第25話 ドラゴンに居つかれた村

「こっちの道が近いんです」


人質に取られている村の様子を見に行くと言った時、双子が諸手を上げて、


「案内します!」


と息巻いたから、案内してもらっている。


二人の腰には木を伐採する用の斧がぶら下がっいる。どうやら木こりを職業としているみたいで、山の斜面の歩き方も並の冒険者より慣れた力強い足取りだ。


そして冒険者の私は二人に度々置いて行かれそうになって、いちいち立ち止まっては待ってもらうことを繰り返している。


「何度も、ごめんなさい…」


ヒィヒィ言いながら近くの太い木の幹に手をついて息を整えるけど、少し進むだけでまたすぐに息が上がってしまう。


この斜面は…中々辛い。


パッと見では楽に登れそうな雰囲気なのに、登ってみると木の根っこでできた自然の段差が多くて、それも人工物の階段みたいに均等な造りじゃないから普通の階段と同じ感覚で進んでいくと急に幅が狭くなって足が詰まったり、かかとが段差の内に入りきらないで後ろに倒れていきそうになる。


なにより自然に出来たこの段差の一段一段が高いから、足を高くあげながら大股で「よいせ」と登らないといけないのがかなり足にくる。もう太ももがパンパンだ。


「もう少し体力をつけないといけませんね、エリー」


ヒィヒィしている私を見下ろしながらサードは双子に背を向けてせせら笑ってきて、その顔にイラッとしてサードを睨み付けた。


「いやぁ冒険者でもこの山はキツイっていう人もいるよ」


「そうそう。平坦な道を歩くのと山を登るのは違うからさ、俺は逆に平坦な道を歩く方が疲れるよ、終わりが見えない気がして。冒険者ってよく歩くと思うよ」


双子の二人は私に気を使って慰めてくれる。

その言葉でイラッとした感情は消えたけど、体力の面では足を引っ張ってしまうなぁと少し落ち込む。


そうして何度も立ち止まりつつも山の斜面を登り切ると、今度は下りに入る。


「ここを少し降りてそこのカーブを曲がった先に隣村があるんだ」


双子の一人が指さす先には左へ大きくカーブする道が見える。


「前はそこを曲がったらドラゴンのしっぽの先が見えて」


双子はドラゴンがいるかもという緊張の面持ちで小声で言う。


私たちも自然と足音を立てないように歩きカーブをゆっくりと進んで行くと、そこから数百メートル向こうに村の入口と思われる簡易な木の門と、村の中も少し見えた。


どうやらこの双子の住む村と似たような村みたい。鶏がその辺を行き交っているのが見える。

でも人が外を歩いている様子はないし、ドラゴンの姿も見当たらない。


サードがゆっくりと進むからアレンと私もその後ろをついていく。


「行くんですか」


双子が声を合わせて聞いて来て、何を言ってるのと二人を見た。


「だってここからじゃ村人の様子が分からないじゃない」


「はあ…」


二人は唾をゴキュッと飲むと恐る恐るといった体(てい)でアレンの後ろをついて行く。


「実は俺たち勇者御一行に憧れてて」

「へぇ」


双子の一人の会話にアレンが気のない返事をした。


アレン的にはサードと私に憧れがあるのは当然でも、自分は非戦闘員だから憧れられる要素がないからと前に笑って言っていて、勇者一行への憧れに賛辞の言葉は全て他人事みたいな対応をしている。


