第32話 魔族のお手伝い

「この本はー?『歴代の美術品』」


ロッテに声をかけると、


「それは美術だからそこの台車に乗せといて」


と指示がきた。

それなら、と似たようなタイトルの本を手に持って、


「じゃあこの『歴代の美術論』も美術っと」


と同じ台車に乗せるとすぐさまロッテから鋭い声が飛んできた。


「違う違う!それは論文だからそっちの台車!」


え…ほとんど同じタイトルなのにと思いながら、そっと他の本をロッテに見せる。


「じゃあこの『美、そこから見える芸術家の心理』っていうのは?」


「それは心理学」


…頭がこんがらがってきた。


今はロッテの屋敷の至る所に散らばっている本を分別・本棚に収納するのを手伝っている。それというのも、


「泊めるんだしあたしに聞きたいことあるんでしょ?だったらその分働いてもらうよ」


ロッテはさあやろう、とウキウキしながら本の分別に突入しようとした。


え…まさかこの大広間の床を埋め尽くして、そこから高く積みあげられているこれ全部を片付けるっていうの?とクラッときたけど、ロッテの様子を見るとタダでは教えないという雰囲気がありありと見て取れたから少しずつ手伝いを始めた。


そしてサードは私たちの見ていない隙に入口から一人逃げようとしたみたいだけど、外に出ようとすると扉が開かなくなっていたみたい。


「ざけんな、扉が開かねえじゃねえか、外に出せ!」


サードが文句を言うとロッテはニヤニヤしながら、


「一人だけ逃げようとするからだよ。ほれ、働いた働いた!本の片付けが終わんない限りこの屋敷からは出さないよ!」


とサードの背中を小突くと、サードは文句タラタラの…ううん、殺意を帯びた表情で本の選別を始めた。

そのサードの表情にロッテはおかしそうに笑い続け、


「そんな顔しない。真面目にやったら夕飯は美味いもん食べさせてあげるから」


ロッテの言葉に、サードは手を止めてニヤニヤとロッテを見ながら笑った。


「飯のついでに夜の相手もしてくれよ、だったら俺だって真面目にやるぜ?」


最低、と私は軽蔑の顔をサードに向けたけど、ロッテはそれでもおかしそうに笑って、


「人間の男が魔族の女と交わったら自然と精気吸い取られて二度と使いもんにならないらしいけど、あんたそれでいいの?」


「…」


サードは無言になって、一気にやる気が無くなったのかそれ以降ソファーに仰向けに寝そべって動かなくなった。要するにサボっている。


そんな中アレンは、


「俺そんなに本に詳しくないから、絵本とか児童書だけ脇に寄せとくな」


と小難しい本の群れから子供向けの本を抜き取っては部屋の隅に寄せている。

むしろ絵本と児童書まであるんだ…。ああけど、王家の大臣見習いの人は子供向けの本を持っていたっけ。


ちなみにドラゴン姿のガウリスはどう頑張っても手伝えないから、大広間で螺旋(らせん)状になって大人しく浮いている。


「あいつっていつもああなの?あのサードって奴は」


美術の本がたまったから運ぼうとロッテに言われて、台車をコロコロ転がして広間から続く廊下をロッテと歩いてると話しかけられたから大きく頷く。


「いつもああよ。他の人間の前だとすっごく爽やかな笑顔だけど、本性は女好きで性格も悪いし根性もねじ曲がってるし金にはうるさいしいつも不機嫌そうだし自分の思い通りにならないと怒りだすし…」


そこまで言ってふと思ったことを小声でロッテに聞いてみた。


「あいつ魔族じゃない?」


「いいや、あいつは正真正銘の人間だね。まあ魔族とも対等に渡り合っていけるタイプだろうけど」


なんだ、人間なの。


謎の拍子抜けを感じながらもグルリと周りを見た。


大広間はどこまでも高い天井と、天井に届くほど高い本棚が壁を覆っていた。でもこから奥に続く廊下もすごい。


まず廊下だというのに両側の壁には一面本棚が埋め込まれていて、吹き抜けで二階も見える。


その二階の通路にも本棚の壁が見え、乱雑に本が入れられている。

視線を一階の正面に向けるけど、今歩いている廊下の長いこと長いこと。天井には明り取りの窓が点々とあるけどそれでも奥は薄暗くて、このまま進んだら闇に飲み込まれるような錯覚を覚える。


