第31話 ドラゴンの中の人

青い光に照らされてドラゴンの鱗も鈍く光る。ドラゴンもどこか緊張した面持ちだ。


「まず、お名前は?」


ロッテが最初に質問した。


「ガウリス・ロウデイアヌスです」


しっかりとした口調の男の声が魔法陣の中に響き渡る。


「男だったの!?」


最初の質問はどうしてその姿に?だったはずが別のことを聞き返してしまった。

何となくサードに脅える様子に申し訳なさそうにする姿、それに穏やかで優しそうな性格を見て子供か女の子かもしれないと思っていた。


「はい」


ドラゴン…いや、ガウリスという、声だけで成人男性と分かる人は簡単に肯定する。


「そらみろ、抱き着いて頭なでといてその正体は髭面のオッサンだっただろ」


「オッサ…」


サードがガウリスを指さして私に言うと、ガウリスからどこかショックを受けたような声が響く。


「歳いくつ?」


アレンが聞くと、「二十六」との答えが返って来た。


「まだ若いじゃないの」


私たちよりは年上だけど、まだ若者の部類だわ。それ見たことかとサードを見返してからドラゴンに視線を戻す。


「それで、どうしてその姿になったの?」


一番最初に聞こうとしていたのを改めて聞く。


「それが…どこから話せばいいのか…」


悩むような声が聞こえて、ロッテはその場に座ってガウリスを見上げながら、


「時間はいくらでもある。最初から話しなよ」


と優しい声で語り掛けた。


それを聞いたガウリスも安心したのか、少し頭の中で話す順序を考えるように黙り込んでから話し始めた。


「私は神に仕える神官をしておりました。我々の住むところには神殿が立ち並び、様々な神を崇め奉っております。私も真摯(しんし)に神に仕えておりました。…しかし」


「しかし?」


アレンが聞き返す。


「信託…神の御言葉(みことば)を聞く神事なのですが、ある時を境に神からの御言葉が聞こえなくなりました。これが私の生まれるずっと前のことです」


「今の話じゃねえのかよ」


サードがツッコむとガウリスは口をつぐみどこかションボリした表情になっている。


「いいから気にしないで続けて。こいつはこういう男なんだから」


サードを小突きながら言うと、サードもイラッとした表情で小突き返してきた。イラッとして杖で殴ろうとすると、


「こらやめろって」


とアレンが間に入って喧嘩になりそうなのを止める。


「役割分担が出来てるね」


ロッテは楽しそうに私たちのやり取りを笑うから少しバツが悪くなって杖を降ろして、ガウリスを見て視線で話を促した。


ガウリスの話はこう。


ガウリスは神官の家に生まれて、真っ直ぐに神官の道を進んだ。

ガウリスも神に祈りを捧げて生きとし生ける者に愛を捧げるのが自分の役割だと思っていたって。


神様たちは神官たちの色んな問いかけに信託の儀式を通して答えていつも助けをくれていたけど、ガウリスが生まれる前からパッタリ神の言葉は聞こえなくなったみたい。


ガウリスの親の世代は神の声を聞いた人ばっかりなのに、ガウリスは神の声も聞いたことがなければいくら心をこめて信託の儀式を行っても何も起きないし助けを願ってもそれも全然叶わない。


そんな風にいくら毎日祈っても何も起きないことが続くと、ガウリスは段々と神様の存在に疑問が湧いてきたって。


「神は本当におられるのか。もしや神などおらず、私は神という存在しないものを崇めているに過ぎないのでは」


ガウリスは両親に神の存在が分からなくなって信仰を続ける気が薄れてきたことを正直に告白すると、神官のガウリスのお父さんは慌てた様子で、


「何を言ってるんだガウリス、神はいる、声は聞こえなくともいつでもいらっしゃる。カームァービ山の頂上に神々は住んでおられて我々を見守ってくれているんだ、なぁ、分かるだろう?」


「カームァービ山って?」


気になって思わずガウリスの話を遮ってしまった。

するとロッテがスラスラと答えてくれた。


「カームァービ山。その山はとても高く頂上にはいつも雲がかかって晴れることがないため、その頂上は神の住む地に続いているとされ信仰の対象、および一定地より上は人間が足を踏み入れてはならない禁忌の山として崇められ、恐れられている。

伝承ではその山に足を踏み入れて無事だった人間は神の血を受け継いだ英雄二人だけで普通の人間が足を踏み入れると神の怒りを買うとされ、カームァービ山の禁足地(きんそくち)に足を踏み入れた人間は散々な末路を辿(たど)っている」