でもそんなアレンの名声への関心の無さがまた良いと言う人もかなり見かけてるんだけどね、私は。


双子は続ける。


「だからいつか冒険者になろうかって二人で話してたんだ」


「けどやっぱり本物のドラゴン見て、気持ちが萎(な)えたよ。あんなのと戦えるわけねぇって思ったもんな」


「それに俺たちはしっぽを見て村の確認もしないで逃げ帰ったのに、勇者様たちは怖がることなく村に入って行こうとするし」


「俺たちは冒険者向きじゃないってのがよーく分かった」

「素直に木こりで生活しよう」


双子は好き好きに話しながらウンウン、と頷いている。


冒険者に憧れる人たちは多いけど、実際に強敵のモンスターと遭遇して心が折れて故郷に帰る人もかなり多いって私は聞いてる。


そんな中、十代から勇者になって変わらず冒険を続ける私たちの存在に憧れて若くして冒険者になる人もいるみたい。

…まあ私は色々と事情があって国に居られなくなっただけで、自発的に冒険者になったわけじゃないんだけどね。


考えごとをしてるうちに村の入口の門を通り過ぎ、村の中を歩いていた鶏は私たちが近寄るとコッコッと鳴きながら遠ざかって行った。


鶏が逃げるのを見送りながら辺りを見渡してみる…。家はそちこちにあるのに、人の姿が一人も見当たらない。見当たらないどころが声すら聞こえない。


天気のいい空の下、生活感があるのに人が一人も外に居ない無音の村というのも中々不気味…。


「パシ!フシ!」


小声がどこから聞こえてきて、双子が揃ってある家の方へと顔を向けた。思わず身構えてそっちに視線を向けると、家の窓から男が必死の形相で手をこまねいているのが見える。


「ラリ!」


双子はそう声を合わせると、


「友達です!」


と言いながら家の中に入って行くから、私たちも続けて中に入って行く。


私たちが素早く中に入ると、ラリという双子の友達は急いで戸を閉めた。


双子とラリの三人はお互いがお互いにわっ、と自分の言いたいことを言い合って、何を言っているのかさっぱり分かってなかったらしく一斉に静かになった。


「状況を説明してください」


静かになったタイミングでサードが言うとラリは、そういえばこの人は誰だろうというキョトンとした表情でサードを見つめている。


「勇者御一行だよ」

「偶然近くを通ったらしくて、助けに来てくれたんだ」


双子がそう説明すると、ラリという男は顔を輝かせ、うれし涙を流し始めた。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「いいから状況説明しろよ」


頭を下げ続けるラリに双子が声を合わせてせっつく。

ラリはまず椅子にどうぞと促すから、全員が椅子に座った。


「ドラゴンが村に居ついちまったみたいなんだ」


ラリの話はこう。


まず、この国の西の方にドラゴンが出たという噂話はここにも届いていたけど、でも話を聞いてみると国境ギリギリの遥か西の出来事だから、大変だと思いつつもここらはいつも通り過ごしていたみたい。


そうしたら数日前のある晩、変な風の音が聞こえてきたんだって。


ここは高い山の頂上に近い所だから、いつでも山の下から吹き上げてくる風、山を乗り越えて吹く風、上空を駆け抜ける風…そんな風を毎日聞いているから、聞き慣れない風の音を不思議に思ってラリは外に出た。


と、星空の中にうねる細長い影が見えて、それがみるみるうちに村に近づいてきて突風と共に村の広場へ何かが着地して…。

でもすごく大きかったから着地したのはほとんど一部だけ。その細長い体の大部分は星空から伸びて来たの?ってくらい体の果てが見えないくらい巨大だったと。


それも大きな光…二つの目玉がランランと黄色に輝いていて、その目の輝きで村の中の様子が見えるくらいだったからその目の明かりで着地した何かの姿も垣間見えた。

目の光に反射して輝く鱗の表面、空中をうねるようにして浮いている長い体躯(たいく)、鋭い爪、そしてその怒りを押し殺したような唸り声…。


「ドラゴンだぁあ!」


他の村人も変な風音が気になったみたいで何人もの人が外にでて音の正体を確認しようとしていて、その中の一人の叫びでラリも他の村人も我に返ってわぁわぁ叫びながら家の中へと逃げ戻った。


ラリももちろん家の中に逃げて、戸をがっちりと閉めた。

閉めたけど、ドラゴンが本気を出せばこんな家なんて簡単に壊されるんじゃ、と冷静な考えも浮かんだ。でも家に隠れる以外の選択肢を実行することなんて怖くてできなかったって。


