第41話 海と勇者とそれから私

「わあ!エリー可愛い、可愛い!」


アレンが満面の笑みで迎え入れるから少し気恥ずかしくなって、うつむいた。


海を泳ぐにあたってまずは皆で水着を買いに行った。


私はアレンとガウリスと別れた後、女物の水着ショップの中で水着をチラチラと見た。

アレンの言っていたキャミソールやワンピース風のものはあったけど、それでもやっぱり肌が多く出でしまう。


だから水着ショップの店員の人に、


「肩からふくらはぎまで全部隠れる水着が欲しいのだけれど」


と声をかけたが店員に満面の笑顔で、


「レインコートをお求めですか?来た店が違いましたなぁ」


とあしらわれそうになって、慌てて露出が一番少ない、ビーチで遊ぶ用の水着が欲しいと訴えて見繕ってもらい、それを買った。


上は胸の周りでヒラヒラと揺れるレースのキャミソール風、下はスカートのような構造の白い水着だ。

お腹もしっかりと隠れるし、太ももの見られると恥ずかしい部分もスカート部分でしっかりと隠れている。


ついでに浮き輪も水着に合わせて白いものを買って、一応サードにも気を使って髪の毛は高く結って団子状にまとめて海の水に浸からないようにした。


…でも自分で髪の毛を結うことなんてないから何度やり直してもボサボサになっちゃったけど。


「いつもと雰囲気が違ってていいですね。愛らしいです」


ガウリスにも褒められてちょっと恥ずかしい気持ちで顔を上げると、アレンはしっかりと水着を着ているけど、ガウリスは元々の服のまま。


「あれ?ガウリスの水着は?」

「いや、私は…」


「水着買うから一緒に泳ごうって言ったのにさ、いいって言って聞かねえの」


アレンが口を尖らせてガウリスに言うと、ガウリスは、


「私は見ているだけで十分ですよ」


と手を振った。


「泳げないとか?」


ふふ、とからかうように笑いながら言うと、ガウリスは曖昧(あいまい)な表情で微笑んだまま何も言わない。


…まさか、本当に泳げないの?


アレンはハッとした顔でガウリスを見た。


「だからサードがエリーの髪が痛むって言った時に浮き輪っていう候補が真っ先にでたのか!だからいくら海パン買おうぜって言っても要らないって言ったのか!?そうなのか?ガウリス!」


ガウリスは苦笑いの表情で頭をかく。


「ええまあ…。昔、魚を採るため海で泳いでいたら沖合に流されてサメに襲われまして…。海は嫌いではないのですが、泳ぐとなると少し足が怯むといいますか…」


「よくそれで無事に戻って来られたわね…」


サメも本の中でしか見た事は無いけど、とっても危険な生き物で軽く人の体を食いちぎると聞いている。


「ええ、偶然手に持っていた木の棒でなんとか応戦していたら、そのサメを追っていた漁船に助けられました。これも神の助けがあったからでしょう」


ガウリスは微笑むと私たちを見た。


「さあ、早く遊ばないと時間が過ぎてしまいますよ」


アレンと私はハッとした顔で砂浜を走って、海へ飛び込んでいった。


それから私たちは海で泳いで、浮き輪にはまって波に流されて、浜辺で砂を盛り上げて、逆に掘って水がしみ出してくるのを楽しんで、砂浜を横断していたカニを追いかけて、ガウリスと一緒に横になったアレンを砂に埋めて、色んなことをして遊んだ。