開いている部屋を覗き見ても四方形の部屋の壁にびっちりと本棚。中心には小さいテーブルとイス、またはソファーが置かれている。


とにかく本、どこを見ても本、本、本、本…。


「ロッテはこれ全部読んだの?」


「まあね。この屋敷の中にあるものは全部読んでるよ」


ロッテはケロッと答え、私はため息をついた。


「こんなに読んで疲れない?」


「疲れないねー。むしろ寝るのも飲食も忘れちゃう。けど今は読む専門で片付けは後回しにしててさ。そろそろやんないとなって思ってたから若いのが来てくれて助かったー。

シャマーン大臣も使おうかと思ったんだけどヨボヨボだからちょっと本の整理やらせるの申し訳なくってさ。使い魔の二匹には本の買い付けを頼んでるから屋敷に居ないし」


「…」


ここに泊まると言ったら獲物を見つけたような顔をしていたけど、手伝いがやってきたとロッテは喜んでいたのかもしれない。

それでも私たちは本の整理を手伝いに来たんじゃなく、ガウリスのことと水のモンスターのことを聞きにきたんだんだけどな。ガウリスについてはさっき少し聞いたけど…。


「ねえ、水のモンスターのことはまだ何もきいてないんだけど…」


ロッテに言うとニヤニヤと笑いながら振り向かれた。


「本の片づけにひと段落ついたら、報酬として教えてあげる」


それならやるしかないとロッテの後ろをついていって、廊下に並んである本を目で追った。


『市街地の設計計画』『冒険者のための町あるき』『お店を持とう!~食事処編~』『図解・城下町』


「…こんな人の町の本なんて読んでためになるの?」


本の買い出しすら使い魔に任せてるという魔族のロッテには人間の町の本なんて読んでも意味がないんじゃ…。


「え?結構面白いよ。例えばこの本とか」


ロッテは少し戻ってきて迷いのない手つきで『市街地の設計計画』という難しそうな本を引っ張り出す。


「これは国の街づくり案をまとめた五百年前の本なんだけど、どうすれば人が来るか、街道から店までどう置けば国を発展させられるかってことが細かく書かれててさ。

この市街地のあった国は別の国に滅ぼされて統一されたけど、今でもその国一番の商業都市として栄えてて、それも当時の貿易商も今も残ってる。

これを見ると時代を越えても栄えてる都市ってどういう工夫をして設計したかってわかるよね!」


ロッテは目を輝かせながら本をめくって力説してくる。

自分の役に立つか立たないかより、単純に本を読んで色んなことを知るのが楽しくて仕方ないんだろうなと思うと微笑みが浮かぶ。


「ロッテは本当に本が好きなのね」


「そりゃそうだ。この頭の中が全部知識で埋めつくされるまでは何でも情報を取り入れ続けるつもりだよ」


ロッテも笑いながら本を戻して歩きだして、私たちは美術関係の本を置く部屋に入る。


「まず適当に本棚に入れといて。今は分類だけで後からあたしが作者の名前順で並べ直すから」


「分かった」


それなら適当に本棚に突っ込んでいけばいいのねと、とにかく本をつかんでは本棚にゴトゴトと入れていく。


「…ところで」


少し集中し始めたころにロッテが口を開いて、私は手を休めずに「うん?」と聞き返す。


「人をモンスターにする薬、どこで知ったの?」


手を止めた。


ロッテの口調が今までの気さくな口調じゃなくて、静かに問い詰める口調になった。


人をモンスターにする薬、それを聞いたのはラグナスから。


ラグナスとロッテは知り合いらしいし、ラグナスはロッテのことを好ましく思っているけど…。でも正直にラグナスから聞いたと言ったらどうなる?

今は魔王の部下として働いている魔族が勇者一行の私に話しただなんて問題が起きるんじゃないかしら…?


