第26話 ドラゴンとの対戦

「本当にこれでいいの…?」


私は草むらの茂みの向こう、村への入口手前にバリケードのように置かれた酒樽を一度見てからサードに聞いた。


話は少しさかのぼって村に居座っているドラゴンは新種かもしれないとサードが言った辺りに戻る


その言葉にラリの家にいた皆が「ウソだまさかそんな」の入り交じった反応をしたけど、サードは我関せずでパシとフシの双子にラリへ視線を向けて、


「頼みがあります。この村にあちらの村から、ありったけのお酒を用意して村の入口に全て置いていただけますか?今のところドラゴンは居ないようですので時間勝負です。さあ動きましょう!」


手を叩きさっさと動けとばかりのサード言葉のままに双子は村に引き返して行って、ラリと私たちは各家に赴いて勇者御一行だと説明しながらお酒を村の入口に置いてほしいと説明した。


何でこんな状況でお酒?という顔をされることが多かったけど、私だって何でこんな状況でお酒?と思ってる。まさか酒盛りを始めようとしてるわけじゃないわよね。


そう思いつつも勇者サードの言葉だから、と付け加えると村人たちもおっかなびっくりの表情で酒樽を入口に持ってきてくれて、サードの指示の下、二つの村から運ばれた酒樽が大量に並べられた。


酒樽の陳列が終わるとサードはあとは自分たちがどうにかするからと村人たちを帰して、私たちは酒樽から少し離れた茂みに隠れジッとしている。


私たち以外誰もいないから裏の顔を堂々と出しているサードは、私のこれでいいの?という言葉に、


「さあなあ。人がやったように上手くいくとは思っちゃいねえが」


と返す。私は続けて聞いた。


「それよりサード。もしかしてその新種のドラゴンの正体とか、分かってる?」


ラリに新種のドラゴン(仮)について質問していたけど、まるでその正体はとっくに知っていて、本当にそれかどうかの最終確認しているようだった。


「でもさぁ、本当に新種だったとしたらどうする?弱点もなんも分かんねぇぜ」


アレンは不安そうにサードに聞く。


「なに、いざとなりゃこれ一本あればいい」


サードは聖剣をアレンに見せびらかすように持ち上げた。


「上手くいけばの話だけどな。だがもしドラゴンがあの酒樽を無視したら…」


サードは私にチラと目を向ける。


「エリー、お前ドラゴンの前に出ろ」

「ちょっ」


カチンときた。


「私を餌にするつもり!?根性悪いし性格も悪いし正直信用も何もしてないけど、それなりに今まで冒険してきた仲だと思ってたのに私を餌にするつもりなのね!?そこまで最低な男だと思わなかった!」


「黙れブス」


サードもイラッとしたような表情で吐き捨て、私はサードのその表情とブスとの言葉でイラッとして言い返そうとするけど、サードはいいから話を聞けっていう目で睨みながら続ける。