そうしてるうちに段々と日が傾いてきて、ほんの少しオレンジになりかけている空を見ながら埋め終わったアレンの側面をペンペンと叩きながら少し私はため息をついた。


「どうかしましたか?」


ため息を聞いたガウリスが声をかけてくる。私は顔を上げて、少し躊躇(ちゅうちょ)してから口を開いた。


「腹が立ったからって、サードを一人置いてきて悪かったかしら…って思ったの」


初めての海はとても楽しかった。

それでも太陽が傾いてきているのを見たら、自分たちがこうやって楽しんでいるこの瞬間もサードは一人なんだと思ったら一気に罪悪感が湧いてきた。


「つってもなぁ。誘って素直に行くって言うサードでもねえしなぁ」


「うん…」


それはそうだと分かっているけど、一人になったサードはずっと部屋にいたのだろうかと考えると悪いことをしたような気分でいっぱいになる。


そんな罪悪感を感じながら砂をかき集めて、私はアレンのへその辺りにサラサラと砂を盛り上げる。


「デベソ」


アレンは私を慰めるように見上げてきた。


「大丈夫だよ、多分サードもここについて来てもあの表向きの表情でニコニコ笑って座ってるだけだったって。あんまりサードは海好きじゃないみたいだし」


「うん…」


そうだと思うけれど、と力なく頷きつつ、先ほど見つけて来た大きい貝殻をアレンの胸の上にチョンチョンと乗せる。


「下着ぃー」


クスクス笑いながら貝殻の場所を調整する。


「…エリー、実はそこまで深刻に考えてないだろ」


アレンは少し呆れた顔になった。そういうわけじゃ、と首を横に振りながら、


「悪いなぁとは思ってるわ。でもいくら考えても『俺はいかねえ、てめえらだけで勝手に行け』って言ってる姿しか想像できないんだもの」


微妙にサードの真似をしながら言うと、アレンも少し考えてから、


「確かになぁ…誘い過ぎたら逆にしつけぇって怒りそうだしなぁ」


あのサードが海で遊んでいる姿が全く想像できない。

海で泳ぐ姿も、砂遊びしている姿も、すぐそこの屋台から食べ物を買って食べる姿も全く想像できない。

むしろサードに海が似合わない。


ここまで海が似合わない人も珍しいわ。海辺出身なのに。


「そろそろ帰ろうか?体もそこのシャワー室で洗ってからじゃないと宿には戻れないし」


「…そうね」


正直もっと遊んでいたい気もするけど、日もどんどん傾いてきているからもうタイムアップなのかも。

見るとそのシャワー室の前にも人がたくさん並んでいて順番待ちをしているし、そろそろ切り上げないともっと帰りが遅くなってしまいそうだわ。


「エリー、楽しめたか?」


アレンは砂をまき散らしながら起き上がって、体についた砂を手で払う。


「うん、楽しかった!」


海はしょっぱいと聞いていたけど、普段料理に使ってる塩より生臭いしょっぱさだったこと、たまに大きい波が来ると一気に頭から波に飲み込まれてしまうこと、砂を掘ったら海水がしみだしてくること、砂浜が思った以上に熱かったこと…。


楽しかったことを数え上げたらきりがない。


「俺も久しぶりに海で遊んだよ。あー、楽しかった」


アレンは手を伸ばしてグッと背伸びをしてからシャワー室に向かうと、ふっと遠くを見て、


「ん?あれって…」


と独り言のように呟く。


アレンの視線の先に目を向けると、浜辺の上の道をよく見知った男が歩いている。


サードだ。


サードは豊満な体をしている小麦色の肌の女性の腰に手を回して、睦まじい様子で話し合いながら歩いて行く。


「…」

「…」

「…」


私たち三人は女性に付きっ切りで話し合いながら歩いているサードを無言で見ていると、サードは私たちの三人分の視線に気づいたのか、ふっと目を向けてきて、目がバッチリ合った。