「その通りです」


ガウリスは驚いたような声でロッテを見る。


「ってことは、登っちゃったんだ?」


話の流れでピンときたらしいアレンが聞くと、ガウリスはうなだれるように小さく頷き続ける。


ガウリスのお父さんは一生懸命神はいる、私だって何度も神の声を聞いていると延々と言ったようだけど、お父さんの言葉は神の声を聞いたことがないガウリスの神経を逆なでしたみたい。


そんなに居ると言うのなら神の住むというカームァービ山に登ってみせるとガウリスは決意した。


入るなと言われている所に入り何事も起きなかったら神など居ないということ。

そうなったら神官なんて職業は神を背後に民衆を騙す詐欺師と同じ、そうなれば神官なんて辞めて、神を盲信している民衆を神官から守らないといけないとガウリスは考えた。


そうしてカームァービ山の中腹にある神殿に月に一度の参拝をしてから一人別行動をして禁忌とされる領域に足を踏み入れたって。


しばらく黙々と登っていたけど段々と霧(きり)がうっすら広がってきて、更に登っていくと山の斜面を真っ白い霧が流れるように迫ってきたらしい。

その霧に包まれると前後左右上下も分からないぐらいで、嫌な予感がして戻ろうとしても一歩も動けない状況になったって。


「何をしている?」


動けない中、霧の四方八方から声が聞こえてきたって。声は一人なんだけど、周りから同じ人に同時に声をかけられているような感覚。


まさか神様?って思ったけど、神なんて居るはずがないって思っていたらまた声が響いてきたって。


「ここに入ってはならないと神官のお前はよく知っているはずだが?」


何も言ってないのにガウリスが神官だと分かっているのに驚いたらしいけど、ガウリスは聞き返した。


「あなたは何者ですか」

「神官であるお前が信仰する者だ」


その訳の分からない状況でそう言われたら神…?まさか本当に?って信じかけたけど、神様なんて居ないって考えで固まっていたガウリスはその考えを振り払って半ばムキになって言い返したって。


「神など居るはずがない、居るのならば信託でも声をかけてくださるはずです。助けてくださるはずです。しかし私が神官になってから一度も神の声も助けもあったことなどありません。神など居ない、あなたは私を騙そうとする詐欺師と同じではないのですか」


少しの沈黙のあと、傷ついたような笑い声と共に声が響く。


「悲しいなぁ、私の存在を信じなくなったとは。悲しいよガウリス、私は悲しい」


名前を呼ばれたことにもガウリスは驚いたらしいけど、それよりも酷く傷ついた口調に思わず胸が痛んで、それまで頑なに神様なんて居ないと思っていた心も少しやわらいで、ガウリスは遠慮がちに質問をしたって。