「俺の想像だとあれはいきなり女は襲わねえはずだ。いいか、まずは絶対に攻撃はするな。酒樽を無視したらお前は黙ってドラゴンの前に立て」


「想像だし、はずだって言っちゃってるし…。嫌よ、そんなドラゴンの前に出るなんて自殺行為」


ツンとそっぽ向くとサードは俺の命令が聞けねえのかとばかりのイライラした声で、


「だが今のところドラゴンはただの一人も殺してねえんだぜ。本気出せばこの村どころかこの山にある村が全部消せるはずなのにだ」


そう言われれば…。


ドラゴンが本気を出せば今居座っているラリの村どころかパシとフシの村もほぼ一瞬で壊滅状態になるはず。

思えば西の方にドラゴンが出たと話題になってると聞いてから後でも、ドラゴンが暴れた、人が死んだ、殺されたという話は全く聞いていない。


…でもドラゴンの前に攻撃もせず出るのはやっぱり嫌…。


苦い顔をしながらサードに話しかけようとすると、サードが手で私の言葉を制した。


その行動に口をつぐむ。


すると枝をバキバキと折りながら何かが近づいて来る音がしてそっちに目を向けた。


「お前の赤毛は目立つからもう少し頭低くしろ」

「おおう」


サードはアレンの頭をグイグイと草むらの中に押し込めて、アレンはおぶおぶと手を動かしてバランスを保ちながら身を低くする。


私は無意識的に口を自分の手で押さえ、アレンと同じように草むらの中でもっと身を低くして、近づいて来る音を聞いていた。


音は次第に大きくなり、ぬっと何かが茂みの奥から現れた。


それはどこか平べったい口周りで、ラリの言っていたナマズのような長いヒゲがうねうねと動いているのが見える。


そこからゆっくりと出てくる姿…。

出てきたドラゴンを私は茂みの隙間から好奇心半分、怖い気持ち半分で覗いた。


目は昼間だと言うのに発光しているように輝いていて、ギョロギョロと瞳が動いている。どこか怒ったような表情をし、口から漏れる音は怒りを押し殺したような唸り声。


太い木の枝をへし折り葉っぱが擦れ合うがさがさという音と共に巨体が茂みの奥から出てくる。


地を這っているわけでもないし、羽を使って飛んでいるようにも見えない。

まるで空中を這う蛇みたい。


ドラゴンの長いヒゲがピクピクと動き、鼻をスンスンと鳴らし首を左右に揺らしている。


と、酒樽の存在に気づいたらしい。


スルスルと近づいて行き、酒樽の匂いを嗅いでいる。


間近で見る頭の巨大さを見ていると、今口を開けて横を向かれたら一口で食べられそうという考えが浮かんで、とにかく音を立てないように身を強ばらせた。


その頭から首周りは毛のようなトゲのようなもので覆われていて、体つきは蛇みたいだけど蛇と違って手がある。


サードが手の形にこだわっていたから手のある方をこっそりと見ると、まるで人の頭を簡単につまめそうな指のようなものが三つ生えている。

爪も鋭くて、あれに引っかかれたら体が引き裂かれて一生の終わりなのだろう。


体長の大きさはわからない。その長い体は全部出てなくて、体の半分以上がまだ茂みの奥にあるからだ。


ドラゴンは酒樽の匂いをひとしきり嗅いだ後、酒樽をくわえてそのまま天を仰いだ。

酒は一瞬でドラゴンの体内へと消えていき、ドラゴンは次の酒樽をくわえてまた天を仰いで一気飲みしている。


「すご…」


二つの村の人たち総出で運んだ酒樽の数々が一瞬一瞬で消えていくから思わず見入ってしまう。


最後の一樽に差し掛かるころには、どこか機嫌がよくなっているドラゴンが体をうねらせ、まるで冷えたビールを一気のみしたアレンが「プハー!」とたまらない声を出すような雰囲気で咆哮(ほうこう)をあげている。


「機嫌よさそうだな」


アレンはのんきにそう言ってても、サードは聖剣に手をかけたままジッとドラゴンに集中している。


最後の一樽を空けて地面に落としたドラゴンはゆっくりと地に頭を伏せて、周りに土埃が立ちのぼる。


ドラゴンの喉の奥からは怒りを押し殺したというより、猫が喉を鳴らすようなグルグルというのに似た声をあげながら一息ついたように目を閉じている。


何だかお酒に酔ってウトウトしているようにみえるけど…まさかサードがやろうとしていることって…?