目が合うとサードはどこか自慢でもするかのようにあごを上げて、「ハッ」と私たちを鼻でせせら笑うような裏の顔を見せつけてきた。

でもすぐに表向きの表情に戻って女性に何かを囁くと、女性はうっとりとサードの肩に頭をもたれて、サードは女性を促して日も暮れかけた暗闇の方に消えて行った。


「…さっきサードを置いてきたの後悔して損したわ…」


サードへの妙な怒りが私を襲う。


「うん…サードってああいう奴だよな…」


「…」


ガウリスは何か言いたげな顔をしていたけど、口に出すことは無かった。


* * *


「…で、随分と楽しんできたみたいね?」

「まあな」


嫌味に真っ向から頷くのに余計腹が立つ。


サードは部屋の椅子を風呂場に持ってきて、今はそこに私を座らせて私の髪の毛をワシャワシャと洗っている。


「くっそ、砂まみれじゃねえか…」


サードの独り言に私はツンとそっぽ向いて何も答えない。


「しかも海の中に入りやがったな?こんなにゴワゴワにしやがって」


私はツンとそっぽ向いて何も答えない。


しょうがないわ、大きい波が来たら防ぎようなんてなかったもの。


「んだよ」


何も言わない私にサードがイラッとした口調で文句を言ってくる。


「何も言ってないでしょ」


何も言ってないのに喧嘩を売られる筋合いなんてないわ。


「…」

サードが眉間にしわを寄せて睨んでくるけど、私はツンとそっぽ向いて何も言わない。


「んだよ、俺が女と歩いてたのがそんなに悪いことかよ」


「べっつにー?今更のことだしぃ」


サードが女性に手を出し続けるのは本当にどうだっていい。


でも私が珍しくサードに悪いことをしたって後悔している時、サードは女性を口説いて楽しんでいたんだと思ったら腹の底からブスブスと怒りの炎が燻(くすぶ)ってくる。


しかも私たちに気づいたらこれ見よがしにせせら笑ってきたことも腹が立つ。


何アピールよ、俺はこんな短時間でも女にモテるんだっていうアピール?何様のつもりよ、本当ふざけてるわ、女性なんて性的な対象としか思ってない節操無しのくせに。

それにあの女性とイチャイチャした手で髪の毛を触られていると思うとそれも嫌で怒りが湧いてくる。


でも拒否してもサードは髪を手入れするまで引かないだろうから黙ってされるがままになっているけど、そんな完全に拒否できない自分自身にも怒りが湧いて来る。


とにかく今は虫の居所がすごく悪い。

サードの顔も見たくないし、洗髪の途中でもいいからさっさと出て行ってほしい。


「…んだよ、クソ」


サードは悪態をつきながら髪の毛を洗い続ける。


「あなたの性格のほうがよっぽどクソよ」

「んだ、ゴラ」


サードが私の髪の毛をグイと引っ張って顔を自分に向けさせた。


「イタッ!やめてよ馬鹿!」


私は椅子から立ち上がってサードを叩いた。


「大事な髪の毛だとか言ってるくせに、私には髪の毛触るなって散々言ってるくせに、自分が腹立ったらその髪の毛引っ張るとか何よ!最低!」


サードは口をひん曲げて泡だらけの手を私に突きつけた。


「いちいちうるせえからだよ、このブス!黙って口閉じてろ!」


昔はこの程度の言葉でひるんで脅えていたけど、今はもう普通に言い返す。


「私だって自分で髪の毛ぐらい洗えるのにあなたが無理言って髪の毛洗ってるんじゃないの!自分で洗うから出て行ってよ!」


さあ出ていけと指を入口に向けるけど、サードはその手をはたき落とした。


「てめえの髪の洗い方、雑なんだよ!」

「雑じゃないわよ!普通よ!」


わりと本気で引っぱたいたわねこいつと手を押さえながらサードを睨む。

でも、ふと思った。


「なんで私の頭の洗い方が雑だって思ってるの、見たことなんてないでしょ」


「見た」

「は?」


見た?見たって今言った…?

嫌な予感を感じてサードの顔を見ながら早口で重ねて聞く。


「どこで」

「旅の途中で」


嫌な予感がジワジワと形になっていく。


「どうやって洗ってる時…」

「てめえが上半身素っ裸になって川で…」


「っいやーーーーー!」


思わず絶叫した。


その声が風呂場に反響してサードは耳を抑える。


「やだ、見たの!?いつ!どこで!いやあああ!」


サードは片耳を押さえながら乾いたタオルを私の口の中にグモッと突っ込んできて、私の絶叫は一旦止まった。


「てめえが十四の時か。急に居なくなったからアレンと手分けして探してたら頭洗ってるところが見えたんだよ。

あの頭の洗い方…毛先から毛根までグルグル丸めるあんな変な洗い方したら髪が絡まって毛が無駄に抜けるだろうが!しかもてめえそのまま手に絡みついた髪を川に流しやがっただろ!ざけんな!」


口からタオルを取り出して、私は顔を真っ赤にしてサードを睨みつける。


「見たのね!?」

「背中しかみてねえよ」


「結局見たんじゃないの!」

「背中だけだつってんだろ、背中なんて見たって面白くねえんだよ!」


サードはイラッとした顔で私の肩を掴んで椅子に無理やり押しつけて座らせる。


「な、何するつもり…」


「頭!すすぐんだろうが!何期待してんだブス!」


サードはそういうなり力任せに椅子を斜めに傾けて、シャワーで泡を流し始めた。


ムッとして、


「何も期待なんてしてないわよ!」


と私が暴れると、椅子がズルッと滑って視界がグルッと回る。


目の前の動きがスローモーションになった。


…あ、このままだとお風呂の縁(へり)に頭がぶつかる…。


ゆっくりと壁や天井が動いて行って、バランスが取れなくて上がっていく自分の足が見えて、何かを掴もうとする両手が虚しく空を切る。


そのままお風呂の縁(へり)があるところまで傾いた次の瞬間、サードの両手が近寄って来て、軽い衝撃が後頭部に響くと、


「いっでぇ!」


とサードが短く叫んだ。


サードの声で周りの動きが普通になる。


ハッと気づくとサードは私の頭の横から後頭部をがっちりと両手で掴んでいる。

状況的にサードは私の頭を守ろうとして、私の頭と風呂の縁(へり)に指を挟まれたみたい。


思わずサードの顔を見ると、サードは皿を落っことしそうになったみたいな、心臓に悪いという顔つきで私を至近距離で見ている。


でも目が合った次の瞬間にいつも通りの眉間にしわを寄せた鋭い目つきになって、


「気ぃつけろブス!斜めにした椅子の上で暴れたら倒れるに決まってんだろが、馬鹿か!」


と怒鳴り散らした。


「ご、ごめんなさい…!サード、指大丈夫?」」


立ち上がって倒れた椅子を起こしてサードに聞いた。


「いてえよ、ブス」


サードは両手を振って指を動かしてるけど大したことは無さそうで、


「座れ」


と椅子に座れと私に指示してきた。


サードに言われた通り椅子に座って、再び斜めにされた椅子の上で大人しくされるがままに頭の泡を流される。


そうしてシャワーの音を聞いていると段々とさっきの慌てたサードの表情が思い出されてきて、笑いが込み上げてきた。


「さっきあせったでしょ」

「あせってねえよ」


「一応いざって時は助けてくれるのね」

「髪のためだ」


「そう、ありがと」

「…んだよ」


「うふふ」


いつの間にかサードへの怒りはどこかへ吹き飛んだ。

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