「…あなたは本当に神ですか?」

「そうだ」


「ならばなぜ信託に応えてくれないのです」


一瞬の沈黙。


「我々の言葉は届かなくなった」


「神の言葉を聞くために神官の我々が居るのでは?」


「お前たち神官が聞いてもその下には届かないなら意味がない」


と、ガウリスはそこでフッと言葉を止めて申し訳なさそうに口を開いた。


「申し訳ありません。言うのを忘れていたのですが、私の国は毎年夏になると水不足に悩まされ、我々神官は雨が降るようにと毎日神に祈っていたのです。

しかしいくら祈っても毎年のように雨が降らないので私もこの世に神なんていないと思った次第で…」


とゴニョゴニョと続けた。


結構いろんな所で水の問題が起きてるのね。

毒をもつ水のモンスターが現れるし、砂漠化で水が減っているし、ガウリスの所では毎年のように水不足らしいし…。


ガウリスの話は続く。


ガウリスは聞いたって。


「しかし神ならなぜ我々の願いを聞き入れて雨を降らせてくれないのです?」


「お前たちの願いを全てを聞き入れるのが神だと思ったら間違いだぞ」


その言葉にわずかにムッとなって、


「我々の願いを聞き届けないなら神など必要あるのですか」


相手は黙りこんで、ふー、と呆れたようなため息をついた。


「少々思い上がり過ぎだガウリス。お前は今、自分の言うことを神が聞かないからとごねて八つ当たりしているだけだ」


そう言われてガウリスはハッとした。

少なからず神様は自分たちのために動いて、声を聞かせて助言を与えるための都合のいい存在として扱っていたことにガウリスはそこで気づいた。

その浅い心を指摘されて、ガウリスは瞬間的に自分を恥じて神様なんて居ないと思ったことを酷く後悔した。


「ガウリス」


優しく声をかけられ顔を上げると、山が崩れるのかという大轟音が聞こえた。


「ガウリスが我々の立場だったらどうする?みせてみろ、これはお前に与える罰だ」


体に衝撃が当たって、気絶したのか記憶はそこで途切れたんだって。気づいたら霧の無い所に寝そべっていて、命は助かったと思ったんだけど…。


「そんな姿になっていたと」


ロッテが言うと、ガウリスは頷いた。


歩こうとしても空中を闊歩(かっぽ)しているみたいで、混乱しながら縮んだような神殿に戻ると小人のようなサイズの神官たちが絶叫して逃げていって、ついには王室の兵隊たちが追ってきてガウリスは何がどうなったのか分からないまま逃げ惑った。


そうして大きな湖までたどり着いてふと見た湖の中には今のガウリスの姿が映ってる。

モンスターが湖からこっちを見ていると思って驚いて叫ぶと、湖の中のモンスターも同じように口を開けて、人間ではない咆哮(ほうこう)が飛び出して…。


そこで自分の姿が変わったことに気づいて、絶望し空を見上げて神様に懺悔の言葉を叫び続けていたら、雲が集まって雨が降ってきた。


まさかこれが神が言った『お前はどうするか』の意味なのか、国と協力してに雨を降らせてみろということかとガウリスは思ったらしいけど、ガウリスからは人を威嚇(いかく)するような唸り声しか出ないし、兵隊はガウリスを殺そうと追ってくる。


またカームァービ山へ行こうか…でも次は本当に命を取られるかもと思うと怖くて行けなくて、仕方なく故郷を去ったって。


人に見つからないようにお昼は出来るだけ身を隠して、夜のうちに転々と居場所を変えて。でもガウリスの体は大きいからどんなに隠れてもすぐに見つかって、騒がれる度に移動して国境もいくつも越え続けて。


そうして、私たちがこの近くにいるという噂を冒険者から聞いたみたい。


私たちは魔族にも会っているし様々なモンスターにも会っているはずだから、ドラゴンになったガウリスを見て何かおかしいと感づいてくれるんじゃないかって思って、私たちが向かってる方向に先回りして飛んで行った…。


「それがあの村だったのね?」


聞くと、ドラゴン姿のガウリスは大きく頷いて、


「そうです。勇者御一行は東の方へ行ったというので、きっと宿のある村で一泊するだろうと思いあの大きい山村にしばらく居座りました。…村の方々にはご迷惑と恐怖を与えてしまいましたが…」


と申し訳なさそうに続ける。



「けどあそこら辺の村には宿なんてないぜ」

「えっ」


アレンのあっさりした言葉にガウリスがアレンを見る。


「あそこらへんは旅人が通る道から逸れてる普通の村だから宿なんて一軒もないぞ。まあ泊めてって言ったら優しい人が泊めてくれるかもしれないけど…。俺たちだってドラゴンを討伐してくれって頼まれてあの村に行ったんだし、会えてよかったよな」


