第27話 ドラゴンといっしょ

「というわけで、このドラゴンは人の言葉も分かっており人に対して敵意はありません。むしろ今まで人を一人も傷つけたこともない平和的な性格のドラゴンです」


サードが村人たちにそう説明する。


「…平和的な性格、ですか…」


パシとフシのいた村の村長とその村人たちが目をぱちくりさせながらドラゴンを見上げ、ラリの村の村人たちもおっかなびっくりといった体(てい)で遠巻きにドラゴンを見ている。


「あのドラゴンは人だって言わないのかしら」

「言わないみたいだな」


私とアレンは小声で会話を交わした。とはいってもアレンの小声は普通の会話程度の大きさだけれど。


このドラゴンは元々人だと伝えた方が皆も安心するんじゃないかなと思うけど、サードはそんなことは一言も口にしない。


サードはドラゴンに手と視線を向け、


「このドラゴンも元々過ごしていた所があるはずですので、我々勇者一行が代表してドラゴンを元々住んでいた場所へ連れて行きます。国境沿いにいる兵士にはそのように伝えますので、それでよろしいでしょうか?」


パシとフシの村の村長と、ラリの村の村長が顔を合わせて、


「まあ、別に断る理由はありませんが…」


「けどその…本当に大丈夫ですか?ドラゴンと共に行動するのは…」


と心配そうに聞いて来た。


色々聞きたいことがあるけど、自分たちの言葉を理解するドラゴンを間近にして聞きたいことが何も聞けないという表情だ。


そりゃあ私だってサードに聞きたいことは山ほどある。


そのドラゴンは新種だったの?やっぱりサードはその新種のドラゴンのこと知ってたわよね?むしろなんで元々人だったって思ったの?人からドラゴンになるものなの?等々…。


でも落ち着き払っているサードの隣でどうしてどうしてと質問攻めをしていると、


「ああやっぱりすごいのは勇者様だけで、この人はその一行ってだけなんだな」


と小馬鹿にする人が以前にいて腹が立ったから、こういう時は私も何もかも知ってるのよ、というふりをして後で質問することにしている。


そしてサードは村長二人のまごついた聞き方に優雅に微笑みながら頷く。


「大丈夫ですよ。このドラゴンに敵意はありませんし、元々住んでいた所に連れて行くだけです。それとも一緒にドラゴンと過ごしたいと言うのなら我々は引き下がりますが?」


「い、いやいや滅相も無い」


ドラゴンに居座られたラリの村の村長は頭を横に振った。これ以上ドラゴンに居られても困るという顔だ。


敵意が無かったとはいえ、いつドラゴンが襲ってきて殺されるかも分からない恐怖に数日もの間さらされていたんだから、しょうがないわよね。


「では問題も解決しましたし、行きましょうか」


サードはそう言うと歩き出した。

あまりの唐突な言葉に思わず私も驚いて、え?という顔をすると、


「もう行ってしまうんですか?」


と後ろから声を合わせて言ったのはあの双子のパシとフシだ。


「もうちょっとゆっくりしていってもいいじゃないですか」


「そうそう、もっと勇者御一行の冒険話も聞きたいし、ドラゴンに敵意も無いらしいし」


サードは振り返ると申し訳なさそうに微笑む。


「気持ちは有難いのですが、我々も先を急ぐ身ですので」


そりゃあ今はケルキ山に向かうっていう目的はあるけど、そこまで急いでいるわけじゃないのに。

むしろ国道を進んだ方がもっと先まで進めたのに、ドラゴン征伐を求められるからって遠回りの東の道へ逸れたのはサードじゃない。何をこんなに急いでるふりしてるのかしら、こいつ。