それに人をモンスターにする薬は高価で、何個も買うと国が滅ぶとも言われている代物。

もしかしたら魔界でも秘伝中の秘伝として伝わっていて人間にバラしてはいけないものだったのかも。


よし、誤魔化そう。


「噂で聞いたことがあるの。私も勇者の一行だから色んな話が伝わってくるのよ」


我ながら上手く誤魔化せる言葉を見つけたわと思いながら次の本を取ろうと手を伸ばすと、その手が上から押さえつけられた。

驚いて横を見るとロッテはかすかにせせら笑うような笑みを浮かべてすぐ横から見据えてくる。


「魔族には嘘をついてる人間はすぐ分かるの。嘘をつく人間は付け入りやすいから」


息を飲んでロッテを見返す。ロッテは重ねて聞いて来た。


「どこで知ったの?」


「…」

視線を揺らして誤魔化そうと色々と考えた。

でもよどみなく嘘のつけるサードならともかく、こんな詰問されている状況じゃ頭が上手く働かない。


「…前に、魔族から聞いて…」


「ある魔族って?ロドディアスっていう王様?」


「ちが…」


口をつぐんだ。

「違う」と否定するとラグナスから聞いたのがバレちゃう。でも「そう」と言ってもそれが嘘だとバレちゃう。


八方ふさがりの状況で口をあうあうと動かしながらどうしようと悩んでいると、ロッテは楽しそうな表情に変わってきて私を見ている。


「ダメだよ、そんなオドオドした表情を魔族に見せちゃ。楽しくなっちゃうじゃない」


ロッテからは詰問するような雰囲気はなくなって、元のさばさばとした表情と声に戻って手を離した。


「別に問題があるから聞いてるんじゃないよ、ただ人間は知らないようなもんだから誰から聞いたのかなって気になっただけ」


一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したけど、嘘をついてもすぐにばれるみたいだし、と口を開いた。


「ある所で知り合った魔族からそういう薬があるって聞いたの。だけど値段が高いとかその程度しか聞いてないわ」


「うん。今じゃ作れる魔族も少ないからね。それに人間をモンスターに変えるメリットも楽しいとかそれくらいの感覚だから、金持ちの道楽みたいなもんだよ。たまに売れてるけど」


「そうなの」

「うん」


しばらく間があいて、ロッテが少しじれったそうな顔をした。


「今の言葉でなんか気づかない?」

「え?」


「たまに売れてるのよ」


少し考えてからハッとして、


「もしかして今でも人間からモンスターに変えられてる人が…」


「違わないけど違うくてぇ」


ロッテがもう、と頬を膨らませて顔を近づけささやいた。


「あたしもその薬が作れる数少ない一人なの」


そうなの!?とロッテの顔を見た。でもまつ毛が触れ合うほど近かったから少し顔を離す。


「そうやって得たお金で本を買ってたってわけ。他にもビジネスをしてるけど」


「ビジネス…?」


魔界のビジネスって一体…?


「貸本。魔界の本もあらゆるものを集めたから、色んな魔族があの本はないか、この本はないかってやって来てさ。

その度に探してやるのが面倒くさいから勝手に欲しい本を探させて、ついでだから二週間の貸出の期間を決めて貸本で金を取り始めたの。その中でも人気があったのがたまたま手に入れた一冊の人間界の本」


「人間界の?…っていうか魔族って人間界の文字読めるの?」


さっきロッテが書いていた文字は私には読めなかったから、魔界には私たちと違う文字があるはずだけど…。


「一部の知識人はね」


ロッテは背を正して話を続けた。


「その人間界の本は純文学の小説だったんだけどね。旅をしていた男がある村の女と出会って互いに恋に落ちたけど、結局結ばれないで男が旅に出て終わる話。魔界には人間界のあらゆるものを馬鹿にする傾向があったんだけど、その本を読んだ奴らは感動しててさ。

人間界にもこんな高尚(こうしょう)な文を書く人間がいるのか、我々が手を下して別れさせた記述も見当たらないのにどうしてこの男女は結ばれなかったんだ、いいや逆に結ばれなかったことで最高の結末を迎えたんだ…とかね」


それは異文化に触れて驚いた…いわゆるカルチャーショックを受けたってところかしら。

ロッテは本棚に本を入れる作業に戻ったけど、それでも熱心に語っている。


「あたしは最初、人間の書いたものだからつまんないだろうなって放置してたんだ。そうしたら皆が凄い凄いって言うから何となく読み始めたら一気に最後まで読んじゃって。

それからあたしは人間界の本も集め始めた。他の魔族の要望もあったし、何より人間界の本を読んだら人間はあたしたちが思ってるほど馬鹿じゃない、同等レベルの教養があるって興味が湧き始めた」