「ああ…そうだったのですか…。てっきりあの辺りに宿があるのだろうと思って…」


「まあしょうがないよ、分かんないもんは」


と言いながらアレンはロッテを見る。


「で、どうやって人に戻すの?」


ロッテは真剣な表情でアレンを見てからゆっくりとガウリスに視線を動かした。


「あたしは何もできない」

「ええええ!?」


サードとロッテ以外の全員が驚いて叫ぶ。


「なんで!?」

「どうして!?」


私とアレンがわぁわぁとロッテに詰め寄ると、ロッテは手で私たちを押さえつけるように落ち着けというジェスチャーをした。


「まず、その姿にしたのは誰?」


「神です。…姿は見ていませんが、状況的に考えると神だと思います」


ガウリスは困惑したような表情で言うと、ロッテは頷いた。


「あたしは神じゃなくて何?」

「…魔族」


私が答えると、ロッテはまたも大きく頷く。


「そういうこと。悪いね、神と魔族は相入れない存在だし、神が施したものは魔族のあたしがいくら頑張ろうがどうにもできない」


「何で」


アレンが納得のいかない表情でロッテに詰め寄るのを見て私は口を挟んだ。


「神と魔族は根本的に違うのよ。神は人間を守り慈悲を与え、時には罰も与える。けど魔族は…」


と言いながら、チラとロッテを見る。


魔族に関しての話は大体悪口みたいなことしか本に書いてないからそのまま言ったらロッテが不愉快になっちゃうかも、と瞬間的に思った。


でもロッテは興味深そうな顔で話を聞いていて、


「人間の口から魔族がどんな存在で通ってるか聞きたいから続けて」


と促す。

それでも色々と聞きに来たのに悪口っぽいのを言うのもちょっとどうかと思ったから、ぼかしながら話を続けた。


「魔族はロッテとかロドディアスみたいなマイペースタイプもいるって最近分かったけど、基本的に人間を陥れて、人の仲を不和にしそれを喜びの糧(かて)にしてる」


「つまり?正反対だって言いたいのか?」


サードがさっさと結論を言えとばかりに聞き返す。

まさにサードが言ったのが正解だ。サードは魔法や神や魔族についての知識はないけど、それでも頭は回るから答えにはさっくりたどり着く。


私は頷いて、


「そう。神と魔族は根本から正反対で交わることがないの。属性も神は聖、魔族は魔、特に魔の属性は聖の属性にてんで弱いらしいわ。だから神が直接人間に施した物・行為には魔族は手が出せない…と私は習ったのだけど」


そこで話を区切りながら魔族であるロッテを見た。


ロッテは満足気に頷きながら、


「そうそう。だから神がその姿に変えたならその属性は聖なるもの。魔族の私には何もできないの。それに元々あなた神官なんでしょう?魔族は神官とも相いれない。なんせ神官のバックには神が控えてるんだからね。『聖職者をつついて神を出す』なんて言葉も魔界にあるくらいだし」


サードは鼻で笑った。


「神を蛇扱いかよ」


「なら、私はもうこの姿から人間に戻れないのですか!?」


絶望的で悲痛な声がガウリスから放たれる。

あまりに悲痛な声にどうにかならないの?とロッテにチラと目を動かすと、ロッテもこれはあんまりだよねー、と少し首をかしげながら考え込んだ。


「まー、思いつく方法もあるけど」

「どんな方法ですか!」


ガウリスが魔法陣の中に入りそうな勢いで青い光に迫ってきて、ロッテは、


「ダメダメ、対象のモンスターはこの魔法陣の中に入れないの」


と言うけど時すでに遅く、ひしゃげた声と共にガウリスは魔法陣の光の壁に当たって身もだえした。


「それでその方法って?」


痛そうに身をよじっているガウリスの代わりに私が聞くと、ロッテは指を一本立てた。


「一つ、その姿にした神に元に戻してもらう。その方法ができるか魔族のあたしには分からないけど、これが一番確実なんじゃない?」


「しかし…」

「二つ」


痛そうな顔をしたガウリスが何か言いかけたけど、ロッテが指をもう一本立てて話続けるから口を閉じた。


「ドラゴンは自分の意思で人間の姿に変化することができる。でもこれは人間に『化ける』という行為だから人間に『戻る』とは言えない。だけど人間の姿になることはできる」


ロッテは指を三本目の指を立てる。


「三つ、魔法で変化させる。魔族に忠誠を誓う人間の魔導士の術には自身の体を別の生き物に変化させるものがあるらしい。

けどこれは魔族に忠誠を誓うという証にもなるから神官の職に戻る事は不可能だね、それにこれも『戻る』じゃなくて『化ける』といった方が良い」


そして四つ目の指を立てる。


「四つ、魔界にある人からモンスターに変える薬を飲む」


ラグナスが言っていたあの値段が高いという薬のこと?と口を挟んだ。


「でもそれって人をモンスターにする薬なんでしょう?モンスターになった人がそれを飲んだらどうなるの?」


ロッテが驚いた顔でこっちを見る。


「知ってるの?」


そのロッテの反応に、もしかしてその薬の存在は魔族しか知らないのかもと口を閉じて目を逸らす。


ロッテはこっちをジロジロと見ている感じがしたけれど、それでも何事も無かったかみたいに続けた。


「相反作用で元に戻るかなって思ったんだけど、やっぱダメかな」


「さ、さぁ…私はよく分からないけど…」


今さらながらに私何も分からないという雰囲気を出して返事をするとロッテは、うーん、と考えこむ。


「でもそうだねぇ、神が変えたなら魔界で作り出された薬なんて飲ませても意味ないか。それなら私が思いつくのは最初に言った三つ。どうするかはあんたが決めな」


と言いながらロッテは私たちに視線を向けた。


「今日、泊まっていく?ご飯も用意するよ」


有難い申し出だから頷いたけど、どこか獲物を見つけた様な笑顔をロッテはしている。


…何か嫌な予感…。

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