「そう…ですか」


それでも私たちの内情なんて知らない村人たちは残念そうな顔をして、村長二人はそれならと顔をあげる。


「ゆっくりしていただけないのは残念ですがドラゴン相手にこんなに早く解決してくださったのです」


「お礼といってはなんですが、わずかながらでも餞別(せんべつ)を用意します。それまでもう少々待っていただけませんか」


二人の村長はそれぞれ村人に指示をだし、村人たちも指示に従って動き出した。


すると好奇心の強い子供たちがドラゴンに触ろうと恐る恐る近づこうとしている。


サードはそんな子供たちに目を移し、


「喉の逆さになっている鱗には触ってはいけませんよ。村が潰れますからね」


「えっ」


子供たちはサードのその一言にザッと引く。


「ちょっとサード、脅かしすぎよ」


いくら子供への注意だからって村が潰れるは言いすぎと注意すると、サードは私を見た。


「本当です。そこだけは触れてはいけないものなんです」


「…」

やっぱりこいつ、モンスター辞典にすら載っていないこのドラゴンのこと色々知ってるわよね…。


そんな疑問の視線を投げかけるけど、サードは村人たちとの談笑に戻っていて私の視線なんて見ていない。


それから少しして、お金と持てるだけの食料品、火を起こす時にあると嬉しいチップ、そして飲料水をもらった。


二人の村長は申し訳なさそうに、


「申し訳ありません、材木はたくさんあるんですが旅に必要なものとなるとあまりいいものがなくて…」


と言う。


「何を仰いますか、その気持ちだけで我々は十分にありがたいのですよ」


サードがニッコリと微笑むと、後ろの方で女の子たちがキャー!と黄色い歓声をあげる。


いつものことだけど、サードの本性を知ったら黄色い声は絶望の悲鳴に変わるのかしら。この男の本性も知らないで可哀想に…。


「では、また何かあったら駆けつけますので」


あんなに渋々と駆けつけたくせしてよく言うわ。


サードが私たちに行きましょうと手で軽く促すから呆れながらその後ろを歩いていくと、ドラゴンもゆっくりとうねりながら、ふわ、と空中に浮かび上がった。


村人たちからは「おお…」と感動のこもった声が漏れる。


こんなに間近で怪我人も死亡者もなく生きてドラゴンの飛ぶ姿が見れるのはほとんど奇跡に近い。


「…それより羽がないのにどうやって飛んでるのかしら」


村人たちの別れを告げる声が聞こえなくなってきたころ、近くを飛んでいるドラゴンを見て疑問に思って呟いた。


「風に乗ってんだろ。風と雨を動かすような存在だからな」


サードはあっさりと答えるから私は身をのり出してこのドラゴンについて聞こうとすると、私の前にアレンがズイッと出た。


「つーかこのドラゴン本当に人なのか?なんで分かったんだ?新種のドラゴンじゃないのか?なんで人がドラゴンになったんだ?なあ?なあ?なあ?」


アレンもずっと気になってたのか矢継ぎ早に質問しながらサードの肩を掴んでユサユサと揺すぶっている。


サードは面倒くさそうに顔をしかめ、肩を動かしてアレンの手を払いのけた。


「どうだっていいだろ」


「よくないわよ!自分だけ分かってるとかずるいじゃないの!教えてよ!」


私の言葉にサードは余計に面倒くさそうな顔をした。でも何か言うまで引きそうにない私たちの表情をみて無視したら余計に面倒くさくなりそうと踏んだのか話し始める。


「俺が夜に見たシルエットと、他の奴らから聞いた話で推測したんだ。俺だって実際にこんなリュ…ドラゴンなんか見たことはねえが、この姿ならどこぞの天候を操る水辺の神的な存在か、人間が何かやらかした罰でこんな姿になったとかそんな所だろうと踏んだ。そんな話を聞いたことがあるからな」


と言いながら上空を飛ぶドラゴンにサードが目を向ける。


「お前、東の果てから来たわけじゃねえだろうな?」


ドラゴンは首をサードに向け首を横に振った。本当に人の言葉を理解しているのがよく分かる。


「サードは東の果てから来たのか?そこってどこ?地図に載ってる?」


地図を広げて質問するアレンに私は驚いた。


私より長くサードと旅をしているアレンですらサードの生まれ故郷がどこか知らないなんて?少なくても故郷がどこかくらいは知ってると思ってた。


アレンの質問にサードは鼻で笑って、


「まさか」


と返すと、そのまま何も言わずに歩き続ける。


「なによそれ、ちょっとサード、サードってどこの生まれなの?サードの故郷にはこういうドラゴンがいたの?いたんでしょ?だから色々と手とか喉の逆さの鱗とかそういう特徴も知ってるのよね?ねえ?」


私もアレンに負けず矢継ぎ早に質問するけどサードは私の言葉を無視して歩いていく。

それでもこんな時に秘密主義気取ってんじゃないわよと更に突っ込んで聞こうとするとサードはピタリと止まってドラゴンを見上げた。


「おい、お前。背中に乗せろ」


サードの言葉にドラゴンはすぐさまスルスルと地面の上に降り立ち、どうぞと言わんばかりに黙ってこちらを見ている。


「はっ」


ドラゴンの背中に乗れるという考えられない状況にサードにあれこれ突っ込んで聞いてやるという気持ちが吹っ飛んだ。


「マジで?マジで乗っていいのか?」


アレンは子供のように興奮しながら近寄ってよじ登って、サードはさっさとドラゴンの上に登って、私も、


「お願いね」


と言いながら恐る恐るドラゴンの背中に乗った。


背中に生えている毛は固くて座り心地は良いとは言えない。でも掴むところがあるんだから落ちる心配はないわよね。


フワリと地面からドラゴンが離れ、空中に浮遊する。


「うおお、怖ぇえ」


そう言いながらもアレンの声は興奮していて楽しそうだ。


周りの木が見る見るうちに下になって行って、見晴らしのいい上空をゆっくりと進んでいく。


ドラゴンは風に乗ってるってさっきサードが言っていたから、ドラゴンは周りに激しい風でも起こして飛んでいるのかしらと思っていたけど、ドラゴンの周囲には髪がたなびく程度のゆるゆるとした風しか流れていない。