「まさかお酒で酔わせて寝た隙に襲うつもり?」


サードは「おう」と返しながら、


「やっぱり先人の知恵ってのは覚えとくもんだな。だがまずは様子見だ」


と笑いながら呟く。


お酒で酔わせてその隙に殺すなんて先人の知恵というより卑怯行為じゃないの。

でも相手が人間ならまだしもドラゴンはまともに戦ったら敵わない…でもやっぱ卑怯な…でも…。


あれこれと考え続けていると、機嫌が良さそうにその場にうずくまっていたドラゴンはスゥと空中に浮かび上がって茂みの奥の方へと頭を巡らせる。


「全然眠らないぞ」


アレンがサードに言うと、サードはチッと舌打ちして聖剣を引き抜いた。


「量が足りなかったか。ならまず俺があのドラゴンに…」


立ち上がりながらこれからの作戦を言うサードの言葉に攻撃するのねと思って、


「なら周りの木で拘束するわ」


と魔法を発動した。それを見たサードはギョッと目を剥く。


「バカやめろ!」

「え?」


サードが止める前に私の魔法はもう発動されてしまっていて、周りの木がメキメキと変形して、まるで槍を斜めにクロスさせ人を拘束するように木の太い枝々がドラゴンを拘束してしまっていた。


「グオオオオオ!」


ドラゴンからはさっきのご機嫌な咆哮とは程遠い声が響き渡り、木の拘束から逃げようとのたうち回ったように見えた瞬間。


気づいたら強い風に押されて空中を飛ばされていた。


え?


何が起こったのか分からない。でも目に映る光景には自分たちがさっきまでいた周辺の草の茂みどころか木々も綺麗さっぱりなくなっていて、茂みの葉は私と一緒に飛ばされている。


もしかして今の風ってドラゴンの力…?


「ッブッ」


モサモサとした柔らかい植木みたいな低木に私は頭と足がひっくり返った姿勢で正面から引っ掛かって止まった。それがクッションがわりになったから口の中に葉っぱが入った以外はケガもない。


それより二人は大丈夫なの?