作業の手を止めてロッテはニヤニヤと私に振り向く。


「だけど魔界で人間界の本を扱って魔族に貸し出してたら上から圧力がかけられてね。だからあたしは人間界にきたの。

魔界で人間界の本を集めて貸すビジネスが駄目なら、人間界で人間の本を集めて、それを魔界からやって来た魔族が勝手に借りていくんだったら文句なんて言えないでしょ?」


そう言ってロッテは豪快に笑う。


なるほど、それがロッテが魔王に断りもなく人間界に移り住んだ理由なのね。

何だかサードもやりそうな屁理屈じみたものだけど、それでもロッテの笑う姿を見ると私もおかしくて笑いがこみあげてくる。


それでもふっと心配にもなった。


「けどロッテは大丈夫なの?その圧力をかけてきた魔族に何かされたりとか…」


「魔族ってのは悪い事してなんぼ、つまり力が全てなの。あたしの場合、その力はこの知識」


そう言いながらロッテは頭に人差し指を当て腰に手を当てて、どこか自慢げにふんぞり返る。


「あたしのこの知識を無くすと作れなくなる薬や使えなくなる術もたんまりある。それをあたしは本にまとめてもいないし、人に伝えてもいない。

それに魔界で有名なある魔族があたしの貸本のごひいきさんでね。あたしの背後にはそいつがいるからわざわざ手を出す奴もいないよ、今の魔王様だって下手に手を出したら面倒な相手だから」


「…」

魔王もろくに手が出せないって…どういう相手…?


それよりもラグナスの言う通り、ロッテはその知識の豊富さで魔族に一目置かれているみたい。それに人脈の力も。


「でも魔界には人間を好いてない人の方が多いんだし、そんな魔族が人間界の本を読んで悪用しないかしら」


もちろんロッテみたいな人もいるでしょうけど、と続けると、ロッテは笑った。


「大丈夫大丈夫、人間の本が読みたいなんて魔族は知識人もとい変わり者だから。あたしみたいなもんさ」


変わり者の言葉でラグナスがふっと浮かんでくる。

…ここまで話したんだし、もう言っても大丈夫かしら。


「ラグナスっていう子、知ってる…?」


するとロッテは手を止めて親しみの湧く顔で振り返る。


「知ってる!えー、何、もしかしてラグナスからあたしのこととかモンスターにする薬とか聞いたの?ラグナスは人間界の本を新入荷したってなると即座に借りに来るリピーターだったんだよ。

特に食べ物関係は目輝かせてて、『いつか人間界に行ってお菓子を食べる』って言ってたっけ。あとはスライム関係の本をいっぱい借りてたけど…」


とロッテはそこで区切って小声で聞いて来た。


「魔王様が復活してるのとか聞いた?っていうかさっきあたし普通に今の魔王様とか言っても驚かなかったんだし、聞いたんだよね?」


「聞いた」


私もロッテに合わせ小声になって頷きながら続ける。


「けど他の人には言ってないわ」


魔界のことに関しては言わないってロドディアスと約束したから、結局ラグナスから聞いた魔界の話はアレンとサードにも言っていない。


「そう。まあそれでいいのかもね」


ロッテは普通の声のボリュームに戻る。


「魔王様はエリーたちが生きている時に地上に来るかも分かんないしね。今は魔界の立て直し優先してるっぽいし」


それもラグナスから聞いていると頷くと、ロッテは続けた。


「だけど魔王様はモンスターの抑止力にもなってるからさ。魔王様が地上に現れないってことはモンスターが自由勝手に動き回るってことだから、逆に百年以上魔王様が居ない今の人間界の方が大変かもよ」


「ラグナスも、魔王は必要悪だって言ってたけど…」


「そうそう。ところでラグナス元気してた?魔王様の配下になって人間界でダンジョンを持ったって話は手紙で受け取ったんだけど、片付けが追いつかなくて中々会いにいけなくて」


「元気にしてるわ。私なんて自作のアップルパイを御馳走になって、それが美味しいのなんの…」


するとゴッという鈍い音が響いた。

振り向くと、アレンが入口の枠に頭をぶつけたのか頭を押さえてその場にうずくまっている。


「っつー…」

「ア、アレンどうしたの?」


今まで話していた魔王だの魔族だのの話を聞かれたかしらとヒヤッとしていると、アレンはパッと顔を輝かせて一冊の本を私に差し出した。


「見てくれよ、これ俺が子供の時によく読んでた『おとなのお仕事シリーズ~ぼうけん者・商人へん~』!懐かしくてさー、つい見せに来ちゃった」


と屈託のない顔で、はい、と児童書を差し出してくる。


瞬きをしながら児童書を受け取って、アレンを見上げる。


「…何でわざわざ?」

「え?何となく見せたかったから。へへ」


思わず胸キュンする。

私より年上のくせに、私より体格も大きいくせに、笑顔で児童書を手に「見せに来ちゃった」とか「へへ」って…。


アレンってこういうところが可愛い。

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