「こんな高い所から地上を見られるなんて…」


目を輝かせながら下に広がる景色を眺める。


どこまでも続く山と森、所々にある村と町とそこに続く道。もっと遠くにはこの国の中心都市があるはずだけど、さすがにそこは遠すぎて見えないみたい。


「隣の国境近くになったら俺らを降ろしてお前は国境の向こう側の奴らに見つからなそうな所に隠れて待機していろ、いいな」


サードがドラゴンに向かって指示すると、ドラゴンは唸り声をあげる。まるで怒っているみたいな声だけど、もしかしたらこの声が普通に出る声なのかもしれない。


「これだとあっという間につきそうだな」


アレンの言葉通り、あっという間に国境の境にある審査所が見えて来た。するとドラゴンはスルスルと地面に降り立って私たちを地面の上におろす。


「本当にあっという間だったわね…」


ドラゴンをどうにかしてと引き止められた東の審査所からこのドラゴンが居座っていた村近くまで一日かけて歩いたのに、空中を飛んだらほんのわずかな時間でたどり着いてしまった。


ドラゴンから降りてドラゴンの顔がみえるところに歩くと、ドラゴンは目を私に向けている。

怖い顔だけど、よく見れば目は大きいしキラキラと輝いてるし可愛いとも思えなくもない。


「ありがとうね」


ドラゴンの鼻の頭をなでると、ドラゴンの怒っているような表情は変わらないけど、どこか微笑んでいるようにもみえる。


「じゃあ、審査所の向こうで待ち合わせだな」


アレンももう慣れたもので、ドラゴンの口端を容赦なくペチペチと叩いた。

ドラゴンはその言葉を聞くとふわりと浮かんで、ぐんぐん空に飛び上がって細い棒並みの大きさになるほど高い上空を飛びながら、隣の国の方へと向かって行った。


「そういえばサード、なんで村人たちにあのドラゴンが人だって言わなかったんだ?」


歩き始めてふと思い出したのかアレンが聞く。


「説明すんのが面倒だったし、下手に留まって国の兵士に見つかったら新種のドラゴンだなんだの騒ぎで国の研究者が来るかもしれねえだろ?」


その言葉に私もアレンも、ああ、なるほど…とうんざりした表情で頷いた。

だからサードは急いでいるふりをしてさっさとあの場を立ち去りたかったのね。


ロドディアスの古城から流れ出た水のモンスター。

体の表面に毒を持ち、それが混じった水を体内に入れるか、それに触れた手で食べ物を飲み食いするだけでも腹痛と頭痛を引き起こす。


今まで地上にいなかった水のモンスターが出たと医師団は国の研究施設に報告をしたみたいで、すぐさま国の研究者がやって来て、私たちは延々と質問攻めにあったのよね。


見た目はどうだった?直径・高さ・幅は?色は?攻撃方法は?どこで出会った?どのように倒した?弱点は分かるか?どれくらい数がいたか?その毒は他のモンスターと似た所はあるか…。


午前中から陽が沈むまで延々と質問攻めにあい、良ければそのモンスターが出たという古城に連れて行ってくれないかと言われたけど、サードが丁重に断っていたのを私はまだ静かに痛む頭と腹を抱えて聞いていた。


そう、私はまだ具合が良くなかったのに、新種のモンスターを見て実際に毒を喰らった貴重な一人としてずっと参加させられていた。


「確かにモンスターを知ることで他の人が助かるかもしれないけど…」


あの時のことを思い出すとゲンナリする。


「けど具合が悪いエリーに無理やり参加させといて、今どんな気分だって聞いた時には怒っていいかなって思ったよ」


アレンも同調する。


「あの程度のモンスターでもあれくらい拘束されんだろ?ドラゴンの新種で、しかも元は人間だなんて言ったら何日拘束されるか分かったもんじゃねえ」


「そうね、学会で発表して研究者向けの雑誌に掲載されて研究者の皆が新種のドラゴンって完全に認めるまで拘束されるかもね。十年くらいかかるかしら」


ジョークのつもりで笑いながら言ってみたけど、現実に起こりそうで自分で言っておいて全く笑えないから黙り込んだ。

そんな話はもういいわと思ってサードに顔を向ける。


「けどドラゴンの姿から人間に戻すってどうやるの?」


「知らねえ」


私とアレンはこけた。


「じゃあなんで戻りたいかって話持ち掛けたの!?」


問い詰める私の言葉にサードは顔だけ振り向いてケロっと答えた。


「どうせ知識のある魔族のいるケルキ山に行くんだろ。そいつが何か知ってるんじゃねえの」


なんて男…!

人間に戻れる保証もないのにあのドラゴンには自分たちに協力するよう持ち掛けたの!?


「…じゃあ、もしその魔族でも戻す方法が分からないってなったらどうすんだよ、怒るんじゃないか?いくらなんでもドラゴン怒らせたらヤバいって」


「そん時はこれの出番だ」


心配するアレンの言葉にサードは聖剣の柄尻をポンポン叩く。


本当、なんて男なの…。


私はガッカリと肩を落とした。

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