それでもそっと窓から外をのぞいてみると、ドラゴンは一軒一軒家の中を覗きこむような動きをしていたらしい。


ドラゴンは頭が良いから美味そうな人を選んでいるんじゃないかって思ったラリは窓の全てに木枠をはめて外から中が見えないようにしたら、ラリの家の前にも唸り声が近づいてきて、木枠の隙間から眩しい光が差し込んで家の中が照らされた。


恐怖でどうにかなりそうだったとラリは泣きそうな顔で言っていたけど、ドラゴンはどこかの家を壊すことはしてないし人を襲ってもいないみたいだって話を締めくくった。


見ていないけど家を破壊する音も人の叫び声も未だに聞いていなからって。

それでも何故かドラゴンは数時間おきにこの村へ訪れてしばらく徘徊しては去っていくと…。


「ずっとこんな感じなんだ。出ようにもいつドラゴンが戻ってくるか分からないし、かまどを使うと煙が出てドラゴンが寄ってきそうで使えない。非常食みたいなもんしか最近食ってないんだ」


と言いながらラリは部屋の中に居る全員をグルッと見渡した。


「ドラゴンは今どうなってるんだ?」


双子…パシとフシ(どちらがパシでどっちフシなのかは不明)が私たちと一緒にここに来るまでの出来事を話して、今の話だとまだドラゴンは辺りに潜んでいるのかもしれないとを伝える。

ラリはどこか落胆した表情になったけど、すぐに期待のこもった目でサードを見た。


「だけど勇者御一行が来てくださったなら心強いです」


そんなラリの言葉は無視するようにサードは身をのりだして聞く。


「ちなみにあなたが見たというドラゴンは、表面が深緑色で羽は無く鱗で覆われた外見でしたか?」


急な質問にラリは少し口をつぐんで、思い返すような顔になって考え込む。


「うーん…暗かったから色ははっきりと分かりませんけど…。確かに鱗には覆われてたはずです。

目の光が鱗に反射してて、あと蛇みたいな細長いシルエットで…。羽は…なかったかなぁ、ただとにかく蛇みたいな長い体って印象でした。…あ。そういえば長いヒゲっぽいのがたなびいてました」


「ヒゲ?」


頭の中にダンディな口ひげをはやしたドラゴンがフッと浮かんできて、でも今はそんなバカなことを考えている場合じゃないと目の前の会話に集中する。


「なんていうか、こう…鼻の下から長いヒゲっぽいのが二本…。ナマズのヒゲっぽいかんじで」


ラリは自分の鼻の下から両手で下にピーッと指を動かす。


アレンが村長から借りたモンスター辞典を取り出し、バラバラとページをめくるけど、難しい顔をして首を傾げた。


「そんなナマズみたいな長いヒゲが生えた蛇みたいなドラゴンなんて載ってないぜ。首回りにトゲがあるドラゴンならいるけど…」


その場の空気が一瞬シン…と静かになった。


このモンスター辞典に載っているドラゴンは、この世界が出来る時にいたという伝説上のドラゴンから、人間が実際に出会ったことのあるドラゴンまですべてが載っているはず。


それなのに載ってないのなら…。


「本当に新種のドラゴンなの?」


まさかと思いながらもサードに目を向ける。私だけじゃなくて、その家に居る全員が。


サードはしばらく考え込むようにジッとしていたけど顔をラリに向け、


「ちなみに手はどのようなものだったか覚えていますか?」


「手?」


ラリが予想外の事を聞かれて戸惑った表情を見せる。


「人の手のようでしたか?それとも獣に近い形状の前足と呼べるものでしたか?何か丸いガラス状の物を持っていたとかは?」


ラリは長く考え込んでいたが、申し訳なさそうに口を開いた。


「そこまでは…」


「腹は?蛇腹(じゃばら)状でしたか?」

「そうですね、体は蛇にそっくりでした」


「頭に角が二本生えていたとかは?」

「そう言われれば…突き抜けて長いのが二本あった気が…」


サードはふん、と頷いて私とアレンを見た。


「ドラゴンの正体が分かりました。確かにモンスター辞典に載っていない新種かもしれません」

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