に近づけるの」


ガウリスは、ああ、と頷いてから微笑んだ。


「航海の無事を祈られたので私も感謝を込めてあの女性の幸運を願ったのですよ。その相手に感謝する時にはいつもやっています」


と言った後にふと何か思い当たったような顔つきになって、


「もしや迷惑になっていますか?」


と聞き返してきた。


迷惑っていうか、手を取って額に近づける行為を見ているこっちが少し恥ずかしいっていうか…。


「ううん、そういうわけじゃないんだけど…なんていうかいつもやってるから聞いてみただけ」


「私は何事にも感謝の心を、と教えられてまいりました。そして神殿に訪れた人にもあのように感謝の言葉を告げるのが一般的なことでしたので…」


確かに神殿にいる時に神官からあんな風に「あなたにも幸運が訪れるよう神に祈ります」と言われたら何となく嬉しいかも。


なんか見てる私は恥ずかしい感じだけど、ガウリスにとってはあいさつ程度のことなのね。


「ごめんなさい、変なこと聞いて」

「いえ。それでも神殿の外でやると少々妙ですか…うちの国の神殿の者たちは頻繁にやっていたのでついやってしまうのですけれど…」


ガウリスは、そうか神殿の外でやると妙なのかと納得した顔になって、ふと顔を町の中心にある時計に目を向けた。


「早めに終わってしまいましたね」


私も目を時計に向けると、サードに指定された時間にはまだまだ早い。

時計からわずかに視線をずらすと、ガウリスの喉元の光る鱗が見える。


場所的にネックレスとかチョーカーだって言われても違和感のない場所だけど、私の身長から見上げると喉元の鱗がとてもよく見える。それも一度気になったらどこまでも見てしまう。


もし私くらいの身長の人で思い切りのいい性格の人がガウリスを見上げたら、躊躇(ちゅうちょ)なく喉の鱗を触ってしまうかも。

そうなったらゲキリンだとかそんなのになってガウリスが怒って暴れるのかも…。本当かどうかは分からないけど。


ふっと頭にある考えが浮かんだ。


「ガウリス、買い物に行かない?」


声をかけると、ガウリスは時計から私に視線を移した。


「何か入用ですか?」


「どうせ時間も余ったんだし、ガウリスの体に合う服がないか探してみましょうよ。港町は人も物も多いってアレンも言ってたからもしかしたら見つかるかもしれないわ」


「ありがとうございます。貴重な時間を私に割いてくださるエリーさんに感謝を」


ガウリスは私の手を取って額に近づけてから、ふっと表情を改めてかすかに笑う。


「っと…、控えようと思ってもついやってしまいますね」


もう体と口が勝手に動いてしまうくらいガウリスは頻繁に感謝してきたんだろうな、と私も笑いながら、


「気にしないわよ、じゃあ行きましょ」


と歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る