「大丈夫!?」


起き上がって二人の…というより主にアレンを心配して声かけて首を巡らせると、目が合った。


アレンじゃない。


木々や茂みが綺麗さっぱり何も無くなったわずか先から、ドラゴンのらんらんと輝く目が真っすぐこちらを見ている。


ドラゴンと真っ直ぐ目が合った私は息を飲んで…思わず見とれてしまった。


「…綺麗…」


双子のどちらかが綺麗と言った意味がよく分かった。


日光にキラキラと輝くターコイズブルーの鱗、すべての生き物の上に君臨するような威厳のあるその佇まい、こちらの心の内を見透かすような二つの目。

その目に真っ直ぐ見られるとまるで時間が止まってしまったかのよう…。


『ドラゴンに出会ったら幸運だがその場で死ぬと思え』


その言葉が頭に蘇り、ふと我に返る。すると、黒い何かが目の端に映った。


ハッと目を動かすと、その黒いのはサードの頭で、鎧を着ている人間とは思えない跳躍力でドラゴンの首の後ろに飛び乗った。


「動くな!大人しくしろ!」


サードは怒鳴るが、鳴き声をあげたドラゴンが首を激しく動かし、サードは振り落とされてしまった。


サードは地面に転がって着地してそのまま足を踏ん張らせ一気に間合いを詰め、ドラゴンの首の下にもぐりこんだ。


ドラゴンは体をうねらせながら首を高く上げて空中に浮かび上がった。

バキバキと木の枝を折る音をたてながらドラゴンの全長が露わになる。


「ウソだろ、こんなにでかいのかよ!」


背の高い木にひっかかったらしいアレンが木から降りながら絶望の声を上げた。

私もその全長の長さには驚いて口を開けて呆然としてしまう。


十…ううん、百メートル?五百メートル…?いやそれでも足りない。


ラリのドラゴンの説明は恐怖のせいで少し大げさになってると思ってた。でも本当だった。


ドラゴンの頭は私たちのすぐ側にあるのに、そのしっぽとなると空まで届くんじゃないのと思うほど遠くにある。

呆然としていた私はハッと我に返った。


「援護しなきゃ!」


いくら何でもサード一人でどうにかできる相手じゃない。むしろ私たち三人でなんとかなるのかも分からないけど、やるしかない。


「サード!とにかく一瞬動きを止めて隙を作る!」


そう言うと、周囲の木々に魔法を発動させた。


ドラゴンの真下の木々がゾロゾロと一斉に高く生い茂って、ドラゴンにグルグルと巻ついてそのまま地面へと引きずり下ろす。


「ギャアアアアア!」


ビリビリと耳をつんざく声を上げてドラゴンは首を大きく左右に動かすけど、私はすぐさま他の木々を大きくしドラゴンに巻き付けてがんじがらめにしていく。


ドラゴンは木々に巻き付かれたまま地面に木で拘束された。遠くで体がひるがえり、しっぽがうねっているのが見える。


こんな拘束なんてさっきみたいな突風ですぐ壊されるに決まってる。

でもサードは敵のこの動けない一瞬の隙は見逃さない、そう今のこの一瞬さえあれば…!


サードを見る。


サードが聖剣を手に持ってドラゴンの顔の前に立っているのが見えた。


え?どうして?何してるの?

いつもならもうこんな状態でサードを見ると敵の首を聖剣が通り過ぎてるのに。


サードはこんなチャンスは見逃さない。

でもサードはドラゴンの目の前で聖剣をダラリと垂らしたまま立っているだけ。


「サード!?」


困惑の声をかけるけどサードは動かず、むしろ聖剣を鞘に戻して膝をついてドラゴンと目を合わせた。


「何してんだサード!死ぬぞ!」


アレンもサードの普段なら取らない行動に混乱して、その場で頭を抱えて地団太を踏む。


ドラゴンの目がサードを見据える。歯をむき出して喉の奥から唸り声を出している。少し首を動かしたらサードを一噛みしかねない雰囲気だ。


「おまえ、言葉分かるか?」


サードがドラゴンに向かって問いかけた。


私もアレンもポカンとした表情でサードを見て、お互いに顔を合わせ、再びサードに視線を戻した。


「ぐう、ぐうう」


ドラゴンは拘束された状態で辛うじて頭を動かしている。頷いているように見えなくもない。


「どっかの神か?」


神?


驚いてサードとドラゴンを見た。


確かにモンスター辞典にも神の使いとされるドラゴンは載ってたはず。伝説時代の話だから本当に居たかどうかは分からないけど。

でも神そのものとされるドラゴンなんて居るはずがない。


「ぐうう」


ドラゴンは左右にのたうち回った。首を横に振っているように見えなくもない。


「モンスターか?」


ドラゴンは唸り声をあげながら左右にのたうち回る。


「人か?」


ドラゴンは小さく咆哮して最大限に上下に頭を動かした。そのせいで地面に顎が当たって周りに土埃が舞い上がる。


「人!?」


アレンが驚いてドラゴンを見る。私も驚いてドラゴンを見た。


「どこが人なの、どう見てもドラゴン…」


そこまで言いかけて、ふとラグナスとの会話を思い出した。


そう言えば魔界には人をモンスターに変えるとても値段の張る薬があると言っていたわ、もしかしてそれで?


「魔族に薬で人間からモンスターに変えられたの?」


「ぐうう」


ドラゴンは唸り声をあげながら左右にのたうち回る。違うという意味みたい。

というより、自分の言葉にドラゴンが反応したことに何だか感動しちゃう。


「人なら話が早い」


サードはほくそ笑む。


「お前元に戻りたいか?」


ドラゴンは咆哮して大きく頷いた。


「なら俺たちに協力するか?するよな?するだろ?」


何よ、その決めつけ三段活用。


でもドラゴンは首を大きく上下に動かして、恐ろし気な目からポロポロと何かが流れ出た。どうやら涙のようで、地面にあっという間に水たまりが二つ出来上がる。


どう見ても敵意は無い。


「拘束解く?」

「おう」


私は魔法を発動させて、ドラゴンにグルグルと巻き付けていた木々を真っ直ぐに伸ばしてドラゴンを解放した。


思えば最初からサードは何かアタリをつけていたのに、私が勝手に攻撃するのねと動いたせいでこじれてしまったような気がする。


サードに怒られるかしらと思ったけどサードは、


「あっちとこっちの村人集めろ」


と私とアレンに指示を出すだけだった。

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